CA1866 – 東日本大震災の被災地における移動図書館の役割 / 鎌倉幸子

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カレントアウェアネス
No.327 2016年3月20日

 

CA1866

 

 

東日本大震災の被災地における移動図書館の役割

アカデミック・リソース・ガイド株式会社:鎌倉 幸子(かまくら さちこ)

 

1. はじめに

 津波により図書館が壊滅的な被害を受けた岩手県沿岸部で、2011年7月から、筆者が所属していた公益社団法人シャンティ国際ボランティア会は移動図書館の活動を開始した。町中で復興に向けての大規模な工事が行われ、また仮設住宅が点在する被災地では、小回りの利く移動図書館が本を手にする機会を途切れさせない役割を担えると感じている。また、生活が一変してしまった土地での移動図書館車の巡回は、きめ細やかに利用者が直面している課題を聞き、選書をし、情報を届けることにより利用者の安心につなげることもできる。

 2015年12月、岩手県・宮城県・福島県の津波の被害を受けた自治体で移動図書館車を運行している15市町村17図書館にアンケート調査を実施した。アンケート用紙をメールまたはFAXでお送りしたところ、全館から回答をいただいた。全村避難している福島県飯舘村は沿岸部にはないが、海外から車両の寄贈を受け活動を開始(1)したことから、アンケートにお答えいただいた。アンケート項目は、図書館名、震災前の移動図書館の有無、移動図書館の活動再開日、移動図書館だからこそ被災者のためにできたこと、移動図書館活動を行う上での課題・困難な点、その他震災後の移動図書館活動で経験した心に残るエピソードの6問である。筆者の経験も踏まえ、本稿ではアンケート結果から見えた移動図書館の役割や課題についてまとめる。

 

2. 移動図書館車の運行開始・再開時期

 アンケート結果から、図書館の建物に被害がなかった自治体は、震災直後の早い段階から移動図書館の活動を再開していたことが分かる。数か月遅れて再開したところは、図書館員が避難所対応など緊急救援関連の業務に従事し、図書館業務に戻るまでに時間を要したことがその理由としてあげられる。

 民間企業から車両の寄贈を受け新たに運行を開始したところもある。岩手県大槌町(2)、宮城県女川町(3)は2012年、先述の福島県飯舘村は2013年になってから活動を開始している。

 

表 移動図書館活動実施図書館

 図書館名震災前の移動図書館車の
有無
移動図書館車の運行開始・
再開日
備   考
岩手県
久慈市久慈市立
図書館
2011年3月被害がなかったので通常通り発行
久慈市立
山形図書館
2011年3月被害がなかったので発災後すぐに再開
田野畑村田野畑村アズビィ楽習センター図書室2011年6月8日 
宮古市宮古市立
図書館
2011年4月6日 
大槌町大槌町
城山図書室
2012年8月2011年9月からブックコンテナを用いて活動開始、
2012年8月から寄贈車両を活用して運行開始
釜石市釜石市立
図書館
2011年6月16日 
大船渡市大船渡市立図書館2011年7月11日 
陸前高田市陸前高田
市立図書館
2011年7月 
宮城県
気仙沼市気仙沼市
図書館
2011年9月1日2011年4月から8月まで避難所へ団体貸出、
9月1日から移動図書館車で再開
気仙沼市
本吉図書館
2012年7月3日2011年9月から学校への巡回のみ再開、
2012年7月3日から移動図書館車で再開
南三陸町南三陸町
図書館
2011年10月5日 
女川町女川町
図書室
2012年4月3日再開ではなく新規
塩釜市塩釜市民
図書館
2011年4月14日 
多賀城市多賀城市立図書館2011年8月9日 
仙台市仙台市
図書館
2011年4月5日 
福島県
いわき市いわき市立
いわき総合
図書館
2011年5月2日2011年5月2日にいわき号、同年5月6日にしおかぜ号の運行再開
飯舘村 2011年5月2日
2013年2月13日
2011年5月2日からいわき総合図書館の移動図書館車が巡回、2013年2月13日から寄贈車両を活用して運行開始

 

