CA914 – 図書館サービス有料化の現状:米国の場合 / 古川浩太郎

カレントアウェアネス
No.172 1993.12.20

 

CA914

図書館サービス有料化の現状−米国の場合−

1993年3月,アメリカの都市図書館協議会(Urban Libraries Council=ULC)は図書館サービスの有料化に関する実態調査を行った。公共図書館におけるサービスの有料化問題は,既に1970年代後半以来同国を中心に論議が行われているテーマであるが,現在に至るもなお統一的な見解が得られていない(国立図書館サービスの有料化に関してはCA616を参照)。ULCの調査によっても,この点が裏付けられる結果となった。

この調査は,エレノア・ロジャー(ULCエグゼクティブ・ディレクター)を中心としたメンバーが担当し,ULC加盟の図書館(64館)にあてて調査票を送付する形式で実施した。その内容は,19種類の図書館サービスを対象に,それぞれについて利用者から料金を徴収しているか否かを問うものであった。それによれば,回答を寄せた全49館中48館(98%)が複写サービスを有料としていた。また,オンラインによる資料検索(57%),集会室の利用(49%),図書の予約サービス(45%)等が比較的有料化率が高い項目であるが,その比率は半数前後にとどまる。それ以外のサービスについては,有料化を実施している比率は一様に低かった。また,これに続く第20番目の質問項目として,サービスに対する料金賦課の基準の有無を尋ねているが,確たる方針を持った図書館は49館中15館(31%)に過ぎない。これらの結果は,サービスの有料化に関して図書館間の足並みが揃わない現状を物語っていると言えよう。

この他,各図書館が所属する州政府の政策をめぐっても質問が行われた。その一つは,州政府が図書館サービスにかかる料金を法律によって定めているか否かを問うものであった。それによれば,所属する州政府が図書館サービスの料金を定めていないと回答した図書館が47%,基本的なサービスの有料制は禁止されているが,より高度のサービスに対しては料金を課すことが認められているという回答が35%であった。さらに,14%の図書館が,所属する州政府が全てのサービスの有料化を認めていると回答した一方において,サービスの有料化は一切禁止されていると回答した図書館が6%存在したのである。このように,公共図書館の上位機関に相当する州政府のレベルにおいても,図書館サービスの有料化問題については政策が統一されていないことがわかる。

図書館サービスの有料化をめぐる論議が台頭した背景としては,主として2点を指摘することができよう。第一は,1960年代以降における情報技術の発展の結果,コンピュータを利用した情報検索サービスが商業ベースにおいて成立した事実に示されるように,情報に対する経済的・商品的価値が認められるようになったことである。また,第二には,高度情報化社会の到来とほぼ時を同じくして発生した世界的な経済成長の行き詰まりをあげることができる。

アメリカにおける後者の状況を振り返ってみよう。同国では既に1960年代末から強度のインフレが発生しており,これは1973年のオイル・ショックに見舞われることによってスタグフレーション(不景気と物価上昇の併存状態)の様相を呈するに至った。折しも,戦後のベビー・ブーム世代の就労に伴う労働力人口の増加は,低迷する経済と相乗的に作用して,非白人層を中心とする多数の失業者を生み出した。しかし,従来からの福祉国家政策はなお継続されたため,失業保険をはじめとする公的扶助が増大し,その財源調達を増税という形で求められる納税者の間からは,租税負担の軽減,政府規模の縮小を求める声が高まった。このことは,公共図書館の運営は税収のみで賄うという「無料」方針の見直しをも迫ることとなったのである。

他方,このような公共経済学的な視点に立った有料化論に対しては,公共図書館は利用者の「知る権利」を確保する機関として,資料へのフリー・アクセスの伝統を維持するべきであるという主張も行われている。公共図書館が無料であることは必ずしも自明の原則ではないが,両者のいずれかを一方的に退けることは難しく,現実的な方策としては,有料化の対象とするサービスを選別することが考えられよう。

前記の調査を行ったロジャーは,「地方税率制限立法を(住民投票で)可決する地域共同体を見るにつけ,公共サービスの財源を調達する方法に変化が生じていることがわかる」と指摘し,税収を増加させることに腐心する地方行政官の姿が,公共図書館にとってはサービス有料化への圧力となっているのではないかと示唆している。併せて彼女は,「この問題にさらに踏み込んで取り組むためには,有料化を前提に利用者の反応をうかがうのではなく,図書館員や行政官,政治家らによる膝を突き合わせた討議を行う必要がある」と述べている。このように図書館サービスの有料化問題は,個別の図書館のレベルにとどまらず,広く行財政における公共サービス部門の位置付けをめぐる問題の枠組みの中で考えることができよう。わが国の図書館の場合をも含めて,今後の動向に注目したい。

古川浩太郎(ふるかわこうたろう)

Ref: Lifer, Evan St & Rogers, Michael. ULC reports most members without fee-charging policies. Library Journal 118 (8) 14-15, 1993
Savolainen, Reijo(片山淳訳)有料か無料か:課金問題のジレンマ 現代の図書館 29 (1) 32-43, 1991
川崎良孝 公共図書館の無料制−英米での有料化論議から 図書館雑誌 84 (5) 265-269, 1990
川崎良孝 図書館サービスと有料制−有料制論議台頭の背景 (1)〜(4) 図書館界 35 (5) 236-247, 35 (6) 290-304, 36 (2) 60-71, 36 (4) 181-193, 1984
小泉徹ほか 有料? 無料?−図書館の将来と費用負担 現代の図書館 21 (4) 241-251, 1983
嘉治元郎編 アメリカの経済−輝きと翳り 弘文社 1992 248p
渋谷博史 現代アメリカ財政論 お茶の水書房 1986 298p