CA1841 – 読書通帳の静かなブーム / 和知 剛

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カレントアウェアネス
No.323 2015年3月20日

 

CA1841

 

読書通帳の静かなブーム

 

郡山女子大学図書館:和知剛(わち つよし)

 

はじめに

 ここ数年、公共図書館で「読書通帳」(1)が静かなブームになっている。どこかで導入するたびに、全国紙の地域面や地方紙などの報道に取り上げられている。しかし、図書館業界の外における注目度に比べて、図書館業界ではカレントアウェアネス・ポータル(2)以外の主要な媒体において、読書通帳単独では記事として取り上げられてこなかった(3)。それ故、「静かなブーム」と筆者は受け止めている。

 確認できた報道および読書通帳を導入している図書館をまとめているウェブページ(4)によれば、公共図書館では2003年に導入した南丹市立図書館(旧園部町立園部中央図書館、京都府南丹市)を嚆矢とする。その後、読書通帳は公共図書館において導入が進んでいる。本稿では読書通帳について、筆者が行った取材に基づき公共図書館における導入事例を報告するとともに、考察を加える。

 

読書通帳とは

 管見の限りでは、読書通帳には記録の方法が異なる、次の3つのタイプが存在する。

 1)自書タイプ:利用者が自分で貸出記録を読書通帳に書き込む
 2)お薬手帳タイプ:貸出記録が印字されたシールを読書通帳に貼り付ける
 3)預金通帳タイプ:専用の機械で貸出記録を読書通帳に印字する

 3つのタイプに共通しているのは、次の2点である。

 1)図書館が専用の読書通帳を希望する利用者に配布している
 2)図書館ではなく、利用者が貸出記録を読書通帳に記録する

 読書通帳に記録するのは主に書誌事項だが、中には貸し出した書籍の金額を読書通帳に記録できることを、利用者にアピールしている公共図書館もある(5)

 よって読書通帳は、利用者自身による、貸出記録の管理と活用を図るためのツールである、と言うことができる。

 

導入館への取材

 本稿を執筆するにあたり、報道以外の情報が乏しいため、読書通帳を導入した公共図書館に詳細を取材できればと考え、自書タイプを導入した小山市立中央図書館(栃木県小山市、以下図書館を指すときは「小山」、自治体を指すときは「小山市」とする)(6)、お薬手帳タイプを導入した岩沼市民図書館(宮城県岩沼市、以下図書館を指すときは「岩沼」、自治体を指すときは「岩沼市」とする)(7)を、2014年9月および10月にそれぞれ現地に赴いて取材した。また、本稿執筆時には訪問調査が困難であった預金通帳タイプについては、読書通帳機の納入実績がある株式会社内田洋行(8)の営業担当者にお話を伺った。以下本稿では、小山と岩沼への取材で得た成果に基づき、読書通帳の導入とその利用について報告する。

 

導入の経緯

 小山では2014年2月の小山市議会にて市会議員から、読書通帳の導入について質問があったことがきっかけになっている。2月の質問を受け、4月23日の「子ども読書の日」に併せて導入した。栃木県内では初めての自書タイプになる(9)。通帳は小山ロータリークラブから寄贈されたものを使用している。

 岩沼では図書館の移転新築にあわせた新たな図書館システムの調達にあたって、プロポーザル方式を採用した。その際、図書館システムを納品する企業の提案の中に読書通帳の企画があり、新館の開館時に導入したとのことである。岩沼が日本で最初のお薬手帳タイプの導入館となる(10)。こちらの読書通帳は、地元の印刷所に図書館が発注したものを使用している(11)

 自書タイプは、読書通帳の印刷が間に合えばすみやかに導入できるものであり(小山では2月の質問を受け4月23日より導入している)、お薬手帳タイプは図書館システムの更新等に合わせて導入すれば、あとから読書通帳のシステムを単独で導入するよりも、比較的容易に導入できるものであると考えられる。

 

対象とする年齢層

 小山市、岩沼市ともに「子ども読書活動推進計画」(12)を策定している。読書通帳の導入はこの計画の精神に合致したものであると筆者には考えられた。特に小山では、2014年4月23日の「子ども読書の日」に合わせて運用を開始するとともに、市内の小中学校を通じて小中学生に読書通帳を配布している(13)。「こころにちょきん」というキャッチフレーズを採用したこととあわせて、報道を読んだ限りでは、読書通帳が対象とする年齢層は児童生徒ではないか、との印象があった。

