CA970 – SF小説に見る未来の図書館 / 吉川博史

カレントアウェアネス
No.183 1994.11.20


CA970

SF小説に見る未来の図書館

図書館の将来はどうなっていくのか。情報化・国際化・高齢化といった社会的変化の中で,公開・無料・公費負担を原則とする近代公共図書館の理念は古びていくのではないか,とする考え方すら現れてきている。基本的な理念はそう簡単に変わらないとしても,情報に関する利用者の知識が増大するにつれて,図書館や図書館員のあり方が徐々に変化していくことは,ほぼ確実であろう。また,市場経済の中に図書館類似のサービスが出現し,図書館と競合するようになれば,図書館が生き残りの途を真剣に模索しなければならなくなるであろう。電子出版のようなニューメディアの出現は,図書館資料がもっていた固定性を一挙に破壊してしまうかもしれない。未来の図書館像は,図書館で働く人々の日々の実践の中から導き出されてくるのが本来であろう。しかし逆に,図書館員であることが視野を狭めている側面があることも事実ではなかろうか。本稿では,主としてSF作家が描き出した未来の図書館像を紹介し,図書館員にかけられた呪縛をときほぐすことを試みたい。

シューマン(Shuman)はアメリカの2015年の図書館について,いくつかの像を提示している。そこでは,ロボット図書館,仮想現実の図書館といった楽観的な像のみならず,図書館が地域社会の文化財になること,図書館が政治の中にとりこまれて特定の利益を擁護する側からの利用制限が行われること,といった悲観的ともいえる像も提示されている。また,応能負担の考え方が導入された図書館,低レベルのサービスのみを提供する図書館,オンライン図書館といった,やや現実に即した像も示されている。ここで示されたものが考えられる全てではないし,約20年後のアメリカで,こうした事態が本当に起こっているかどうかはわからない。しかし,こうした事態は日本で起こらないとも限らないものである。来るべき将来に対応するために,図書館員の主体的な選択と行動とが必要とされることは,間違いないであろう。

ワイズマン(Wiseman)は,SF小説に現れる図書館像を様々な角度から分析している。以下にその内容を紹介しながら,若干のコメントを加えていくことにしたい。

建物としての図書館施設は存続するのであろうか。多くのSF小説では,図書館は,特定の場所で特定の役割を担わされた,コンクリートで囲まれた施設として存在することになっている。しかし,いくつかのSF小説では,電子的なデータベースの装置,もしくは物理的な形をもたない情報記憶装置となるであろうと考えられている。後者の考え方をとると,図書館員はもはや存在する余地がなくなっているとも考えられる。

レファレンス及び利用者サービスのあり方について言及しているSF小説は少ない。言及しているものの中では,図書館員によってのみ提供されるとするもの,機械によってのみ提供されるとするもの,図書館員と機械の両方によって提供されるとするものがある。サージェント (Sargent)のEarthseed のように,機械によってのみ提供されるとする考え方をとるSF小説においては,図書館情報ネットワークの著しい発達が想定されていると同時に,情報に関する利用者の知識がプロ並みになっていることも想定されているのであろう。そうであるとすれば,図書館員が果たすべき役割,図書館員の専門性といったことについての認識も,変化を余儀なくされているはずである。

コミュニケーションと情報交換ネットワークについて言及しているSF小説は多い。例えば,カード(Card)のEnder's Game(邦訳『エンダーのゲーム』1987 (ハヤカワ文庫))では,世界中にはりめぐらされたコンピュータ・ネットワークによって,情報や意見を交換するほか,金融取引,政治討論会,選ばれた公務員のための政治的行事まで支援することを構想している。また,人々は肉体が死んでも,ネットワーク内で電子的な人格として生き延びる途を選択することができるようになっている,とするものもある。この場合,ネットワーク内での殺人や情報の窃盗といった犯罪が発生することも考えられ,対策を講じることが必要となってこよう。

図書館資料の形態についてのSF小説の記述は,伝統的なハードカバーの本からコンピュータファイル,データ送信機に至るまで,多様である。技術の進歩が緩やかであると考えるSF作家は,図書館資料をせいぜい印刷メディアか手書き原稿,テープ,謄写版印刷物,といった形態のものとしてとらえている。これに対して,技術の進歩が急速であると考えるSF作家は,電子出版物が図書館資料の唯一の,または支配的な形態となるであろうと予想している。電子出版物のみを扱う図書館の多くは,キーワードによる情報検索,音声の活用,必要に応じての印字といった機能を備えた,強力なアクセスツールをもつことになろう。

図書館員の描かれ方も多様である。伝統的な図書館員を想定しているものもあれば,報酬を得て違法なサービスを行う悪質な図書館員の存在を描き出しているものもある。ブリン(Brin)のStartide Rising(邦訳『スタータイド・ライジング』1985 (ハヤカワ文庫))では,図書館協会(Library Institute)を利用する人々は,図書館員の名を冠された人々に高い敬意を払うとされ,広範な図書館資源を使いこなすのは容易なことではないので,図書館員を怒らせると,利用者にも民族にも,長期にわたって影響が及ぼされるとされる。また,SF小説で描かれる図書館員の何人かは,友好的かつ有能で役に立つ人々である。彼らは,いかなる場でも,アクセスの自由や,全ての人々への平等なサービス提供,といった伝統的な原則を守り,倫理的な行動についての基準を守るとされている。

SF小説に見る未来の図書館と一口にいっても,その具体的な内容は極めて多様であることがわかる。従来から,SF小説を研究することは,未来を探るひとつの有力な方法であると考えられてきた。確かに,そこで描かれている内容には,荒唐無稽としかいいようのないものもある。しかし,大筋においては,的確な洞察がなされていることも多いのである。SF作家は図書館員ではないし,彼の目的は図書館像を描き出すことではない。だが,利用者の視点から比較的自由に未来の図書館の姿を構想し得る点で,非常に恵まれた立場にあることには,注目すべきであろう。図書館の将来計画を立てる際に,何を目的として,何を期待して計画を立てるのか,望ましくない事態を回避するためにはどうすればよいのか,といったことを考えなければならない。そのとき,SF作家のもつ利用者としての視点を参照することが有効となるであろう。

吉川博史(よしかわひろふみ)

Ref: Shuman, B. A. The Library of the Future: Alternative Scenarios for the Information Profession. Libraries Unlimited, 1989
Wiseman, G. Visions of the future: the library in science fiction. J Youth Serv Libr 7 (2) 191-198, 1994
Griffen, A. M. Images of libraries in science fiction. Libr J 112 (14) 137-142, 1987