CA1808 – 動向レビュー:米国公共図書館における選書(資料選択)方針の現在 / 井上靖代

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カレントアウェアネス
No.318 2013年12月20日

 

CA1808

動向レビュー

 

米国公共図書館における選書(資料選択)方針の現在

 

獨協大学:井上靖代(いのうえやすよ)

 

 選書方針あるいは資料選択方針(Selection Policy)は資料構築方針(Collection Management Policy)の一部である。ここ数年の電子書籍(e-book)や電子資料源(e-resources)、電子コンテンツ(e-contents)といった「新しい」資料源の登場により、米国の公共図書館では選書(資料選択)方針が変化してきたのではないかと考えられるかもしれない。答えはイエスであり、ノーである。資料種別面からの変化はあっても、基本的な選書方針は変わっていない。写真、映画、ラジオやレコードといった視聴覚資料が登場した時代にも選書方針は変わったとはいいがたい。資料種別ではなく、現代的要因で選書方針に加えて配慮すべき項目は多様化している。米国の公共図書館の資料選択の基本は「コミュニティのニーズにあうもの」を提供する、にある。では、現代的要因とは何か。

 

1. 歴史的概観

 その現代的要因を述べる前に、図書館における過去の資料選択の経緯について簡単に述べておきたい。

 1908年にボストウィック(Arthur E. Bostwick)が米国図書館協会(ALA)会長就任時に“Librarian as Censor”(図書館員は検閲者であれ)と題する演説をおこなった(1)。これは図書館員が主体的に選書するべきであるという主張である。価値論と要求論といった学説的議論はともかく、ボストウィックが会長就任演説でわざわざ述べたのには理由がある。

 税金で設立・維持することを各自治体に義務付ける州図書館法が1895年以降続々と規定されていき、州民の税金を使っての図書館の図書をどう選ぶか図書館員の意識改革を求める動きがあった。さらに、州は図書館委員会(State Commission)をもうけ、州内の図書館政策、資料費資金援助、さらにはカリフォルニア州図書館法のように図書館員の資格認定まで規定するようになっていた。現場からは図書館員の職務規定についての議論がおこなわれるようになり、例えばボストン・アシーニアム司書のボルトン(Charles Knowls Bolton)は1909年に「Code of Ethics」(倫理規定(労務規定))(2)を公表し、そのなかで図書の購入についての項目をあげ、「個人的な嗜好や図書館員としての好みではなく、コミュニティのニーズを反映したものでなければならない。図書の選択は広範囲におこなわれるべきであり、慎重に助言する能力を発揮できるようにする」としている。さらに、1909年にALAはモデルとすべき州図書館法の雛形を公表している。ボストウィックの発言はこういった図書館と図書館をめぐる状況を背景としていたといえる。

 選書の考え方はどうあれ、この時代から、主体的に資料を吟味し選択するのが専門職としての図書館員の仕事としてみなされてきた。当時は図書館資料といえば図書であり、出版点数も少なく、図書館員が1冊ずつ吟味し選んでいたのだろうが、現在の出版状況ではそのような手法は物理的に破綻しているといっていいだろう。

 では、実際に、どのような実務プロセスを経て、図書館資料を選んでいるのだろうか。現在、図書館での資料構築のための実務プロセスは資料管理(collection management)と呼ばれている、それは情報管理(information management)あるいは情報資源管理(information resource management)、知識管理(knowledge management,content management)と表現は多様化している。

 

2. 選書方針から資料管理へ

 Evans(3)によれば、資料管理の実務プロセスは、(1)資料の識別 (2)選書(あるいは資料選択) (3)受入(4)組織化 (5)装備 (6)保存蓄積(配架や電子上での蓄積等) (7)演出(推薦リストなどの加工)(8)利用 (9)普及というサイクルになっている。各図書館では、このプロセスそれぞれの段階で明文化された図書館資料構築方針(4)を形成・公表するべきであるとされている。そのモデルとするために、ALAは1974年、1979年、1989年、1996年と図書館資料構築方針の雛形(5)を公表してきており、図書館現場では参考にされてきた。しかし、近年では作成・公表されていない。