 しかし取材にて伺った話では、小山、岩沼ともに、読書通帳は必ずしも児童生徒の読書振興を図ることのみが目的ではなく、すべての年齢層を対象に配布しているという回答であった。以前より、利用者から貸出記録を記録するための何らかの手段がほしいという要望が、図書館に寄せられていたという。なるほど、と思った次第である。

 

様々な工夫

 小山では読書通帳を配布している旨、館内にポスターを張り出してPRしている。通帳への記帳(通帳1冊につき貸出記録を100冊分記録できる)が1冊終わるごとに、最終ページに記念スタンプを押印しているが、取材した2014年9月時点で記念スタンプに到達したのは6名とのことである。小山では、親が子供の読書記録(あるいは読み聞かせの記録)を作成することによる記念品的な効果、あるいは家庭内での読書を通じたコミュニケーションのツールとして活用してほしい、という図書館側の思いがあると取材で伺った。

 岩沼では読書通帳を特別にPRしてはいないが、シールを印字するシステムは操作が簡単で、すみやかに印字できるため、子供がよろこんで操作しているという。貸出記録を印刷し読書通帳に貼るシールは、薬局で使用されている「お薬手帳」と同じ材質のものを使用している。レシートと同じ材質では、長期間保存している間に色落ちして、印刷面が読めなくなり記録としての用を成さなくなるおそれがあるから、とのことである。

 

導入の効果

 読書通帳を導入した公共図書館では、八尾市立図書館(大阪府八尾市)のように、読書通帳の導入により図書館の利用に大きな変化が見られるという報道もある(14)。そこで、読書通帳を導入したことにより図書館の利用に何か変化があるか、と取材の際に質問した。小山も岩沼も読書通帳の導入が、目に見えるような形で図書館の利用の増加につながったわけではないとのことである。

 『日本の図書館:名簿と統計』2013(15)によれば、小山は人口15万人以上の市立図書館のうち、関東地方では貸出数が4位であり、岩沼は人口4万人以上の市立図書館のうち、東北地方では貸出数が1位であることから、小山市も岩沼市も以前からその活動によって公共図書館が広く住民に親しまれてきた自治体であり、読書通帳の導入をきっかけとした、顕著な利用の増加が認められることはなかった、ということではないかと考えられる。

 

読書通帳と「図書館の自由に関する宣言」

 これまで図書館では「思想信条の自由」にも配慮して、ニューアーク式からブラウン式・逆ブラウン式、そして図書館システムによる貸出方式を採用してきた。これは「貸出履歴を残さない」アーキテクチャを一貫して追求してきたと言える。図書館側が「貸出履歴を残さない」こと、また貸出履歴をデータ化して第三者に提供しないことについては、社会のコンセンサスが得られているものと筆者は理解している(16)

 ところで、以前より図書館業界では貸出履歴の利活用について、「図書館の自由に関する宣言」(17)に抵触し、日本国憲法が保障する「思想信条の自由」を侵害するものだとして否定的な声がある(18)。読書通帳を図書館が利用者に提供することは、貸出履歴の利活用を否定する論者が主張するのと同様に、「図書館の自由に関する宣言」に抵触し、利用者の「思想信条の自由」を脅かすことにつながるだろうか。

 このことを図書館の現場ではどのように考えているのか確認するため、どのような認識であるのか取材時に質問した。小山、岩沼ともに、読書通帳は基本的に利用者の自己管理用のツールという認識であり、その利用は利用者の自己管理に委ねられているので、「図書館の自由に関する宣言」には抵触しないと認識しているとの回答であった。本稿で取り上げた読書通帳は、希望する利用者が自らの貸出記録を通帳に記録していくものであり、この認識は概ね妥当なものであると筆者は考える。

 

おわりに

 本稿の冒頭にて、報道が読書通帳をたびたび取り上げていることに触れた。読書通帳に社会的な関心が寄せられていることからも、読書記録を「記録すること」「残すこと」について興味・関心を持っている人びとが、この社会に存在することは明らかであろう。