3. 被災地における移動図書館の意義・役割・機能

 土盛りの作業や移転先となる高台の整備がまだ続いている被災地では、住民の住まいが定まらないケースが多くみられる。2011年に避難所から仮設住宅に移る際、自治体によっては、震災前に同じ地域に住んでいた人たちを、同じ仮設住宅に住まわせたところもあるが、中には抽選によって仮設住宅を決めたところもある。そうなると見ず知らずの人同士でゼロからコミュニティを作る必要があった。震災後は窃盗が多発し、用もなく外に出て歩き回っていると不審者と思われる可能性もあるため、部屋に閉じこもりがちになる人もいた。そのような状況の中で本を積み巡回してくる移動図書館は、人と人とがつながる場、コミュニケーションをとる場になっていた。

 筆者が移動図書館車の巡回に同行していた時、「移動図書館では、一人で本を立ち読みしていても不自然ではないので、外に出る理由となる」とおっしゃった人もいた。同時に、知り合いになった人たちがおしゃべりを楽しむ場にもなっていた。一人でも、大勢でも楽しめる環境が移動図書館にはあるのではないか。

 

3.1. 読みたい人に読みたい本を届ける

 支援物資として本が避難所などに届いたが、一か所に滞留していては、その本が読みたい人の手に渡らないこともある。利用者と職員が対話しながら、利用者からリクエストを受けたり職員が本を薦めたりといった個々の利用者にきめ細やかに対応するサービスは、移動図書館ならではである。このように、担当職員が各ステーションの利用者の特徴や傾向をダイレクトに把握し利用者や地元に密着したサービスができるのが、移動図書館の強みである。

 本を読みたいと思うタイミングは人それぞれである。震災直後は、以前のように読書をする気になれないという人もたくさんいた。ただ5年に及ぶ仮設住宅での生活を余儀なくされている人たちにとって、読書は精神的な安らぎを得る上で大変役立っているようだという声もある。

 

3.2. アクセスの悪さへの対応

 震災後設置された仮設住宅は津波が来ないよう、沿岸部から遠く離れた場所に設置されるケースが多く見られた。市街地の近くに入居希望が集中したため、抽選でやむを得ずアクセスの悪い場所への入居を余儀なくされた人たちもいた。

 仮設団地を移動図書館の巡回場所に組み込むことで、これまで図書館を利用していたものの震災後は利用しづらくなった被災者の方にも、本に触れる機会を提供できる。また、車の免許を持っていない高齢者は遠方の図書館を利用することができないため、移動図書館は喜ばれている。さらに、交通インフラが整備中であり、図書館へ通う手段を持たない分散した仮設住宅などの住民へのサービスを提供することができたという声も寄せられている。このように移動図書館は、図書館へのアクセスが悪い地域に住む住民へ読書の機会を提供している。

 また、福島県飯舘村は、仮設住宅が福島市・伊達市・相馬市・南相馬市と散在している。避難して離散した住民の情報を双方に伝えることができたとの声が寄せられ、移動図書館は住民同士をつなげる役割も担っている。

 

3.3. 人と人とが出会う場

 屋外で活動する移動図書館は、誰でも気軽に立ち寄れる交流の場となり、本から人、人から社会へとつながる場となっている。抽選で入居した仮設住宅では、どこに誰が住んでいるのか分からない状況であった。ふと立ち寄った移動図書館の場で安否を確認し、知り合いと再会を喜び、抱き合って涙を流す場面がたびたびあったという報告もある。

 震災前から移動図書館車を運行していた自治体では、移動図書館の活動が再開された話を聞いて、遠方からステーションを訪れる住民もいた。さらに「震災時の状況について話を聞いてほしい利用者もおり、話を聞くことが多かった。震災前から積み重ねてきた関係があったので、被災した人に寄り添い話を聞くことができた」という報告もあった。また、震災前から運行していた自治体の職員が「移動図書館を通じて住民や学校のニーズをくみ取ることができるので、早く再開させたい」と震災直後に話していたことも思い出される。

 住民の生の声を聞くことができるということは、移動図書館の担当職員は利用者に近い存在となっているからと考えられる。

 