 資料構築方針を作成するためには、その準備として以下の状況を調査・把握しておく必要がある。すなわち、(1)コミュニティ(利用対象者集団)の把握・評価 (2)社会環境(法・財政・知的自由/倫理など)の把握 (3)資料の変化 (4)ALAあるいはPLA(公共図書館部会)のサービス基準、などである。これらが前述した配慮すべき現代的な要因として含まれている。

 (1)と(3)に関していうと、移民の国である米国では地域差が大きい。コミュニティによっては英語以外の言語資料の所蔵割合を住民のデモグラフィック・データを参考にして決めていく必要がある。さらに、「障害者法」(Americans with Disabilities Act)などによる心身障害やADHD(注意欠陥・多動性障害)等の資料情報提供やLGBT(lesbian, gay, bisexual, transgender)についても配慮するべきとしている。

 (2)に関しては、法律面では愛国者法(PATRIOT ACT)や著作権法の影響を考慮しなくてはならない。リーマン・ショック後の不況の影響を受け、財政面でもまだ米国の公共図書館は厳しい状況にある。資料費や利用者開放PC端末の入替を停止あるいは延長せざるをえない図書館が60%あるという(6)

 

3. 選書方針の具体例

 ボストンの郊外にアンドーバーという自治体がある。高学歴富裕層の多い地域なので、米国の郊外都市として一般的ではないかもしれないが、選書方針としてあげている項目は公共図書館(7)としては雛形どおりと言っていいだろう。項目ごとに細かく具体的に作成しており、ALAが期待する資料構築方針としての典型的な例である。

 資料構築方針(8)のなかに、選書方針と資料ごとの選択基準が明文化されている。具体的には資料構築方針の内容として、選書担当者名が明記され、選書ツールのリスト、選書基準、寄付、定期購入、入替資料、利用者からの要望、リザーブ、ILL、学校カリキュラムに関連する資料の扱い、複本、ベストセラー本の要望、ブラウジング資料、地域資料、保存についてそれぞれ方針を明文化し、さらに利用者による資料についての要望書や疑義申し立て書の様式の雛形がつけてある。

 選択基準は細分化され、デューイ十進分類法にもとづいて資料分野ごとに選択基準が示されている。視聴覚資料も資料種別ごとに選択基準が決められている。子ども向けやYA向け資料の選択基準以外に、外国語(この図書館では住民割合の多い中国語とロシア語)や新移民の英語学習資料といった資料の選択基準がある。

 選書方針(9)そのものでは、方針と目標、選択のプロセス、選択基準、ヤングアダルト向け資料と子ども向け資料方針、そして「図書館の権利宣言」(Bill of Right)がつけられている。

 利用者が資料に不服がある場合の疑義申し立ての書式や図書館側の対応、図書館利用者の利用記録保護についての項目が、図書館運営方針や経営方針といったもののなかに含まれるのではなく、資料構築方針、特に資料選書方針の中に記載されている。これは、利用者の「読む自由・読む秘密」を守り、利用者が疑義申し立てによって資料選択に積極的に参加することで、図書館の資料が選択され、構築されていくことを認める図書館の姿勢を表しており、同時に、これらの項目が、資料選択方針を考える際の現代的要因であることを示している。選書方針の最後には、この図書館での資料収集は、最新で正確な情報をアンドーバーの地域住民に提供することであると明記していることで理解できよう。

 

4. 具体的な資料選定プロセスと現状での議論点

 このアンドーバーの図書館で明記されているように、米国の公共図書館では多様な選書ツールを利用して選択している。もっとも多く利用されているのはBooklist、Publishers Weekly、Choice、Library Journal、 School Library Journal、Kirkus Review、Horn Book Guideといった書評誌である。出版社の目録を使うのも日本と同じである。異なるのは、出版前に専門の書評者がかなり具体的な内容を書いているツールから選ぶのであって、「見計らい」がない点である。

 現物を見て選ぶにはALA年次大会や各種図書館関係の会議に参加することである。これらの会議では、出版社や取次会社等がプロモーションとして市販される前の書評用の図書や、時には市販図書等を無料配布しており、現物を見て確かめられるからである。また、ブースでは営業担当者に詳しく話も聞けるし、作家をつれてくる場合もあり直接質問ができる。書店も同じプロセスで選んでいるので、書店とほぼ同時に配本される。

