CA616 – 国立図書館サービスの有料化について / 生原至剛

カレントアウェアネス
No.121 1989.09.20


CA616

国立図書館サービスの有料化について

1987年IFLAブライトン大会国立図書館分科会において,モーリス・ライン氏(Maurice Line,当時英国図書館科学・技術・産業局長)は「変動期の国立図書館」と題するぺーパーを発表,国立図書館の進むべきひとつの可能性としてサービスの有料化を示唆した。ライン氏の問題提起は同分科会で活発な論議を呼び,引き続きロンドンで開かれた国立図書館長会議においても一部から強い関心が示された。そもそも国立図書館がサービスを有料化するのは妥当かどうか。有料化し得るサービスとそうでないサービスをどう区別するかなどが議論の焦点であった。

これを受けてライン氏はニュージーランド国立図書館長ピーター・スコット氏(Peter Scott)と連名で,1988年IFLAシドニー大会国立図書館分科会に“Commercial and Revenue Raising Activities in National Libraries”を発表し,国立図書館サービスの有料化の背景,問題点などを分析している。

国立図書館サービスの有料化を考える場合の原則論は,有料化がその図書館の使命と目的を損なうのであってはならないということである。例えば,国の納本図書館として蔵書を広く国民の利用に供する法的義務を負う国立図書館にとって,もし有料化が利用を制限する結果をもたらすとすれば,それは妥当な政策とはいえないだろう。

しかし有料化を考えなければ新規事業はおろか,国によっては従来のサービスを維持することもままならない状況が存することも事実である。その最大の要因は国の財政難による図書館予算の削減,さらに英国やニュージーランドのような,政府による強力な民営化路線である。

有料化のもうひとつの背景は,民間セクターにおける情報サービスの急成長である。民間の情報機関が国立図書館と似たようなサービスや商品を提供するとなれば,国立図書館のサービスがなぜ無料でなければならないか,論議の余地が生まれるだろう。少なくとも,情報は無料ではなく,売れば買い手のつく商品なのだという考え方は定着したといってよいだろう。

しかし多様な図書館サービスのすべてが有料化になじむわけではない。さしあたり有料化の可能性のあるサービスを列挙すると,刊行物,オンラインやダウンローディングによる書誌情報サービス,ドキュメント・サプライ,各種データベースを用いた付加価値情報サービスなどがある。この場合,一口に有料化といっても,サービスの公共性の度合に応じて,コストの一部を回収するにとどめ,残りは国が補助するものとするか,あるいはコストを100%回収するか,さらにはより積極的に利潤をあげようとするか,などのコスト分析と価格政策が求められることはいうまでもない。

有料化の問題点をいくつかあげると,誰が料金を負担するか,国立図書館サービスの利用館が個人利用者かということがある。また国立図書館サービスが“基本的”部門と,“商業的”部門とに分裂することにより,経営管理上のひずみを生ずる危険性がある。商業化にはリスクが伴うが,逆に有料化が成功した場合には,政府や民間からさらに民営化への圧力が強まるだろう。そうなれば国立図書館の解体につながりかねない。それでなくとも,採算部門に力を入れて,図書館としての“基本”業務がないがしろにされるという事態は容易に予想される。

確かに,国立図書館の“親方日の丸”意識に対する批判は多少なりともどこの国にもあるようだが,有料化が国立図書館のコスト・パフォーマンスを高め,ビジネス感覚を養う契機になれば,それは有料化のメリットといえるかもしれない。しかし,国立図書館サービスの有料化を実現するためには,収入を国庫に償還するのではなく,国立図書館の裁量で再投資できるような会計システムが前提条件となるであろう。

生原至剛

Ref. Line, Maurice et al. Commercial and revenue raising activities in National Libraries. IFLA Journal 15 (1) 23-36, 1989ほか