CA1647 – 動向レビュー:時空間情報をキーとする文化資源アーカイブズの構想 / 久保正敏

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カレントアウェアネス
No.294 2007年12月20日

 

 

CA1647

動向レビュー

 

時空間情報をキーとする文化資源アーカイブズの構想

 

1. 民族誌から文化資源へ

 国立民族学博物館が集積してきた民族学・文化人類学に関わる様々な資料や情報−道具などモノ資料、フィールドノート、メモ、スケッチ、写真、映像、音声・音響記録、文書類などは、民族を記述したものという意味で、従来「民族誌」と呼ばれてきた。しかし、この表現が含意する「外部の視点による記述」の正当性を巡る様々な疑問が、ポスト構造主義の議論とともに1980年代から提起されるようになった:(a)外部研究者の記述は客観的と言えるか;(b)記述する側と記述される現地側との関係は対等か。前者は、政治・経済・文化的に支配的ではなかったか;(c)収集された情報や資料は、記述する側に占有され現地に還元されてきたか。現地から宗主国等への資料返還(repatriation)要求はその反映である。

 これらに答える一つの方向性は、「民族誌」から「文化資源」への言葉の転換であろう。この言葉に含意されている次の諸点が、上の疑問を乗り越える鍵と考えられるからである:(a)文化資源は基本的に現地の人々の所有物;(b)文化資源は、自文化だけでなく他文化を理解するための資源;(c)文化資源は人類共通の財産、人智の宝庫。

 もう一つは、記述する側、記述される側、記述を利用する側、三者による対等な議論の場、「フォーラム」を保証することだろう。展示の文脈で語られるこの考え(1)を文化資源アーカイブズの文脈にも適用し、資料や情報の収集から社会還元までの各段階で、現地の人々や利用者達と連携する場を設けることが望ましい。ウェブ2.0とも重なるこの考え方により、以下の恩恵が見込める:(a)研究者の占有から共有へという研究倫理の転換;(b)現地との共同作業や情報共有による情報精度の向上;(c)情報への現地還元による文化復興への寄与;(d)自然科学も含む異分野間の協業によるさらなる展開や発見。

 現在、上記の考えを踏まえながら、文化のダイナミズム解明を支援する仕組みを備えた文化資源アーカイブズのプロトタイプ構築に、一部着手している。以下、文化資源アーカイブズについて、筆者の構想を紹介したい。

 

2. 文化資源の定義

 2004年度から国立民族学博物館に設置された「文化資源研究センター」では、次の三つのカテゴリーを文化資源として捉えることとした。第一は、可視な、またはそれが容易な資源、第二は個人に身体化された資源、第三は制度化された資源である。もちろん、第二、第三の不可視な資源をアーカイブズ化するには、何らかの可視化操作が必要である。ユネスコでも、文化遺産を有形遺産と無形遺産に大別しており、図1に示すように可視、不可視な文化資源に対応する。

CA1647 図1. 文化資源がカバーする範囲とUNESCOでの文化遺産定義との対応
図1. 文化資源がカバーする範囲とUNESCOでの文化遺産定義との対応

 

3. 文化資源アーカイブズ:文化のダイナミズム解明を目指して

 文化事象の記録である文化資源の解析によって、文化事象を理解できるが、従来、社会学・政治学・地理学などマクロな解析と文化人類学のようなミクロな解析は、必ずしも相補的に行われてきた訳ではない。文化事象は、ミクロ−マクロ様々なレベルの事象が相互に関係し合うダイナミズムの中でこそ理解できる。ダイナミズムのベースとなるのが時空間情報であり、すべての文化資源は時空間情報を伴う事象として扱われるのが望ましい(2)

 自然科学分野でも、気象など環境モニタリング・データ、地層の解析から推定される地震、洪水、津波の災害記録、など、様々な時空間情報を伴った事象が存在する。これら数値を記録文書など非数値情報と突き合わせれば、生態学的分析や地域史と気候変動史との相関関係など、大きな枠組みの中で数値の意味を明らかにできよう。

 このように、人文科学的な文化資源情報と自然科学的な数値情報の両者を、時空間情報をベースとする事象として捉えてアーカイブズ化し、その解析ツールを整備すれば、事象間の関係性を発見し、地域や領域の動的な関係を総合的に理解できるだろう。

 例えば、筆者のフィールドであるオーストラリア・アボリジニの社会・文化を見ても、19世紀後半から対アボリジニ保護隔離政策が適用され始めた要因の一つには、雨量減少のため水場が減少した結果、白人入植者とアボリジニの接触と衝突の機会が増えたことがある。また同時期の本国英国での人道主義の流れや、当時脚光を浴びていた生物進化論が、保護隔離政策の一環として20世紀に入ってからの混血児引き離し政策につながった。このような、個々の事象が相互に関係し合うダイナミズムは、個別のコミュニティ調査だけでは捉え難く、それを取り巻く諸要素の系を通時的・共時的に分析して総合し、要素間の因果関係など、自明ではない種々の相関関係を発見しない限り、理解することが難しい。時空間情報を導入する目的はそこにある。

