CA1730 – JISCの3か年戦略2010-2012 / 呑海沙織

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カレントアウェアネス
No.306 2010年12月20日

 

CA1730

 

 

JISCの3か年戦略2010-2012

 

はじめに

 英国情報システム合同委員会(Joint Information Systems Committee:JISC)は、大学などの高等教育機関を中心とした学術情報基盤として1993年に設立された非営利組織である(CA1501参照)。情報通信技術を活用することによって、継続・高等教育機関における研究・教育・学習を促進することを目的とした組織であり、英国の学術情報政策を把握する上で、最も重要な組織のひとつであるといえる(CA1620参照)。JISCは毎年、活動報告書を発行するとともに、数年毎に戦略書を発表している。

 1995年、JISCは、向こう5年間の高等教育にかかわる情報通信技術の活用に関する課題や問題点を明らかにすることを目的に、討議資料『高等教育における情報システムの有効利用』(1)を発表し、広く意見を求めた。結果として、高等教育機関だけでなく出版社や関連団体から76のフィードバックを得、これらをベースに初の戦略書である『JISC5か年戦略1996-2001』(2)を発表した。

 2001年には『JISC5か年戦略2001-2005』(3)を発表したが、2002年には情報通信技術の急速な発展や、高等・継続教育や研究環境の変化を理由に戦略の軌道修正をはかる『JISC戦略レビューおよびプログレス・レポート』(4)を発行し、次の戦略書からは3か年戦略となっている。

 2004年には『JISC戦略2004-2006』(5)、2007年には『JISC戦略2007-2009』(6)、2009年には『JISC戦略2010-2012』(7)を発表している。この最新の戦略書においてJISCは、1) 経済環境の変化、2) 教育・研究環境の変化、3) 情報通信技術の変化、という3つの大きな変化を背景に、2010年からの3年間にどのように活動を推進していくかについて述べている。以下、この戦略書に基づいて、JISCの今後の方針をみていきたい。

 

経済環境の変化

 一つめの背景としての「経済環境の変化」については、まず、英国のみならず世界的な不況により、高等教育機関のコスト削減と効率性向上は根本的課題であると前提条件を提示している。この解決策のひとつとして、高等教育機関における経営情報システムの効率化および費用対効果の促進をあげ、2010年から2012年にかけてのJISCの最優先事項としている。経営情報システムの導入や維持は非常に経費のかかるものであり、この部分を効率化することで高等教育機関のコスト削減をはかろうとするものである。また、英国の経済回復は、より効果的な知識経済をいかに発展させるかにかかっているとされており、教育や研究の領域は重要な要素であるとみなされている。「情報通信技術の革新的利用によって教育・学習及び研究を支援し、卓越したリーダーシップを提供すること」をミッションとするJISCは、この文脈においても重要な位置をしめている。

 

教育・研究環境の変化

 二つめの「教育・研究環境の変化」については、(a) ボローニャ・プロセスなどを要因とした競争の激化、(b) 社会人学生やパートタイム学生、海外を含む遠隔地に居住する学生などの非伝統的学生への対応の増大、(c) 授業料の再検討など教育政策に基づく変化、(d) 教育の質保証の確実化など、「教育」をとりまく環境の変化と、(e) インターネットを用いた国際的な共同研究の可能性の増大、(f) 研究領域におけるグーグル世代の増加、といった「研究」をとりまく環境の変化をあげている。なお、ボローニャ・プロセスとは、1999年に欧州29か国による欧州高等教育圏の構築を目的として採択されたボローニャ宣言に基づく一連の高等教育改革の動きである。

 教育をとりまく環境の変化への対応については何よりもまず、eラーニング文化の涵養が必要であるとしている。いつでも学習コンテンツやリソースにアクセスできる、より機能的でパーソナライズされた学習環境の構築は、特に非伝統的学生が必要とするものである。また、学生に好まれているとされるiPhoneやBlackberryなどのモバイル・デバイスへの対応についても言及されている。モバイル・デバイスを活用した学習は、通勤時や通学時などの移動中の学習への対応という観点からもニーズが高い。

 研究をとりまく環境の変化への対応については、よりダイナミックで効果的な研究環境の構築が必要であるとしている。具体的には、共有を目的とした研究データの管理・保存、高品質の学術コンテンツの提供を目的とするJISC傘下の非営利団体であるJISC Collectionsのさらなる発展、学術ネットワークJANETに代表される共用サービスの継続をあげることができる。

 またJISCは、実務に携わる者から戦略的意思決定を行う者まで、情報通信技術の活用に関連するあらゆる教育・研究関係者の技術や能力の向上が必要であるとしている。高等教育機関における情報通信技術に関する助言提供サービスを統括するJISC傘下の非営利団体であるJISC Advanceは、これらの教育・研究関係者の効率的かつ高度な業務・研究の執行に対して直接的な支援を行うだけでなく、教育・研究関係者からのフィードバックを収集する役割をも果たしている。