 数年前にICT業界で「ライフログ」(19)が脚光を浴びたことがある。読書通帳を「ライフログ」作成のための手段として捉えることも可能であろう。図書館が、希望する利用者に読書記録を作成できるように環境を整えることによって、図書館サービスの中で今後、読書通帳が定番のひとつとなる可能性があるのではないだろうか(20)

 読書通帳はいずれのタイプにおいても、利用者自身による貸出記録の管理と活用を図るツールである。読書通帳が静かに広まっていくことは、利用者のプライバシーを利用者自身がどのように活用したいのか、という利用者の「自己決定権」、貸出記録を個々人がコントロールできる範疇で活用したいことの現れ、と受け止める必要があると筆者は考える。

 

 最後になるが、取材に応じていただいた小山市立中央図書館、岩沼市民図書館、株式会社内田洋行の関係者のみなさま、本稿執筆に協力していただいた多くの友人に御礼申し上げる。

 

(1) 「読書通帳」「読書手帳」「読書ちょきん通帳」など様々な名称が用いられているが、本稿では「読書通帳」に統一する。

(2) カレントアウェアネス・ポータルでは2014年12月18日現在、読書通帳を取り上げた記事として以下の記事が参照できる。
 1)図書館で借りた本の書名を記録していく「読書通帳」 (2011年7月11日掲載)
http://current.ndl.go.jp/node/18658, (参照 2015-01-19).
 2)静岡県島田市立島田図書館が「読書通帳」導入、公共図書館として全国4例目 (2012年9月7日掲載)
http://current.ndl.go.jp/node/21780, (参照 2015-01-19).
 3)読書履歴を残す「うちどく10通帳」 可児市立図書館で無料配布 こどもの読書週間で (2013年4月25日掲載)
http://current.ndl.go.jp/node/23413, (参照 2015-01-19).
 4)岐阜県海津市の図書館が「読書通帳」導入、全国6例目(2014年4月3日掲載)
http://current.ndl.go.jp/node/25843, (参照 2015-01-19).

(3) 2014年12月18日現在、CiNii Articlesで「読書通帳」「読書手帳」を検索しても文献がヒットしない。
なお、カレントアウェアネス編集事務局から、以下の雑誌記事で読書通帳について記載がある、との指摘があったが、この文献は公共図書館の数あるサービスを説明する中で読書通帳にも触れたものであり、筆者がここで指摘する、これまでカレントアウェアネス以外の主要な媒体では読書通帳のみを単独で取り上げた文献が存在しない、という筆者の認識に変更はない。
大西敏之. 特集, 図書館のPR作戦: 南丹市立図書館のブランディング戦略について. みんなの図書館. 2013, (440), p. 14-22.

(4) 本を借りて「貯金」しよう 借りた本の価格に応じ通帳記入 子らの利用増狙う 園部中央図書館. 京都新聞. 2003-10-17.
リブヨ. “「読書手帳」実施の図書館”. 2014-12-07.
http://libyo.web.fc2.com/dokusyotetyo.html, (参照 2015-01-19).

(5) 注(4)で取り上げた南丹市立図書館の読書通帳も本代の記録ができる読書通帳だが、最近のものとして次の記事を挙げておく。
岐阜)本読むきっかけに「読書通帳発行」 海津市図書館. 朝日新聞デジタル. 2014-04-07.
http://www.asahi.com/articles/ASG434WF0G43OHGB00H.html, (参照 2015-01-19).

(6) 小山市立中央図書館.
http://library.city.oyama.tochigi.jp/, (参照 2015-01-19).
小山市は栃木県の南部に位置する人口約16万人の自治体。中央図書館は1993年4月に移転開館した。蔵書冊数は約38万冊。
読書通帳は2014年4月より導入。

(7) 岩沼市民図書館.
http://www.iwanumashilib.jp/, (参照 2015-01-19).
岩沼市は宮城県の南部に位置する人口約4万4千人の自治体。市民図書館は2011年5月に移転開館した。蔵書冊数は約14万冊。
読書通帳は2011年5月より導入。

(8) “読書通帳機で図書館利用を活性化 ― 製品・サービス:IT図書館システム「ULiUS(ユリウス)」”. 内田洋行.
http://www.uchida.co.jp/ulius/service/readbook.html, (参照 2015-01-19).

(9) 「心に貯金」読書通帳を作製 全小中学校に配布 小山. 下野新聞「SOON」. 2014-04-23.
http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/top/news/20140423/1572289, (参照 2015-01-19).

