CA1725 – セクシュアル・マイノリティの問題と図書館への期待 / 小澤かおる

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カレントアウェアネス
No.305 2010年9月20日

 

CA1725

 

セクシュアル・マイノリティの問題と図書館への期待

 

子どもの当事者の目線から

 「学校の図書室にあったって、まず手は出ないよね。」と当事者の一人が言うと、周囲から賛同の声が次々と上がった。コミュニティのイベントで当事者情報流通に関するアンケート(1)を取ったときのことだった。

 セクシュアル・マイノリティ(性的少数者)(2)は地域・文化を問わずどこの社会にも5%程度は存在することが知られるようになったが、その特徴のひとつは、「見かけだけからはわからない」ことだ。もしかすると自分もセクシュアル・マイノリティの当事者か、と思った子どもの一部は本を参考にしようとするが、自分のことがわかるかどうかよりも「他人にそういう人だと思われない」ことのほうが、多くの場合彼ら彼女らには重大で、そのような本を切望していればいるほど手に取りにくい。学校生活、テレビや雑誌などのマスコミ、そしてときには家庭内にも、セクシュアル・マイノリティに対する意識的・無意識的な差別や偏見があるからだ。

 他のマイノリティ(国籍や人種のような)の場合は、殆どの場合少なくとも片方の親は同じ当事者として家庭内にいるが、セクシュアル・マイノリティの場合は殆どがまったくの孤独の中で成長する。マスコミでネガティブでない情報も流れるようになったのはここ数年のことにすぎない。インターネットが普及するまでは、本や雑誌は当事者が自己肯定し仲間と繋がる最大の手段だったのである。前述の調査においては、思春期前後に情報を求めた当事者は、地域の公共図書館や大学図書館をよく利用していた。当事者、あるいはセクシュアル・アイデンティティ形成中の人々にとっては、学校・家庭・マスコミ以外の情報へのニーズはいまだに大きい。

 

コミュニティのライブラリ

 マイノリティの当事者コミュニティでは、ニューズレターや関連資料などを収集したライブラリが作られることがある。日本のセクシュアル・マイノリティのコミュニティの中では、女性の当事者スペースであるLOUD(3)にライブラリが作られ維持運営されている。女性のセクシュアル・マイノリティに関する書籍やフェミニズムなど近縁分野の書籍、小説やコミック、映画などの表象分野に至る日本および海外(主として英語)の資料が集められ、閲覧および貸出といったサービスが提供されている。日本のゲイ・リベレーションの活動当初からの貴重なニューズレターのファイリングもある。このライブラリの大きな特徴は当事者以外の利用者も受け入れることである。この規模の当事者によるライブラリは、LOUDが事実上唯一のものとなっている。ただし、資料の収集方法は寄贈のみであること、スペースの関係で蔵書をあまり増やせないこと、閲覧できる時間が1か月に数時間に限られることなど、主として経済的理由による限界がある。

 セクシュアル・マイノリティ関連の資料は全国各地の女性センター、男女共同参画施設などでも閲覧可能なことがある。部落解放・人権研究所の図書室「りぶら」(4)においても関連資料が収集されており、2009年のサイトリニューアルの際にはそれが明示された。

 

自分たちで歴史を作る

 こうしたコミュニティのライブラリは、欧米に長期的な実践例をみることができる。欧州では少数言語話者や民族/国籍マイノリティによる運動、米国では黒人解放運動やフェミニズムなど、そして1980年代頃からはセクシュアル・マイノリティも含む様々な社会運動が、フライヤーやパンフレットの印刷・発行、運動家の研修、ロビー活動を行なってきた。セクシュアル・マイノリティの運動では、同性愛の非犯罪化や非病理化、トランスジェンダーの性別変更(外科的処置、公的文書変更)を求める運動が続けられ、世紀の変わり目の数年で、複数の先進国で同性婚または同性を含むパートナーシップ法を成立せしめた。この動きを支えた諸団体のライブラリは、「親密な性的関係が社会的に‘私的’あるいは‘個人的’性格とされているために、同じジェンダーの性についての公的な記録は、警察の記録、政府の報告書、新聞記事、医学的・精神医学的な論文、そして性指南本に見られるような‘逸脱した’あるいは‘犯罪的’な行動を除けば、ほとんどない」(5)状態であったところから積極的な資料収集を続けた。当事者のエンパワメント、当該カテゴリの可視化に寄与したのみならず、当事者以外の人々にも本来は必要な様々な情報を収集・発信する拠点となったのである。このようなマイノリティ・カテゴリのコミュニティ・ライブラリが集まってカンファレンスを行ない、活動・研究報告も出版されるようになっている(6)。コミュニティのアーカイブを構築することとはすなわち、マジョリティが形成する歴史の中で不可視化あるいはゆがめられたマイノリティの姿を可視化し歴史を書きなおす「記憶の形成」(7)なのである。

