E1954 – 可搬型ブックスキャナによる古典籍電子化実証実験

カレントアウェアネス-E

No.333 2017.09.21

 

 E1954

可搬型ブックスキャナによる古典籍電子化実証実験

 

●はじめに

 国文学研究資料館(以下「当館」)では2014年から「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」(以下「NW事業」)を実施している(E1754参照)。この事業の一環として2016年1月から,株式会社PFU(以下「PFU」)とともに,古典籍・古文書の電子化に特化した,卓上に設置して使用する「据え置き型」及びアタッシュケース型で持ち運ぶことができる「可搬型」のブックスキャナの開発に関する共同研究を行っている。本稿では,このうち「可搬型」を使用した実証実験について紹介する。

●開発の背景と経緯

 NW事業では,国内20の拠点大学を中心とし,全国の各種図書館や専門機関等と協力して古典籍の撮影を行っているが,一定の品質の画像を効率よく作成することは容易なことではない。そこで,当館では撮影方法のルールを定めるとともに,多様な環境下で古典籍の画像を速く簡便に作成できるブックスキャナの開発をPFUとともに研究することとした。

 共同研究においては,当館が長年培ってきた古典籍撮影のノウハウや,古典籍に関する高度な知見を提供してきた。その結果,撮影品質の設定,カラーチャートやスケールの自動埋め込み,古典籍を傷めないような原稿台や外装等機材の工夫,古典籍の外形の種類に対応した寸法等に反映できたのではないかと考えている。PFUのスキャナ開発のノウハウとあわせ,古典籍の所有者が安心して撮影を許諾でき,撮影作業者もストレスを感じずに高品質のデジタル画像を作成できるような機器となることを目指している。

●可搬型ブックスキャナによる鬪雞神社での電子化実証実験

 2017年7月に「可搬型」試作機による実証実験を行った。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に登録されている鬪雞神社(和歌山県田辺市)において,かつて南方熊楠が研究に利用した同神社所蔵『今昔物語集』(写本,5冊)を撮影した。

 「可搬型」試作機は高さ14cm・幅49cm・奥行43cm,重さ8kgと大変コンパクトで,神社の一室にある会議机(幅180cm程度・奥行50cm程度)に,試作機とノートパソコン,撮影対象の古典籍を置いても十分に余裕のある大きさである。電源バッテリを内蔵しているため,10時間程度は充電不要で連続して使用でき,電源がない現場でも撮影が可能である。また,撮影に際して通常は暗室を作るなどの必要があるが,「可搬型」での撮影においては照明(蛍光灯)の下でも光の影響を受けずに撮影することができる点は特に画期的であるといえる。

 撮影時は,ブックスキャナ及びソフトウェアの設定の後,ページをめくり,ガラス板を下ろしてボタンを押すとスキャンが開始される。操作はきわめて簡便であり,カラーチャートやスケールも自動設定で合成されるため,物理的なカラーチャートやスケールを使用する際に必要な位置設定も不要である。読み取り可能サイズは38cm・28cmで,大型の古典籍である大本(美濃判の紙を半分に折った寸法で,見開きでB4サイズ相当)にも対応可能である。

 実証実験の撮影者は,当館の山本和明特任教授,奈良女子大学の千本英史教授,同大学院生の辻氏の3名であり,いずれも国文学の研究者で古典籍への知見は深いが撮影実務の経験はほぼない。通常,ブックスキャナによる古典籍撮影は,習熟者でおよそ1時間に100コマ程度が可能であるが,今回もそれと同等の速度(2時間211コマ)で,当館の撮影基準に則った適切な品質の画像が作成できたことから,「可搬型」によって習熟者でなくても容易に撮影が可能であることを示すことができたといえる。今回撮影された画像は今後,NW事業で構築している「新日本古典籍総合データベース」(試験公開中)で公開される。

●今後の展開

 当館とPFUは「可搬型」「据え置き型」それぞれについてさらなる検証を進め,商品化に向けて取り組んでいるところである。

 「可搬型」は,かさばらず,撮影環境を選ばず,耐久性があり電車等で持ち運ぶこともできるため,撮影場所を確保できないなどの事情により従来は撮影を見送らざるを得なかったような所有者のところへ赴き,撮影することも可能になると考えられる。また,たとえば大学で,研究室に分散して所在する資料を巡回して撮影する,またはフィールドワークの過程で発見された資料をその場で撮影するなど,現場での幅広い活用が可能になるだろう。

 当館では今後も,こうした機材を活用し,各地に所在する貴重な古典籍をデジタル化して,「新日本古典籍総合データベース」で公開していく。いつでも・どこでも・誰でも,インターネットを介して古典籍を利活用できる環境を目指し,オープンサイエンスを促進する取り組みをさらに進めたい。

国文学研究資料館・松原恵

Ref:
http://www.nijl.ac.jp/pages/cijproject/
http://www.nijl.ac.jp/pages/cijproject/images/20170801_News.pdf
https://www.pfu.fujitsu.com/news/2017/new170801.html
https://www.youtube.com/watch?v=UjEtwKopSvw
https://kotenseki.nijl.ac.jp/
E1754