(10) 「広報いわぬま」平成24年5月号.
http://www.city.iwanuma.miyagi.jp/kakuka/010600/010603/documents/iwa12.5.p20.pdf, (参照 2015-01-19).

(11) 本文には記載しなかったが、読書通帳に関わるランニングコスト(印刷費など)は小山、岩沼とも取材の中で話題に上った。今後、他の図書館でもサービスの継続を検討する上で問題点として浮上することがあると考えられる。

(12) “小山市子ども読書推進計画(第二期)”. 小山市ホームページ. 2012-02-16.
https://www.city.oyama.tochigi.jp/kyoikuiinkai/shougaigakusyu/kodomonodokusho.html, (参照 2015-01-19).
“岩沼市子ども読書活動推進計画”. 岩沼市.
http://www.city.iwanuma.miyagi.jp/kakuka/050300/050301/kodomodokusho.html, (参照 2015-01-19).

(13) 「心に貯金」読書通帳を作製 全小中学校に配布 小山. 下野新聞「SOON」. 2014-04-23.
http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/top/news/20140423/1572289, (参照 2015-01-19).

(14) 夏休みの子供、続々と図書館に… 人気の秘密は読書履歴を記入する「読書通帳機」、〝満期〟にプレゼントも 子供には達成感、図書館は貸出冊数の急増効果. 産経WEST. 2014-08-12.
http://www.sankei.com/west/news/140812/wst1408120030-n1.html, (参照 2015-01-19).

(15) 日本図書館協会図書館調査事業委員会編. 日本の図書館: 統計と名簿. 2013, 日本図書館協会, 2014.1, 512p.

(16) コンセンサスを得られていると考えられる例として次の文献を挙げておく。
総務省. 「パーソナルデータの利用・流通に関する研究会」報告書. 総務省, 2013, p. 25.
http://www.soumu.go.jp/main_content/000231357.pdf, (参照 2015-01-19).
以下に当該箇所を引用する。
「また、継続的に収集される購買・貸出履歴、視聴履歴、位置情報等については、仮に氏名等の他の実質的個人識別性の要件を満たす情報と連結しない形で取得・利用される場合であったとしても、特定の個人を識別することができるようになる蓋然性が高く、プライバシーの保護という基本理念を踏まえて判断すると、実質的個人識別性の要件を満たし、保護されるパーソナルデータの範囲に含まれると考えられる。」

(17) 図書館の自由に関する宣言.
http://www.jla.or.jp/library/gudeline/tabid/232/Default.aspx, (参照 2015-01-19).

(18) 例として次の論文を挙げる
 1)田中敦司. 図書館は利用者の秘密を守る-カウンターで感じた素朴な疑問から (特集:図書館の自由,いまとこれから-新たな図問研自由委員会のスタートにあたって). みんなの図書館. 2008, 370, p. 21-26.
 2)山口真也. 個人情報保護制度における「貸出記録」の位置付け-タイトル情報と思想信条との関係を中心に. 図書館学. 2009, 95, p. 18-29

(19) 「ライフログ」については以下の文献。
 1)特集, 「日経コンピュータ」700号記念特集 創る:信頼できる社会を求めて: 無限革新, テクノロジは人間中心に変わる. 日経コンピュータ. 2008, (700), p. 172-177.
 2)安岡寛道編. ビッグデータ時代のライフログ: ICT社会の“人の記憶”. 東洋経済新報社, 2012, 229p.

(20) なお読書記録の記録方法として、この数年で普及したウェブサービスに書籍の購入や読了を記録する、いわゆる「読書管理ツール」がある。現在、かなりの数の人びとが「読書管理ツール」を利用して、ウェブ上にて他者に自ら読書記録を公開している。代表的なものを以下に挙げる。
 1)ブクログ – web本棚サービス.
 http://booklog.jp/.
 2)読書メーター – あなたの読書量をグラフで記録・管理.
 http://bookmeter.com/.
 3)メディアマーカー.
 http://mediamarker.net/.

 

[受理:2015-02-08]

 


和知剛. 読書通帳の静かなブーム. カレントアウェアネス. 2015, (323), CA1841, p. 5-7.
http://current.ndl.go.jp/ca1841
Wachi Tsuyoshi.
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