 

情報通信技術の変化

 三つめの「情報通信技術の変化」については、ブログやYouTube、MySpaceなどのソーシャル・メディア、クラウド・コンピューティング、モバイル技術、グリーン・コンピューティング、アクセス管理について言及している。たとえば、インターネット経由でアプリケーションの機能を必要に応じてサービスとして利用するSaaS(Software as a Service)を活用することによって、より機能的なサービスを提供するだけでなく、高価なアプリケーション・ソフトウェアの維持管理に必要なコストを削減できる、とその期待を述べている。

 そして、これらの新しい技術の可能性を最大限に引き出し、これらがひきおこす社会的変革に迅速に対応することが、JISCの重要な任務であるとしている。JISCは、定常的なサービスを提供するだけでなく、あえて失敗を恐れず先導的・革新的なプロジェクトやプログラムを促進していくことをそのミッションとして掲げている。情報通信技術分野に関しては、特にこのミッションとなじむ分野であるといえるだろう。

 

おわりに

 以上、3つの背景を核にJISCの2010年の3か年戦略について述べたが、最後に、JISCの説明責任の強化について触れたい。

 JISCは、戦略に基づいたサービスやプログラム、プロジェクトに出資することによって、計画を実現する機関であるが、2010年の3か年戦略では、出資の対象分野と方法が詳細に記述されている。限られた予算のなかで、どのように優先順位をつけ、どのように出資を決めるのか、といった説明がなされている。

 また、VFM(Value for Money)も特徴的である。VFMは「投資に見合う価値」などと訳されるが、これまでと同水準のサービスをより低いコストで提供すること、あるいは、これまでと同じコストでより質の高いサービスを提供することを意味する。JISCでは、2006年に初めて『VFM報告書』(8)が発表されている。さらに、2009年には、JISC CollectionsおよびJISC Advanceが、それぞれVFM報告書(9) (10)を発表している。これらのVFM報告書は、JISCの活動から得られる経済的効果を数値化し、説明責任を果たそうとするものである。2010年の3か年戦略でも、この手法が採用された『高等・継続教育セクターにおけるJISCのインパクトの実証』(11)を紹介しており、JISC CollectionsとJISC Advanceに1ポンドずつ出資すると、それぞれ34ポンド、12ポンドの商業的価値のあるサービスを得ることができる、といった算出結果を提示している。

 以上、2010年から2012年までのJISCの3か年戦略について概観した。自ら「先導的」と名乗るJISCの学術情報政策について、今後も着目していきたい。

筑波大学:呑海沙織(どんかい さおり)

 

(1) Joint Information Systems Committee. Exploiting Information Systems in Higher Education. 1995, 53p.

(2) Joint Information Systems Committee. Five Year Strategy 1996 – 2001. 1996, 76p.
http://www.jisc.ac.uk/aboutus/strategy/strategy9601.aspx, (accessed 2010-11-09).

(3) “JISC Five Year Strategy 2001-05”. JISC.
http://www.jisc.ac.uk/aboutus/strategy/strategy0105.aspx, (accessed 2010-09-01).

(4) “JISC Strategy Review and Progress Report: 2002-03”. JISC.
http://www.jisc.ac.uk/aboutus/strategy/strategy0105/review.aspx, (accessed 2010-11-09).

(5) “JISC Strategy 2004-2006”. JISC.
http://www.jisc.ac.uk/media/documents/publications/strategy0406.pdf, (accessed 2010-09-01).

(6) “JISC Strategy 2007-2009”. JISC.
http://www.jisc.ac.uk/media/documents/aboutus/strategy/jisc_strategy_20072009.pdf, (accessed 2010-09-01).

(7) “JISC Strategy 2010-2012”. JISC.
http://www.jisc.ac.uk/media/documents/aboutus/strategy/strategy1012.pdf, (accessed 2010-09-01).

(8) “Joint Information Systems Committee (JISC) Value for Money Report”. JISC. 2006.
http://www.jisc.ac.uk/media/documents/aboutus/aboutjisc/vfm210906.pdf, (accessed 2010-11-09).

(9) JISC Collections. “JISC Collections Value for Money Report 2008/2009”. JISC.
http://www.jisc.ac.uk/media/documents/publications/general/2010/jisccollectionsvfm09.pdf, (accessed 2010-11-09).

(10) JISC Advance. “JISC Advance Value for Money Report 2008/2009”. JISC.
http://www.jisc.ac.uk/media/documents/publications/general/2010/jiscadvancevfm09.pdf, (accessed 2010-11-09).

(11) “Demonstrating JISC’s Impact on the Sector”. JISC.
http://www.jisc.ac.uk/media/documents/committees/jir/2/jir_09_16jiscimpactreportsep09annexa.pdf, (accessed 2010-11-09).

 


呑海沙織. JISCの3か年戦略2010-2012. カレントアウェアネス. 2010, (306), CA1730, p. 5-7.
http://current.ndl.go.jp/ca1730