カレントアウェアネス-E
No.288 2015.09.10
E1707
博士論文のインターネット公表化に関する現況と課題の調査
●はじめに
大学図書館と国立情報学研究所との連携・協力推進会議のもとに設置された機関リポジトリ推進委員会(以下,委員会)は,2014年度に,作業部会としてワーキンググループ(以下,WG)を設置した。WGは「大学の知の発信システムの構築」を目指し,委員会が重点課題とする「オープンアクセス方針の策定と展開」等に取り組むことを目的としている。2014年度は「コンテンツ」「国際連携」「技術」のWGを設置し,各WG内で行動計画を策定して活動した。今回,杉田茂樹(千葉大学附属図書館)を主査とするコンテンツWGに設けられた博論(博士論文)班が,博士論文の実態調査「博士論文のインターネット公表化に関する現況と課題」を行った。メンバーは,東出善史子(京都大学附属図書館),本坊綾(鹿児島大学学術情報部),翟佳(早稲田大学図書館),筆者ら(直江,松原)の計5名である(所属は2015年3月31日現在)。
調査の結果は,2015年6月8日に委員会のウェブサイトで公開した。本記事ではその概要を紹介したい。
●本調査の目的
学位規則の一部改正(2013年4月1日施行)により,博士学位取得者は取得後1年以内に,学位授与大学等の協力を得て,博士論文の全文をインターネット(機関リポジトリなど)で公表することが原則となった(E1418参照)。本調査では,規則改正後の博士論文のインターネット公表状況や,公表に際しての現場での課題を把握し,各大学でグッドプラクティスを共有することを目指した。
●調査(1)2013年度学位授与博士論文登録件数の実態調査
国立情報学研究所(以下,NII)が,各機関リポジトリのメタデータを収集して構築している学術機関リポジトリデータベース(Institutional Repositories DataBase:IRDB)に登録されたデータ(2014年11月3日抽出)をもとに2013年度に学位授与された博士論文の公表状況を調べた。対象データのうち,IRDBのメタデータおよび各機関リポジトリ登録データから2013年度に学位を授与された博士論文といえるデータは9,341件であり,うち全文登録件数は4,667件,全文公表率は約50%である。
また,文部科学省が公開している学位授与状況を参考に,2013年度の学位授与件数も例年通り(1万6,000件程度)と仮定すると,2014年11月3日時点の2013年度学位授与博士論文のデータ登録率は約56%,全文公表率は約28%となる。
なお,2015年3月20日時点で調査した結果,学位授与件数が例年5件以上の大学のうち,2013年度学位授与博士論文を1件も公表していないとみられる大学は,機関リポジトリ構築済みの大学では5大学,非構築大学では14大学であった。2014年11月3日時点では,機関リポジトリ構築済みの大学で53大学,非構築大学で36大学が未公表であったので,着実に公表が進んでいると考えられる。
●調査(2)博士論文登録作業における実態調査
博士論文の公表に際してどのような課題に直面し,それに対処するためにどのような取り組みを行っているかについて,WGに参加している18大学を対象にアンケート調査を行った。
全文の公表には,教務担当者からPDFファイルを入手するまでに時間がかかること,PDFやメタデータの形式等の問題,著作権処理,部局教務や本部教務との連携といった課題が存在している。それらの課題に対し,講習会の開催や冊子の配布など様々な対処方法によってある程度の改善効果が得られている大学もある。しかし一方で,それらの対処方法を実施しても十分な効果を得られていないと回答している大学も多数存在しており,今後も大学間で情報共有をしながらより効果的な解決策を模索し,対応を進めていく必要があるといえる。
●終わりに
今回,調査を行う中で,メタデータの整備が課題であることがわかった。調査(1)では,NIIが策定した機関リポジトリのメタデータ・フォーマットjunii2に従って博士論文特有の項目がメタデータに記述されていないため,抽出したメタデータだけでは博士論文と同定することが困難であるものが散見され,各機関リポジトリのデータを個別に参照する必要があった。博士論文のインターネット公表義務化という一種のオープンアクセス方針のもと,各大学では学内の複数部署が協力し,規則や業務手順を整備し,教職員や学生と情報共有し,機関リポジトリ等から博士論文を公表している。公表率を高めるための次なる施策を考える上で,公表状況や課題を把握することは不可欠であろう。しかしながら,メタデータのみからは博士論文か否か判別できない場合,公表状況を把握するのは難しくなる。機関リポジトリを通じた博士論文の公表状況について効率的な評価を行うためにも,また博士論文のオープン化や公表手続きの円滑化により利用者の利便性を向上させるためにも,各大学の機関リポジトリ担当者は,まずメタデータの質を見直すことから始めてはどうだろうか。
調査手法などで限界はあるものの,本調査が博士論文のオープン化推進の一助となれば幸いである。
東京大学駒場図書館・松原恵
横浜国立大学附属図書館・直江千寿子
Ref:
http://id.nii.ac.jp/1280/00000131/
https://ir-suishin.repo.nii.ac.jp/
http://id.nii.ac.jp/1280/00000007/
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/daigakuin/detail/1331790.htm
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/daigakuin/index.htm
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