 電子書籍の場合、このプロセスを踏むことができず、電子書籍をタイトルごとに評価し、選択できない。そこで図書館員側が大きな不満をもつことになる。これが電子書籍をめぐる議論のひとつになっている。例えばニューヨーク・タイムズ紙でのベストセラー・リストは、図書館も個人も選択の指標にしている。取次はこのリストにあがっている本で電子書籍になっているものをセットにして販売している。電子書籍のセット売りという販売戦略である。ただ、これでは図書館員が主体的に選択をしているわけではなく、業者の言いなりといった状況ではないかという不満につながっていく。また、HarperCollins社は26回貸出すると新しく買いなおすことを図書館に求めているが(10)、なぜ26回なのかという根拠となる基礎的なデータが存在していないため、出版社の販売戦略のみであることも図書館員側の怒りを高めている(11)。図書館と対抗するだけでは販売戦略として不利とみたのか、Hachette社は販売している電子書籍すべての目録を図書館に送付すると公表(12)している。それぞれの電子書籍の梗概が付加された電子書籍目録があれば、図書館員が個別に電子書籍を図書館資料として選択の是非を検討できる可能性があり、反発は和らぐかもしれないと期待しているのだろう。

 

5. 変わる資料・変わらない選書方針

 資料選択方針を含む資料構築方針の原則は変化していないが、現代的な外的要因によって考慮すべき点が生じている。資料種別の変化とその入手経路の多様化、利用者とその地域社会の変化、さらに地域社会をとりまく法律・財政的変化、などである。

 そして、これらの変化する現代的な外的要因に対して図書館が守るべき使命、すなわち人々が求める資料を選択し提供するという伝統的な図書館としての意識がある。さらに、人々の読む自由を守るため、利用者の秘密を守るという新しい使命を、資料構築方針や資料選択方針に加えているというのが、現在の米国の公共図書館の考え方なのである。

 公共図書館では、資料構築方針全体として資料の変化にともなって、図書以外の資料についての資料構築方針を追加していくという変化はある。だが、利用者の要望にそって選んでいく、という選書の基本方針は変わっていない。これからどのような新しい資料メディアが登場してこようと、米国の公共図書館員たちは人々の求めに応じて、資料を提供するために選書あるいは資料を選択していくだろう。

 

(1) Bostwick, Arthur E.. Address of the President: the Librarian as Censor. Bulletin of the American Library Association. 1908, 2(5), p. 113-121.

(2) Bolton, Charles Knowles. The Librarian’s Canons of Ethics. Public Libraries. 1909, 14(6), p. 203-205.

(3) Evans, G.Edward et al.. Collection Management Basics. 6th ed., Santa Barbara. CA., Libraries Unlimited, 2012. p. 21.
ライブラリースクールでの資料管理(図書館資料論にあたる)のテキストとしてよく使われているなかで最も新しい版である。資料選択の実務プロセスとして、(1)identification (2)selection (3)acquisition (4)organization (5)preparation (6)storage (7)interpretation (8)utilization (9)disseminationをあげている。

(4) “collection development policies”. AcqWeb.
http://www.acqweb.org/cdv_policy, (accessed 2013.9.13) .
いくつかの図書館方針をあつめたリンク集。すべての図書館がWeb上に方針を公開しているわけではないが、公表するのは当然とされている。

(5) American Library Association, Resources and Technical Services Division, Resources Section, Collection Development Committee. Guidelines for the formulation of collection development policies. Library Resources & Technical Services. 1977, 21(1), p. 40-47.
Bryant, Bnita, eds. Guide For Written Collection Policy Statements. Chicago, ALA, 1989, 29p. (Collection management and development guides, No.3) .
Anderson, Joanne S., ed. Guide for written collection policy statements. 2nd ed., Chicago, ALA, 1996, 36p. (Collection management and development guides, no. 7). これ以降は改訂されていない。ALA以外からいくつか資料が出版されており、最新の出版物としては、以下がある。
Larson, Jeanette C. The Public Library Policy Writer: a guidebook with model policies on CD-ROM. New York, Neal-Shuman Pub., 2008. (CD-ROM).
図書館方針等のサンプル集がCD-ROMにおさめられていて、すぐに文章化できる雛形文書集となっている。

(6) “Public Library Funding & Technology Access Study 2011-2012”. ALA.
http://www.ala.org/research/plftas/2011_2012, (accessed 2013-09-13).