3.4. 情報の迅速な提供

 震災直後は電気やガスなどのインフラが遮断され、安否確認を含め情報の不足が人々を不安にさせていた。その中で「紙」の持つ価値を知らしめたのが、手書きで記事を書き「壁新聞」として避難所に届けた石巻日日新聞の活動であろう。

 被災地では、生活に必要な情報が、インターネットを利用しない高齢者には特に、リアルタイムに届きづらい傾向がある。仮設住宅にはテレビが支援物資として置かれていたが、市役所からのお知らせなどその地域の情報が常に流れるわけではない。インターネットへのアクセスが難しければ、地元のラジオかチラシなど「紙」が情報源となる。移動図書館の場にチラシを設置したり掲示したりすることで、情報の伝達場所となった。

 また、市民図書館の情報や、励ましのイベントを利用者と直接会話して伝えたケースもあった。既に述べたが、移動図書館が利用者に密着したサービスを提供することができるからこそ、必要としている資料の提供はもちろん、利用者が気晴らしのために行きたいと思っている催し物や役場の情報も対面で伝えることができる。

 

3.5. 自治体間の支援

 図書館が壊滅的な被害を受けた自治体に、近隣の自治体が移動図書館車を巡回し、市町村の枠を超えた支援運行が行われた地域がある。岩手県の内陸にある滝沢村(現:滝沢市)は、2011年4月14日から山田町、5月14日から大槌町へ移動図書館車の運行を実施した (4)。8月に運行を終了したが、その後北上市が山田町、花巻市が大槌町への運行を引き継いだ (5)。図書館の被害はなかった岩手県久慈市は、隣接している野田村へ2011年7月から2012年3月まで移動図書館車を運行した。

 

3.6. 図書館施設の代替

 地震による建物への被害と安全確認のために開館できなかった図書館もあった。宮城県多賀城市立図書館では建物の安全確認ができるまで、移動図書館車を利用して本館玄関前で貸出を行った。宮城県仙台市でも、建物の損壊により立ち入ることができなかった図書館の屋外に移動図書館車を設置して業務を行った。

 

4. 活動を行う上での課題

4.1. 道路状況の悪さ

 復興に向けた大規模な工事がいたるところで行われているため、道幅が狭かったり、路面状態が悪く運転の際に気をつけなければいけない場所が多々ある。工事の状況次第では巡回路を変更しなければいけなくなることもある。また沿岸部は比較的暖かく雪は少ないが、冬は路面が凍結する道もある。そのため運転技術の高さが求められるが、そのような運転手の不足に直面している図書館もある。

 

4.2. ステーションの確保

 仮設住宅の撤去や区画整理などにより、ステーションとしていた場所が利用不可になる状況が出てきている。車両を駐車するのに十分なスペースがある空き地が限られてきている。

 

4.3. 住民移動への対応

 仮設住宅から公営住宅や新築住宅への引越や、県外転出など住民移動が頻繁になってきている。そのため定期的にステーションや巡回ルートの見直しが必要となる。

 

4.4. 予算や人材の制限

 震災前から移動図書館車を運行している自治体では、車両が老朽化しているところも少なくない。そのため移動図書館車の維持・管理が課題となっている。新しく車両を購入するにもかなりの予算がかかるため、廃車となった後活動を継続できるのか要検討となっているところもある。

 また資料費の問題もある。図書館の資料購入予算は限られており、利用者のリクエストに応えていくには限界がある。震災後、本の寄贈が全国から寄せられた図書館もあるが、仕分け作業に時間がかかる。筆者自身、作業に立ち会ったこともあるが、箱を開けた瞬間にカビが舞うくらい古い本が送られてきたケースもあった。臨時に雇われた職員は、司書ではないので箱を開ける作業はできても、選書などはその図書館の職員に頼らなければいけない。数人の司書で何万冊の本を整理するには時間も労力も不足している。東日本大震災時に結成された、図書館等の被災状況や必要な支援のニーズを伝えるサイトであるsaveMLAKの有志による「本を送りません宣言」(6)も含めて、今後大震災が起こった時の本の送り方を考える必要がある。必要な本を必要な人に届けるために、現場の司書をサポートする支援が求められる。

 

