E1970 – 紀州の殿様が残した南葵音楽文庫の保管と活用

カレントアウェアネス-E

No.337 2017.11.16

 

 E1970

紀州の殿様が残した南葵音楽文庫の保管と活用

 

    2016年12月に和歌山県庁において,和歌山県(以下「県」)と公益財団法人読売日本交響楽団(以下「読響」)との間で南葵音楽文庫(以下「文庫」)の寄託契約調印式が行われた。以下,文庫の概要,寄託の経緯と内容,今後の活動などについて紹介する。

●文庫の概要

    文庫とは,紀州徳川家の第16代当主徳川頼貞(1892~1954年)が,私財を投じて収集し,戦後に補充された分を合わせた約2万点の西洋音楽関連のコレクション(楽譜,書簡,書籍)である。関東大震災や戦中・戦後の混乱時にあっても大きな散逸は免れたが,千葉県や福島県内の倉庫に保管されるなど,複雑な転遷を辿った。1967年の読売新聞社主催「南葵音楽文庫特別公開」展で展示された後,日本近代文学館(東京・駒場)において,研究者対象に公開された。1977年から読響が所有することとなり,以後原資料は公開されることなく現在に至っている。


●寄託の経緯と内容

    2014年8月に文庫の存在を知った県は,2015年2月から読響との間で寄託に向けて協議を重ねていく。その受け皿として,和歌山県立図書館(以下「当館」)で文庫を受け入れることは可能かとの打診があった。当時,当館では文庫についての知識はほとんどなく,状況を把握するため,当館司書も県の協議に加わり,読響の所在地である東京に向かった。当初の情報は,文庫の大半が外国語で書かれた音楽専門書と楽譜等で,約2万点が東京の読売江東ビルにあるという程度のわずかなものでしかなかった。しかも文庫の価格評価は少なくとも1億円以上という。そのような資料を当館がどのように管理・活用するのか,研究は誰が行うのか,今後の必要経費とその予算要求について等,漠然とした不安が大きかった。

   その後,紆余曲折はあったが,寄託への方向性も徐々に固まり,2016年3月に読響理事会の承認を得て,動きは一気に具体化した。2016年6月には補正予算3,330万円を計上し,次年度以降3年計画の予算措置を講じる一方で,県企画政策局長をヘッドクォーターとして5課2館(県:文化学術課・広報課・観光振興課,県教育委員会:生涯学習課・当館・文化遺産課・和歌山県立博物館(以下「博物館」))による南葵音楽文庫事業の推進体制を発足させた。事業の目的として,研究者には西洋音楽研究の拠点の形成,県民には音楽文化の促進と定着,そして郷土愛と誇りの醸成を,さらに紀州徳川家の顕彰を掲げた。この目的を実現するため,文庫の保管,研究,閲覧,展示,普及,広報,観光活用等の事業を展開することとなった。当館は事業の中核となる保管・研究・閲覧を担う。従来の図書館業務を行いながら,文庫に関する業務は2016年春から先行して模索しながらもスタートした。まず読響との綿密な打ち合わせを経て,燻蒸した約2万点の資料が,2016年12月に約500箱の段ボールに梱包され当館に到着した。ただし,この中にはベートーヴェン直筆の楽譜等,最貴重とされる資料は含まれず,これらはセキュリティーの高い博物館に保管される。当館の貴重書庫と閲覧室の一室を改装して文庫の終の棲家に充てた。

●今後の活動

    設備の整備に比べ,難航したのが文庫活用の要となる資料の目録データ作成と研究委託であった。特に国内外で文庫を広く活用してもらうためには目録データ作成は欠かせない。文庫の9割以上が仏・独・西・英・葡・露などと多岐にわたる言語の資料であるため,業者に委託し,2016年には2,420冊分の目録データを作成し,2019年の完了予定である。

   研究は文庫に精通している美山良夫氏(慶應義塾大学名誉教授)が代表を務める合同会社芸術資源研究所(以下「研究所」)に委託し,新たに創刊する紀要でその成果を公表する予定である。また,展示の企画や,広報用のリーフレットと2017年12月のプレオープンに合わせて公開予定のウェブサイトの原稿執筆のほか,プレオープン以降の資料及び情報提供やレファレンス対応,ミニレクチャーや定期講座等を実施する。これらの予算要求を含む研究委託内容の決定には,当館と研究所の双方で共通認識を得るために充分に時間を費やして,細部にわたり協議を重ねた。文庫にはベートーヴェン,リスト,ロッシーニらの有名な作曲家の自筆楽譜や手紙,インキュナブラ,ベートーヴェンの『交響曲第九番』(初版)等,大変貴重な資料が含まれている。いまだ研究者の目に触れていない資料が数多く存在すると言われており,今後の研究に期待がかかる。

   文庫の順次公開開始を記念して,2017年12月3日,当館においてプレオープンセレモニーとして記念式典,美山氏による記念講演会,当館の音楽監督である澤和樹氏(ヴァイオリニスト・東京藝術大学学長)を迎えての演奏会を開催し,博物館では同時期に企画展を行う。また,12月6日には読響による南葵音楽文庫寄託記念コンサートを開催する。紀州徳川家創設400周年を迎える2019年にはフルオープンの予定である。

   長く秘蔵されていた文化資源である文庫に再び光をあて,縁ある和歌山から世界へ情報発信していく稀有な取組は始まったばかりである。

和歌山県立図書館・坂口佐知子

Ref:
http://www.pref.wakayama.lg.jp/chiji/message/201612a.html
http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/022100/nanki/index.html
https://www.lib.wakayama-c.ed.jp/mt/2017/07/post-123.html
http://yomikyo.or.jp/nanki.php
http://note.dmc.keio.ac.jp/music-library/