 筆者は2009年秋に機会があって、米国モンタナ州の当事者組織、西部モンタナ州コミュニティセンター(8)(訪れたときとは名称や組織が変化している)を訪れることができた。資料の一部は予算をつけて収集しており、データベースがWebで公開されている。有償/無償のボランティアが切れ目なく働いて平日日中には常に閲覧できる体勢を整えている。この団体の活動の中には、地域の学校への出前授業などが含まれ、そうした活動の資源としてもこのライブラリは活用されているのである。

 

ネット時代の図書館・ライブラリへの期待

 インターネットの普及によって、セクシュアル・マイノリティの当事者が関連情報へアクセスするのは格段に容易になった。とはいえ、問題はさまざまにある。閲覧情報が他人に漏洩しないかという当事者の不安は、ネット利用になっても残っている。また、Web上のセクシュアル・マイノリティの「情報」はそのかなり多くの部分が異性愛男性の消費するポルノという形で存在しているが、さりとて政府、教育機関、あるいはネット事業者などによる安易な閲覧制限は、必要な情報(例えば職業選択のための情報など)すらブロックしてしまう。この状況の中では、さまざまな図書館、ライブラリが「選書」というその専門性を発揮し、一貫性があり「外野」のクレームに簡単には動じないような情報セットとしてのコレクションをあらかじめ集めて提示してくれることが期待される。

 冒頭でも述べたように、他人にそういう人だと思われるのを恐れている当事者は簡単には必要な情報に手を出せないことがある。しかし当事者だけではなく、すべての人に向けての情報としてそれが提示されれば、手に取ることもできる。例えば毎年6月は「プライド月間」といって、セクシュアル・マイノリティ関連のイベントが世界的に盛んに行なわれるが、海外の公私の図書館ではこれに合わせた特設展示もあるとのことだ。

 日本では2010年に初めて政府が関与したかたちで、「セクシュアルマイノリティを正しく理解する週間」(9)が開催された。「正しいセクマイ理解」なんてあるのか、と当事者間でも大いに議論されたが、少なくとも世間に流布している「理解」が実際の当事者と乖離していることが多いのもまた事実である。

 書籍以外にも、NHK教育テレビでは番組「ハートをつなごう」でここ数年、セクシュアル・マイノリティの若者に取材した作品を精力的に制作している(10)

 当事者コミュニティやライブラリでもさらなる情報発信が望まれる。ロビー活動を行なっている共生ネットからは学校教職員向けのDVD(11)も公開された。

 そもそもセクシュアル・マイノリティへの差別や偏見が根強く残るのは、男女二分法と異性愛主義があたかも当たり前のような社会にあって、既存の「男/女らしさ」から外れる存在が生きにくいからである。近代前期に形成されたそうした「らしさ」とそれによって編成された社会はグローバリゼーションの中で溶解し始めている。セクシュアル・マイノリティの情報は、当事者にも、非当事者にも重要な情報であり続けている。図書館やライブラリが、情報利用に困難を抱える人を含むさまざまなマイノリティの「味方」でありつづけてくれることを強く期待する。

首都大学東京大学院:小澤かおる(おざわ かおる)

 

(1) 小澤かおる. 小規模社会運動印刷物におけるデジタル化・データベース化の手順作成2―女性性的少数者運動体ユーザに対するアンケート調査―. 学生研究助成金論文集. 2008, (16), p. 183-199.

(2) ここでは「セクシュアル・マイノリティ」とは、身体的性と社会的性が一致し性的指向が異性である人々「以外」の人々を指す。人数的には同性愛者が多く、トランスジェンダー(傷病名としては性同一性障害)、半陰陽などの人々も含む。

(3) LOUD. http://space-loud.org/, (参照 2010-07-09).

(4) “図書室<りぶら>”. 部落解放・人権研究所.
http://blhrri.org/ribura/ribura.htm, (参照 2010-07-09).

(5) Kinsman, Gary. The Regulation of Desire : Sexuality in Canada. Montréal, Black Rose Books, 1987, p. 66.

(6) Bastian, Jeannette A. et al., eds. Community Archives – the Shaping of Memory. London, Facet Publishing, 2009, xxiv, 286p.

(7) 前掲(6)の副題は「記憶を形成する」となっている。

(8) Western Montana Community Center.
http://www.gaymontana.org, (accessed 2010-07-09).

(9) 期間限定の電話相談やシンポジウムなどが開催された。
“セクシュアルマイノリティを正しく理解する週間”. LGBT-week.
http://www.lgbt-week.jp/pc/, (参照 2010-07-09).

(10) “虹色 – LGBT特設サイト”. NHKオンライン.
http://www.nhk.or.jp/heart-net/lgbt/, (参照 2010-07-09).

(11) “セクシュアル・マイノリティ理解のために―DVD~子どもたちの学校生活とこころを守る~”. “共生社会をつくる”セクシュアル・マイノリティ支援全国ネットワーク(共生ネット).
http://www.kyouseinet.org/dvd/index.html, (参照 2010-07-09).

 


小澤かおる. セクシュアル・マイノリティの問題と図書館への期待. カレントアウェアネス. 2010, (305), CA1725, p. 6-7.
http://current.ndl.go.jp/ca1725