CA918 – 「世界の記憶」:ユネスコの新規プログラム / 安江明夫

カレントアウェアネス
No.173 1994.01.20


CA918

「世界の記憶」−ユネスコの新規プログラム−

プログラムの概要

戦争や革命,火災,水害により,あるいは酸による劣化,人間の無知・暴力により,破壊消滅の危機に瀕している史・資料が膨大にある。

「世界の記憶(Memory of the World)−貴重,希少な図書館,文書館資料の保存計画」はユネスコが1992年に企画開始したプログラムで,こうした失われつつある世界の貴重な記録遺産(図書館,文書館資料)を保護,保存することを目的とするものである。

保存の対応は多岐にわたるが,このプログラムは保存とアクセス(利用)の双方を柱に,特にマイクロ化等のメディア変換による保存を中心としたプロジェクトを組む計画である。つまり貴重書,希少書を「保存」するとともに,文化遺産への広範囲なアクセスを可能にすること,に力点をおいている。

新規事業の意義

これまでIFLA,ICA(国際文書館協議会)等の国際団体をはじめ多くの機関,機構が図書館,文書館資料の保存のために努力してきたが,それらのほとんどは図書館員,文書館員,保存技術者等の職業的な枠組みのなかでなされてきた。しかし酸性紙問題一つを取り上げても理解できるように,資料保存の課題は図書館,文書館での対応をはるかに越える巨大,膨大なものである。社会的な課題として対応,政府のコミットメン卜も含めた国レベルでの取組み,さらには国を越えての取組みが必要とされている。

こうした取組みを世界的な規模で可能ならしめるのは,ユネスコのような国際機関のリーダーシップである。ユネスコの新規事業「世界の記憶」プログラムの意義は,端的にいってそこにあると思われる。すなわち,職業的な関心と取組みを社会的,国家的なものへと変換し,地球規模で保存活動を促進することである。

プログラムのもう一つの意義は,発展途上国援助である。資料保存の課題は先進国,発展途上国を問わずに大きい。しかし発展途上国の多くでは,人材も技術も資金も絶対的に不足している。新事業は,こうした状況にある発展途上国の記録遺産を国際的な取組みにより救済することになる。

国際諮問委員会

「世界の記憶」プログラムの方針,体制,実行計画,財源等を検討する目的で,昨年9月,ワルシャワ(ポーランド)近郊のプルトゥスクで第1回国際諮問委員会が開催された。特に保存資料選別の基準やプロジェクトの内容,実行方法,技術的対応,財源的措置,国際協力等について討議が行われた。具体的にはフランス国立図書館のジャン=マリー・アルヌー(IFLA PAC国際センター長)の手になるプログラム・ガイドライン(草案)を基盤に議論が進められ,計画実施の手順の現実化,保存計画実施の際の人材の確保,訓練,資材の調達の困難性の克服等も検討された。会議の結果,ガイドライン草案に相当の加筆訂正が行われ,それを踏まえた最終案作成がジャン=マリー・アルヌーとユネスコ事務局に委ねられることになった。

プログラムは今後,ユネスコ総会での承認を経て本格的な実施へと移行する。計画の進捗が大いに望まれるところである。日本に対してもこれから様々なかたちでの協力要請が行われることになろうが,国,図書館・文書館界の積極的な対応を期待したい。

安江明夫(やすえあきお)

Ref: Arnout, Jean-Marie. 'Memory of the world' Programme. Suggested guideline for the protection of endangerd manuscripts and archives. Unesco, 1993. 26p. (PGI-93/WS/14)