5. まとめ

 東日本大震災の被災地では、住宅の確保が依然として課題となっている。復興庁によると、2015年度末になっても岩手県・宮城県・福島県の18市町村では住宅の確保に関する事業が完了せず、岩手県山田町、釜石市、大船渡市、陸前高田市、宮城県気仙沼市、女川町、石巻市は2018年度までかかる予定である(7)。原子力災害に伴い避難指示等が出された福島県田村市、南相馬市、川俣町、広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村、飯舘村については、一部避難指示解除が出された地域もあるが住民の不安もあり、先の見えない状態が続いている(8)

 震災後4年半が経過し、被災者の居住が避難所から仮設住宅、そして公営住宅等へと移りつつある。移動図書館もそれに伴い、巡回ステーションの改廃・新設の動きが続いている。ステーションを変えながら対応できるのが移動図書館の強みだろう。公営住宅に移ればまた違う生活のニーズが出てくるかもしれないので、その生活様式に合わせた選書をしていきたいという声もある。住民の生活に密着し寄り添いながら、その人にとって必要な一冊を届けられることが移動図書館の価値ではないか。

 ステーション変更の動きが続いているが、この流動が落ちつき巡回が固定化した時が復旧へ向けてのスタート地点であり、復興はまだ見えてこないとアンケートに書いてくれた司書もいた。被災地では、被害を受けた公共図書館の再建がいまだに行われていない地域もある。2016年は震災から5年の節目の年といわれるが、被災地では復興への一通過点に過ぎない。そして見えない復興への不安が広がるからこそ、生きるための情報、人の顔の見える関係が大切であり、アンケート結果から分かるように、引き続き「地域社会のネットワーク」としての移動図書館の役割が重要であると言えよう。これからも移動図書館の活動が継続されていくことを願ってやまない。さらに、生きるための情報の提供、人の顔の見える関係づくりの在り方は、被災地だけの課題ではないと感じている。今後は震災の経験を教訓として、移動図書館を通じた地域社会ネットワークについて議論をしていければと考えている。

 最後に、人と向き合い、声を聞きながら丁寧に本を届ける移動図書館活動を日々実践し、アンケートにご回答いただいた自治体の皆さまに心から感謝いたします。

 

(1) 在日オーストラリア大使館. “オーストラリア、福島県飯舘村に移動図書館車を寄贈”.
http://australia.or.jp/pressreleases/?id=524, (参照2016-02-18).

(2) 株式会社ニッセンホールディングス. “東日本大震災復興支援プロジェクト 移動図書館車『なかよし共和国』を岩手県大槌町へ寄贈”.
http://www.nissen-hd.co.jp/ir/pdf/IR_12_02_17_1.pdf, (参照2016-02-18).

(3) 近畿大学. “「女川つながる図書館」オープニングならびに 「女川つながる移動図書館号」贈呈式 開催のお知らせ”.
http://www.kindai.ac.jp/topics/2012/03/post-302.html, (参照 2016-02-18).

(4) 鎌倉幸子. 走れ!移動図書館. 筑摩書房, 2014, p. 60.

(5) 岩手県立図書館. “震災からの再生を目指して-岩手県における図書館の被災と復旧・復興支援”.
http://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/preservation/pdf/forum22_text6.pdf, (参照 2015-12-29).

(6) saveMLAK. “本を送りません宣言”.
http://savemlak.jp/wiki/%E6%9C%AC%E3%82%92%E9%80%81%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%9B%E3%82%93%E5%AE%A3%E8%A8%80, (参照 2015-01-29).

(7) 復興庁. “復興の現状と課題”.
http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat1/sub-cat1-1/150911_gennjyoutokadai.pdf, (参照 2015-12-29).

(8) 復興庁. “福島の復興に向けた取組”.
http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat1/sub-cat1-1/20150707_jikankouenshiryo_douyuukai.pdf, (参照 2015-12-29).

 

[受理:2016-02-22]

 


鎌倉幸子. 東日本大震災の被災地における移動図書館の役割. カレントアウェアネス. 2016, (327), CA1866, p. 5-8.
http://current.ndl.go.jp/ca1866
DOI:
http://doi.org/10.11501/9917288

Kamakura Sachiko
Roles of the Mobile Library in the Disaster Stricken Areas after the Great East Japan Earthquake