カレントアウェアネス-E
No.181 2010.10.21
E1105
ハーバード大学図書館長,「全米デジタル図書館」を語る
2010年10月1日,米国のハーバード大学で,「全米デジタル図書館」(National Digital Library)創設の可能性について話し合う非公式のカンファレンスが開催された。日本では特にフランス革命期の社会史家として知られている,ハーバード大学図書館長ダーントン(Robert Darnton)氏は,その開会にあたり,全米デジタル図書館の意義について講演を行った。以下は,New York Review of Booksのウェブサイトに掲載されている,ダーントン氏の講演内容である。
ダーントン氏は,講演を「全米デジタル図書館を創ることは可能か?」という問いかけから始めている。そして,全米デジタル図書館の実現には技術面,法律面での問題等,様々な問題があると指摘する。しかし,そのような複雑な問題を抱えるものであるが,全米デジタル図書館の基本的な考え自体は分かりやすいものであり,米国の文化的財産をデジタル化して,国民がインターネットを通じてどこからでも容易にアクセスすることを可能にするものであると定義している。
さらに,ダーントン氏は,このような全米デジタル図書館プロジェクトの背景にある意志が米国建国時にまで遡るものであり,それがトマス・ジェファソンらの建国の父たちの活動の背景にあった「文芸共和国」であると指摘する。文芸共和国とは,近世の欧州でペンと印刷物によって生み出された情報システムであり,文字を読みそして書ける者であれば,国境も越えて誰でも参加できた知の空間領域を意味する。ダーントン氏は,建国の父たちが知への自由なアクセスが共和国の繁栄にとって重要な条件であると考え,それゆえ自身らの創る共和国が豊かになるためには,市民が文芸共和国の中でシティズンシップを行使することが必要であると信じていたと指摘する。
ここで重要なのは,ダーントン氏もまた,建国の父たちのその理想を引き継ぎ,それを現実のものとすべく,低い識字率と本の希少性ゆえに小規模であったかつての文芸共和国を,全米デジタル図書館の創設によって,広く開かれたものにしようと訴えていることである。ダーントン氏は,“HathiTrust”や“Internet Archive”等の米国内の電子図書館の取り組みの進展や,日本やフランス等の外国の電子図書館事業の状況を紹介している。そして,それらの事例から学ぶことで,著作権と孤児作品(orphan books)の問題やメタデータの問題,そして資金の問題に対してどのように取り組むべきかを話し合ってほしいと述べている。最後に,米国民にとってふさわしい図書館,21世紀のニーズにあった図書館を国民に対して提供するという大きな目標をカンファレンス参加者たちが推進することを願っていると訴えて,講演は括られている。
カンファレンスの数日後のChronicle of Higher Education紙の取材で,ダーントン氏は,カンファレンスでは全米デジタル図書館の必要性については参加者で意見の一致が見られたが,今後は全米デジタル図書館とは何かについて議論を深める必要があること,最大の課題は資金面ではなく著作権の問題であること,全米デジタル図書館プロジェクトはGoogleを敵視するものではないが,個人的にはGoogleにパブリックドメインにある資料のデジタルデータを提供してほしいと考えていること,そして今後は資金調達のために財団の提携を創る必要があり,政府の支援を得るために文化機関をまとめる必要があること等が述べられている。
Ref:
http://www.nybooks.com/articles/archives/2010/oct/28/can-we-create-national-digital-library/
http://chronicle.com/blogs/wiredcampus/one-step-closer-to-a-national-digital-library/27491