カレントアウェアネス-E
No.410 2021.03.25
E2370
英国図書館(BL)が展開する研究協力事業
関西館図書館協力課・宮田怜(みやたれい)
2020年11月,英国図書館(BL)は報告書“British Library Research Report 2018-19”を公表した。2018年10月から2019年9月までの1年間を対象に,同館の研究支援・研究実践に関わる研究協力事業を報告する内容である。BLは2018年度から,前年度の研究協力事業の報告書を公表しており,今回の公表は3回目に当たる。本稿では,最新の報告書の内容を中心に,BLが展開する近年の研究協力事業について紹介する。
BLにおける「研究」は,現行ビジョン“Living Knowledge”でも,管理・ビジネス(E2369参照)・文化・学習(E2273参照)・国際協力活動と並ぶ目標に設定され,同館の中核事業の一つである。教育科学省(当時)からの移管により1974年に設立された研究開発部が多様な活動を展開する(CA643,CA1094参照)など,研究協力に関する事業の歴史は長い。2020年度現在,全員が博士号を持つ4人のスタッフで構成する研究開発チームを中心に,研究の支援者・実践者として,国内外の文化機関や大学と連携しながら様々な分野で研究協力を展開している。
英国内の大学院生を中心とした若手研究者に対する支援は,研究開発チームの主要な役割の一つである。2018年から2019年にかけて,BLは英国内の大学の博士課程に在籍する31人の大学院生と共同研究を実施した。BLは研究環境や豊富なコレクション,スタッフの専門知識等を提供することで大学院生への支援を行っているが,共同研究が同館のサービスと結びつきながら展開している点は特に注目される。ユダヤ系移民の現代作家ジャブヴァーラ(Ruth Prawer Jhabvala)氏に関するアーカイブ資料の研究が,これら資料群に関するオンライン目録の整理やイベント開催につながる事例など,同館のコレクションを研究対象として提供し,大学院生による研究の成果がコレクションに付加価値を創出する好循環を複数確認できる。また,この期間には英国社会学会や英国芸術・人文科学研究会議(AHRC)のフェローシップ制度と連携し,支援対象をポスドク研究者にも拡大する試みも行われた。その他,2007年からBLが博士課程初年次の大学院生を対象に実施するイベント“Doctoral Open Days”も研究開発チームの下で行われている。同館コレクションの概要・利用方法の紹介や先輩研究者らとの交流の機会を提供する内容であり,2021年には無料オンラインプログラムとして開催するなど,コロナ禍の渦中にあっても継続して若手研究者への支援を展開している。
AHRCのプロジェクト“Towards a National Collection”(E2345参照)への関与にも見られるとおり,BLは研究支援者だけでなく,主体的な研究実践者としての一面を持っている。2018年から2019年にかけて,BLは63件の研究プロジェクトに関わり,うち12件でプロジェクトを主導する立場にある。BLが実践者として参加する代表的な研究プロジェクトとして,“Living with Machines”が挙げられる。同プロジェクトは英国研究イノベーション機構(UKRI)の戦略優先基金(SPF)による920万ポンドの助成の下,BLと同じ施設内に設置され人工知能(AI)等の研究を行うアラン・チューリング研究所や英国内の複数大学との5年間の共同プロジェクトとして2018年に開始した。データサイエンス・AI・デジタル人文学の方法論を活用して,第一次産業革命が人々に与えた影響の探求や,デジタルヒストリーの研究に資するツール・コード・データセットを作成することなどを目的とし,BLの所蔵する数百万ページ相当の新聞アーカイブなど当時の資料の分析を実施している。同報告書では,タイトル・資料フォーマットごとの所蔵数を年代別に折れ線グラフで表示して新聞コレクション全体の概要を可視化するツール“Press Picker”の開発や,光学文字認識(OCR)システムの品質が自然言語処理の精度に与える影響の検証など,研究プロジェクトの実施状況を紹介している。なお,同プロジェクトは2021年3月8日付で,“Press Picker”のソースコードをGitHubに公開したことを発表している。
BLは国際連携による研究プロジェクトも展開している。その一つ“True Echoes”は,英国の人類学者らが19世紀後半から20世紀前半にかけて収集した世界各地の口承文化の録音コレクションとしてBLが所蔵する“Historic Ethnographic Recordings (1898 – 1951) at the British Library”を対象としたプロジェクトである。オーストラリア・太平洋地域を中心とする先住民言語による表現をはじめ,消滅の危機に瀕した文化のデジタル保存に関する取組み“Pacific and Regional Archive for Digital Sources in Endangered Cultures”(PARADISEC)等を連携先としている。2019年1月に開始した同プロジェクトでは,ユネスコの「世界の記憶」(CA918参照)にも登録された同コレクションを蝋管からデジタル化した複製物を利用し,目録・メタデータの充実を通した可視化・アクセス向上により,現地コミュニティからの「再接続」の推進が行われている。
以上のように,BLは自身のビジョンに沿いながら,研究支援・研究実践の双方で,コレクション・研究環境を活用し,さらにその価値を高める結果につながるような取組みを展開している。多様な役割を要求される国立図書館において,研究への貢献には必ずしも明示的に高い優先順位が設定されているわけではなく(E1960参照),日本の国立国会図書館(NDL)も次世代デジタルライブラリー(E2154参照)をはじめNDLラボによる研究実践に深く関わる取組みがあるものの,現行ビジョン「ユニバーサル・アクセス2020」では研究に重点を置いた活動目標を掲げていない。しかしながら,コロナ禍の渦中に展開された「図書館休館対策プロジェクト」において,人文社会科学分野の研究基盤としての「NDLデジタルコレクション」への言及がなされるなど,2020年以降,日本においてもとりわけ若手研究者問題(CA1790参照)と関連して,国立図書館が研究に果たす役割についての期待と課題をめぐる議論が高まっている。BLの先進的な取組みには,今後のNDLの研究貢献のあり方を考える上で学ぶべき部分が多くあるだろう。
Ref:
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https://www.bl.uk/news/2020/november/publication-of-2018-19-research-report
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“Research Report”. BL.
https://www.bl.uk/research-collaboration/research-expertise/research-report
“Research collaboration”. BL.
https://www.bl.uk/research-collaboration
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