E1719 – 図書館の自由に関する宣言60周年記念講演会<報告>

カレントアウェアネス-E

No.290 2015.10.15

 

 E1719

図書館の自由に関する宣言60周年記念講演会<報告>

 

 2015年8月8日,日本図書館協会(JLA)・図書館の自由委員会(以下委員会)は,松井茂記・ブリティッシュコロンビア大学法学部教授(憲法)を講師に,標記講演会を開催した。松井氏は近著『図書館と表現の自由』で,公共図書館の価値は,国民が多様な情報に接する場であり,国民が図書館を利用することは表現の自由の問題であるとしたうえで,図書館資料の収集・管理と閲覧利用やインターネット・アクセスの場面で生じる利用者,出版者,著者に関わる法的諸問題を論じている。特に蔵書の利用を制限することには憲法的に限界があるとして蔵書の提供制限措置を類型化し,「どのような場合に許されるのか」を考える視点を提供している。委員会は図書館の自由に関する宣言(以下宣言)に関わる新たな問題が起きた時々に法学諸分野の専門家から助言を得てきたが,法学専門家が図書館の自由に関わる問題を包括的・具体的に論じた著作の刊行は初めてである。

 講演に先立ち,宣言の1979年改訂に関与した塩見昇・前JLA理事長が宣言60年の歩みを解説。宣言が蔵書の提供制限がやむをえない場合のひとつとする「人権またはプライバシーを侵害する」(宣言第2-(1))という広い規定が設けられたのは,79年改訂の時点で,将来起こり得る様々な事案への対応を図書館員の論議に委ねる選択だったと説明した。

 松井氏は講演で,国民が図書館を利用する権利をどこまで主張できるのかを図書館法と宣言前文は明確にしていないとし,図書館は限定的パブリックフォーラム(市民会館やホールのように,政府・自治体が表現の自由を保障するために任意に創設した場)と考えることが妥当だとした。図書館は限定的なパブリックフォーラムとする考え方に議論の本家である合衆国最高裁はCIPA合憲判決(2003)(CA1473参照)で疑問符を付けたが,松井氏は次のようにその意義を説明した。

 “地方自治法第244条は「公の施設」の利用について地方公共団体に対して,正当な理由がなく拒否したり不当な差別的取扱いをしたりすることを禁じている。国民が図書館を利用する権利を憲法保障の枠内に置くことで,資料の収集・提供において表現内容とりわけ表現が主張する特定の見解について,危険,価値がない,危害を生じさせるとかの理由で制限することが許されないことが明確になり,制限することには法的な授権(根拠)と明確な基準が求められる。しかし,現状では図書館利用規則(教育委員会規則)の多くに明記されず,館長の裁量に広く委ねられている。図書館の内規に書かれている場合はあるが,内規はガイドラインであって法的拘束力はない。また内規が非公開であれば利用者はどういう場合に制限を受けるのか分からない。不意打ちの提供制限という権利侵害を受けかねない。『絶歌』のように“家族への配慮”を理由に図書館が購入・提供を断ることも起きてしまう。”

 提供制限がどういう場合に許容されるか。松井氏は,「図書館は利用者の知る自由に仕える」という宣言の趣旨を掘り下げれば,極めて例外的なやむにやまれぬ事情がある場合しか認められないことが基本であり,「図書館員の皆さんにとって恐らくいちばん難しいこの問題」を著作の中心的論点にしたという。そして講演では,「刑罰法規に反する内容の図書等」についてはわいせつ文書・児童ポルノ・有害図書等に,「個人の名誉ないしプライバシーを侵害する図書等」については裁判所の頒布差止め判断がある場合・著者等に損害賠償が命じられた場合,裁判の争いのない場合等に整理し,それぞれどのような提供制限がやむをえないか,または許されないかについて見解を述べた。例えばわいせつ文書については,係争中でも一定の利用制限は許容されようとする一方,最高裁判所が1957年にわいせつ文書とした『チャタレィ夫人の恋人』(小山書店)は,その後,同内容のものが刊行されているにもかかわらず,図書館は提供できないという問題を指摘した。

 講演後の松井氏と塩見氏の座談会では,図書館は不純な書物から読者を守るという思想から,図書館は国民の知る自由に仕えるという思想へと,どのように置き換えていくかが論議された。松井氏は,表現の自由ないし知る権利をもつ国民が自由に図書館を利用することができる権利を持っていることを,図書館が提供制限を許される条件とともに図書館法に明記し,宣言もきめ細かく記述することが重要だとした。塩見氏は,図書館の利用とその社会的重要性が高まるにつれ「自分が相応しくないと思う本を図書館が提供するのは気に入らない」人が増えたのではとし,図書館法の上位法である社会教育法第12条及び教育基本法第16条が教育における政府の不当な支配・干渉を排除していることを活用できないかと提起した。

 参加者は87人。フロアとの意見交換では折からの,図書館での『絶歌』の提供制限が話題になった。

 

日本図書館協会・図書館の自由委員会・山家篤夫

Ref:
http://www.jla.or.jp/portals/0/html/jiyu/seminar2015.html
https://www.jla.or.jp/portals/0/html/ziyuu.htm
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22HO067.html#1002000000010000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO118.html#1000000000000000000000000000000000000000000000000200000000000000000000000000000
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S24/S24HO207.html#1000000000003000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H18/H18HO120.html#1000000000003000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000
CA1473
松井茂記. 図書館と表現の自由. 岩波書店, 2013.