カレントアウェアネス-E
No.350 2018.07.12
E2041
マラケシュ条約の締結・著作権法の改正と障害者サービス
2018年4月25日,参議院本会議において,「盲人,視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者が発行された著作物を利用する機会を促進するためのマラケシュ条約」(以下「マラケシュ条約」;E1455,CA1831参照)の締結について承認を求める件が承認され,この条約の国会承認の手続が完了した。この条約は,2013年6月27日に世界知的所有権機関(WIPO)の外交会議において採択され,2016年9月30日には20か国目の加入が完了し,発効した。2018年7月10日現在,40か国が締約国となっている。なお,この条約は,締約国について,当該国がWIPO事務局長に批准書又は加入書を寄託した日から3か月後に発効することとされている(第19条(b))。日本政府は,「説明書」において,この条約の早期締結の必要性に言及していることから,近いうちに寄託が行われ,日本国内でも発効するものとみられる。
マラケシュ条約では,大きく3つの内容が定められているが,これらのうち,「視覚障害者等が著作物を利用する機会を促進するため,各国の著作権法において,視覚障害者等のために利用しやすい様式の複製物に関する著作権の制限又は例外を規定すること」(第4条)を充たすためには,著作権法(以下必要に応じて「法」と略す)の一部改正が必要となる。ただ,日本ではすでに2009年,この条約の内容を先取りする形で法第37条第3項を改正していた(E900参照)こともあり,必要な法改正の内容は,肢体不自由者等を対象とすることを明記する程度であった。さらに,肢体不自由者等を対象に加えることについては,権利者団体からの賛同も見込まれていたことから,2013年の時点では,政府関係者からは,著作権法の改正による早期のマラケシュ条約の締結を目指す方針が示されていた。
その後,2014年10月から行われた文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会でのヒアリングにおいて,障害者関係団体から,このような必要最小限の改正だけではなく,課題として残されていた,(1)法第37条第3項により複製等を行える主体を障害者団体やボランティアグループ,社会福祉協議会等まで拡大すること,(2)DAISYデータ等を,図書館等が行うメールサービスにより視覚障害者等に対して送信できるようにすること,(3)放送番組に手話・字幕・解説音声を付して公衆送信できるようにすることの3点の要望が寄せられた。権利者団体からは,これらの要望については反対又は慎重な立場が示されたことから,文化庁のコーディネートにより,意見集約を図るために関係団体間による協議が行われることとなった。
2017年2月に,これらの要望のうちの(1)と(2)について協議が調ったことから,同年4月に出された文化審議会著作権分科会報告書にも,条約対応の項目のほか,これら2項目が盛り込まれることとなった。そして,この報告書の内容を基にして策定された著作権法の一部改正法案が,2018年2月23日に国会に提出され,同年4月17日に衆議院で,同年5月18日に参議院で,それぞれ可決され,同年5月25日,法律第30号として公布された。施行日は,2019年1月1日である。上記(1)については,著作権法施行令の一部改正によることとなるが,おそらくこの改正法と同日に施行されるのではないかと考える。
したがって,2019年1月1日以降,視覚障害者等サービスに関して新たに改善される点は,次の3つである。
1点目は,法第37条第3項の受益者に,肢体不自由者等の,身体障害等により読字に支障のある者が加わることである。ただ,2010年2月18日に策定された「図書館の障害者サービスにおける著作権法第37条第3項に基づく著作物の複製等に関するガイドライン」において,すでにこれらの者が含まれており,実際にもこれらの者にサービスを提供する基盤は整っていることから,現状とはほぼ変わらないものと考える。
2点目は,法第37条第3項を適用できる行為に,DAISYデータ等を電子メールで視覚障害者等に送信することが加わることである。この点は,2009年の法改正において取り残されたものであり,高齢の視覚障害者等でパソコンの操作に習熟していない方に電子メールで必要に応じてDAISYデータ等を送ることができるため,視覚障害者等サービスの大きな改善につながるものと考える。
3点目は,一定の条件を具備したボランティアグループ等が,文化庁長官の指定なしに拡大図書やDAISYデータ等を作成して視覚障害者等に提供することが可能となることである。なお,この「一定の条件」の内容については,これから関係者の意見を聞きつつ検討されることとされ,現時点では明らかにはされていない。ただ,前述の協議の中では,利用者の登録制度を具備していることや,団体における事業責任者が著作権法に関する基礎的な講習を受講していることなどが考えられる,との議論があったとのことであり,これらの議論をもとに検討されるのではないかと思われる。
このように,今回の法改正等は,視覚障害者等サービスの環境改善にとって,大きなものになるものと思われる。今回の法改正等の内容が実践されることで,視覚障害者等の情報環境の改善につながることを期待したい。
関西館アジア情報課・南亮一
Ref:
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http://kanpou.npb.go.jp/old/20180525/20180525g00111/20180525g001110020f.html
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E1455
E900
CA1831