(7) Memorial Hall Library.
http://www.mhl.org/, (accessed 2013-09-13).

(8) “Collection Development Policy Manual.” Memorial Hall Library. 2012-10-01.
http://www.mhl.org/about/policies/cd/index.htm?section=5.3, (accessed 2013-09-13).

(9) “Collection Development Manual 2009 Circulating Collection Selection.”. Memorial Hall Library. 2012-10-01.
http://www.mhl.org/about/policies/cd/selection/policy.htm, (accessed 2013-09-13).

(10) Overdrive社を通じてHarperCollins社が図書館での貸出を26回に制限すると通達してきた。
“E-Book Blues”. American Libraries. 2011-03-04.
http://www.americanlibrariesmagazine.org/blog/e-book-blues, (accessed 2013-11-13).
“DBW Insights: Brian Murray, CEO of HarperCollins”. digital book world. 2011-08-03.
http://www.digitalbookworld.com/2011/dbw-insights-brian- murray-ceo-of-harpercollins/, (accessed 2013-11-13).
Overdrive社が図書館にあてておくった文書 (2011年2月24日付)
http://librarianbyday.net/localwp-content/uploads/2011/02/OverDrive-Library-Partner-Update-from-Steve-Potash-2-24-2011.pdf, (accessed 2013-09-13).
ほかに電子書籍貸出に関して図書館界と出版社側との議論についてはアメリカ図書館協会のサイトを参照のこと。American Library Association. Transforming Libraries. Ebooks & Digital content. http://www.ala.org/transforminglibraries/issues-where-start, (accessed 2013-11-13).

(11) “Resolution on Publishers and Practices Which Discriminate Against Library Users” New Jersey Library Association. 2012-01-17.
http://www.njla.org/content/resolution-publishers-and-practices-which-discriminate-against-library-users, (accessed 2013-09-13).
ニュージャージー州図書館協会が電子書籍を図書館になんらかの形で制限を設けている出版社群に対して、これは「図書館利用者に対する差別である」として公表した決議文。
さらに、高額な価格を要求してくる出版社もある。例えばMacmillan社などである。発端はカンザス州立図書館が電子書籍の利用ライセンス契約更新の際にOverdrive社が手数料を含めて700%増を通告されたことである。また個人購入価格に比べ、300%増なら図書館利用向け電子書籍を提供するとした出版社もあり、図書館界では反発を強めている。
“Threats to Digital Lending; Does the durability of ebooks pose a digital danger to libraries?”American Libraries. 2012-01-12.
http://americanlibrariesmagazine.org/features/01122012/threats-digital-lending, (accessed 2013-09-13).
さらに、2012年11月段階で、57ある州図書館協会などのうち52団体が連名で出版社に対して電子書籍の高額な図書館価格設定をやめるように決議表明 をしている。
“ALA Chapters Issue Joint Statement on E-Content Pricing” American Libraries. 2012-11-19.
http://americanlibrariesmagazine.org/inside-scoop/ala-chapters-issue-joint-statement-e-content-pricing, (accessed 2013-09-13).
詳しくは、井上靖代, アメリカの図書館は、いま。(69): 図書館での電子書籍貸出をめぐる議論(1). みんなの図書館. 2013, (433), p. 62-68.参照のこと。

(12) Hachette Offers Entire E-book Catalog To Libraries. Advanced Technology Libraries. 2013, 42(6), p. 1-12.

 

[受理:2013-11-13]

 


井上靖代. 米国公共図書館における選書(資料選択)方針の現在. カレントアウェアネス. 2013, (318), CA1808, p. 12-15.
http://current.ndl.go.jp/ca1808

Inoue Yasuyo.
Trend of Public Library Collection Policy in U.S.