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カレントアウェアネス
No.281 2004.09.20
CA1532
アジア諸国におけるインターネットの普及と諸要因
1. はじめに
1997年に0.5%にも満たなかったアジアのインターネット普及率は,2000年には3.1%,2004年には6.7%と順調な伸びを見せている。また,インターネットの利用者数が北米やヨーロッパを超えるとするデータもあり,アジアでのインターネットの普及は,世間一般に言われる通り,近年目覚しい発展をとげている。
しかし,インターネットが広く普及しているのは日本・韓国・シンガポールなどごく一部であり,普及率が5%にも届かない国が大多数を占め,1%に届かない国も依然多い。
なぜここまで普及率に差が出るのだろうか。そもそもインターネットの発展をもたらしている要因とは何なのだろうか。ここでは,シンガポールの南洋工科大学コミュニケーション情報学部教授であるハオ(Hao Xiaoming)氏らの,アジアにおけるインターネット普及の諸要因の分析を中心に見てみたい。
2. インターネット普及の諸要因
ハオ氏らは,インターネットの発展に関する理論的な論議や自らの考察から,インターネットの普及に関係していると思われる次の7つの項目を導き出した。
まず,国の発展を示す指標のうち,ユネスコの調査からメディアインフラの発達と関連があることが明らかとなっている,「一人当たりのGDP」「識字率」「都市への人口集中」の3つの項目を挙げている。
次に,インターネットは英語のコンテンツが多くを占めていることから「英語の能力」,通信インフラの整備の遅れがアジアでのインターネットの普及を妨げていると言われることから「通信インフラの整備」を挙げている。また,インターネットが政治的統制への脅威と見られ政府の抵抗にあうことがあることから「政治的な自由」,インターネットの普及は即座に恩恵となって表れるようなものではなく,長期的な見通しが必要であることから「政局の安定」というそれぞれの項目を挙げた。
上記の項目が揃っているほど,インターネットの普及と相関関係が見られると仮定し,アジア28か国についてそれぞれの項目を表示したデータを基に分析した。これら28か国は,国土面積,社会的・経済的発展,政治システム,識字率,都市化の度合い,通信インフラ,地理的位置がそれぞれ異なる,アジアの国々から抽出されている。
3. 分析の結果
この分析では,統計学の手法であるピアソン相関係数を用い,上述の各項目とインターネット普及率の相関関係を求めている。
分析の結果,一人当たりのGDP,通信インフラの整備においてはかなりの相関関係が見られ,都市への人口集中,政局の安定については一定の相関関係が見られた。一方,識字率,政治的な自由についてはあまり深い関係が見られず,英語の能力については相関関係が見られなかった。
この結果について,ハオ氏らは次のような見解を示している。
- (1)GDPとの関係については,インターネットの構築は国家にとっても個人にとってもコストのかかるものであり,国家・個人両方の経済力を示す一人当たりGDPと因果関係にあることは自然なことである。また,通信インフラが整備されることなしには,個人ユーザがインターネットにアクセスする手段はないのであるから,通信インフラとも深く関係している。さらに,その通信インフラを整備する上で,電話線を張り巡らせる距離・費用が少なくてすむため,都市化が関係することも肯ける。
- (2)アジアの多くの国はインターネット普及率が著しく低いため,そういった国々で現在インターネットを使っている人は特権的エリート階級である。そのため,識字率がインターネットの普及と関係してくるのは,それらの国々でインターネットの利用が一般の人にまで浸透したときだろう。政治的自由と相関関係があまり見られなかったのは,政治的統制を行おうとする人々も,インターネットによる情報への自由なアクセスが統制への脅威となると懸念はしながら,特に経済面においてインターネットの利点を期待しているからではないか。
- (3)インターネットでは英語のサイトが多数を占める一方,英語の能力との深い関係が見られなかったのは,世界的なインターネットを構築しているというよりは,アジアの国々が自国の言語によるサイトを多く構築しているからであろう。政局の安定については,アジアの国々の政府があまりにも短期的に交代していることもあり,GDPや通信インフラほど強い相関関係は見られなかったが,一定の相関関係が見られた。
以上ハオ氏らの見解を紹介したが,このうち,通信インフラの整備と政治的自由について個別に見てみたい。
まずは強い相関関係が見られる通信インフラの整備についてであるが,現在高いインターネット普及率を誇っているアジアの各国は,いずれも1980年代から90年代にかけて通信インフラの整備を進めており,インターネットの登場以降,各国政府はさらに押し並べて推進政策を展開した。このことが,近年アジアで爆発的なインターネットの普及を生み出した要因とされており,ハオ氏らの見解は妥当であろう。ただ,タイのように,通信インフラがある程度整備されているにも関わらず,政府企業の独占により通信料金が高く,インターネットの普及があまり進まない国もあったことから,通信インフラ整備だけではなく,通信事業分野の規制緩和による民間の競争原理の導入も,重要な要素であると言える。
政治的な自由については,ハオ氏らの見解のほか,政府による統制が逆にインターネットの普及を促した例もある。例えば台湾では,政府の統制によりテレビ番組が三つの国営放送局のものしかないため,海外の番組等も放映するケーブルテレビが人気を博し,ケーブルによる高速インターネットの普及に繋がった。また韓国では,政府による規制の影響で家庭ゲーム機があまり普及していない代わりに,若者の間でインターネットカフェでのオンラインゲームが爆発的人気となり,インターネットの普及を後押しした。こうした事例は,なぜ政治的自由がハオ氏らの考察においてあまり相関関係が見られなかったかの理由となるばかりでなく,インターネットの普及には,ネット上に魅力的なコンテンツがどれくらい存在するかという,ハオ氏らの考察にはない要素も重要であることを示している。
4. おわりに
以上の考察では,今のところ,識字率等の社会的要因よりは,GDP,通信インフラのような経済的要因が実際の普及において重要であるということが実証されている。アジアのインターネット普及を促進して,情報格差に起因する経済上の不利・貧富の差を緩和し,アジア全体の距離が情報技術によってより近くなるためには,やはり先進国による通信インフラへの経済的な援助が必要であることが,示唆されている。
ハオ氏らの考察は,データのみに基づくわけではなく,政治的自由などの主観的な判断を含んでいる部分があることや,データについても,インターネットの統計を統一的に出している機関がない,つまり同一の方法で体系的にデータを集計している機関がないという,インターネット統計に関わる根本的な問題から,必ずしも正確なものとは言えないかもしれない。しかし,インターネット普及の要因を多角的に捉え,理論を基にデータを用いて実際に検証した成果は,目新しさこそないが意義深い。
ハオ氏らが述べているように,これらのインターネット普及の要因は何もアジアに限られたことではないと思われる。ただ,この考察で抽出された,国土面積,社会的・経済的発展,政治システム,識字率,都市化の度合い,通信インフラ,地理的位置などの要因がこれだけ多様であるのは,アジアの他をおいてないようにも思われる。その点で,アジアにおけるインターネット普及の諸要因を考察することは重要であり,今後は,より長期的で統一的な方法に基づいたデータと,それを用いた研究が望まれる。
主題情報部人文課:池田 功一(いけだ こういち)
Ref.
Hao Xiaoming et al. Factors affecting Internet development: An Asian survey. First Monday. 9(2), 2004. (online), available from < http://firstmonday.org/issues/issue9_2/hao/ >, (accessed 2004-03-02).
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http://current.ndl.go.jp/ca1532