 

4. 文化資源アーカイブズに求められるもの

4.1 文化資源アーカイブズへの時空間軸とテーマ軸の導入

 時空間情報に加えて、例えば、環境破壊、農業、自然災害、など、その事象を説明あるいは関係する複数のテーマ・キーワードを付加すれば、テーマに基づく検索や解析も容易になるだろう。

 この考えに基づけば、文化資源アーカイブズに集積された事象やそれらの相関関係は、時間軸、空間軸、テーマ軸から成る3次元空間上で表現でき、時間軸・テーマ軸に沿ってそれらを射影すれば、年表のような表現が得られ、空間軸・テーマ軸に沿って射影すれば地理情報システム(GIS)のような表現が得られることになる。両表現を駆使すれば、事象間の相関関係の発見や理解が容易になる可能性がある。

CA1647 図2. 空間・時間・テーマの3軸の3次元空間における事象と事象間の相関関係
図2. 空間・時間・テーマの3軸の3次元空間における事象と事象間の相関関係

4.2 ミクロ−マクロ往還の仕組み:ズームイン・アウト機能の実現

 様々な視点から総合的に情報を把握・分析できる文化資源アーカイブズには、それに不案内な他分野の研究者にとってもアクセスしやすい仕組みが必要で、例えば、マクロな検索用語や時間・空間範囲からアーカイブズにアクセスし、その性格を学習しつつデータを発掘していければ、他のデータとの突き合わせにより新たな発見につながる。そのためには、時間軸、空間軸、テーマ軸の各々について、ミクロ−マクロの様々なレベルを往還しつつ検索や表示のできることが望ましい。

 具体的には、空間軸において、地図のズームイン、アウトに連動した様々なレベルの地名での表示や検索、時間軸でも、その伸張に連動した様々なレベルでの時間表現、暦法の相違を吸収できる表示や検索の仕組みである。そのためには、地名辞書や暦の変換辞書、また、テーマ軸については意味のシソーラスやオントロジー(CA1598参照)の整備が必要となる。意味のオントロジー整備は難しい作業だが、ある研究者が作成したオントロジーを他分野の研究者も共有・追加できる仕組みを導入し、相補的にオントロジーを構築していく方法も考えられる。

CA1647 図3. 時空間を統合した文化資源アーカイブズにおけるミクロ−マクロ往還
図3. 時空間を統合した文化資源アーカイブズにおけるミクロ−マクロ往還

4.3 フォーラム型のアーカイブズ整備

 オントロジーの構築だけでなく、様々な解析の結果も、共有のアーカイブズへ還元される仕組みが望ましい。すなわち、従来のような特定分野毎に縦割り的に行われてきた知識の共有ではなく、収集データや解析の結果得られた仮説などを共通の土台にアップロードし、これに基づいて参加する研究者たちによるさらなる知見や知識の蓄積のできる、いわば「共創」のフォーラムであり、これにより、異分野間での協業や発見が促進されよう。

4.4 事象間の相関関係の記述

 事象間に隠れた相関関係の発見が文化資源アーカイブズ形成の目的の一つならば、研究者たちが仮説として立てた相関関係を記述する仕組みを、アーカイブズの枠組みに導入できないだろうか。

 例えば、シソーラスの中で関係語(RT)として掲げられる、行為と道具、行為と結果、行為と受動者、起源、因果関係、事物・行為と対抗者、などの相関関係を属性として持つリンクを、事象(群)の間に設定し保存する仕組みである。他の研究者がこれを参照できれば、仮説の検証や、それを土台とした深化など、フォーラムとしてのアーカイブズの可能性が広がる。同様なアイデアは、例えば慶応義塾大学で開発された「歴象データモデル」でも実現されて歴史研究や教育へ応用されており(3)、文化のダイナミズム解明にも有効だと考えられる。

4.5 「サイクロニクル」のアイデアの導入

 乾期や雨期を持つモンスーン地域などの事象には季節性を反映したものが多く、周期性の観点からの解析が必要となる場面が多い。これは、一方向で形成された年表を「折り畳み」、周期的なカレンダーの集合として捉えることに相当する。図4のように、筆者はこの考え方を、周期性を持った年表という意味で「サイクロニクル(Cychronicle = Cyclic Chronicle)」と名付けている(4)

 周期の契機となる事象をアーカイブズから抽出し、これに基づき年表を折り畳んで、「漁撈暦」「農事暦」などを各周期毎に積み上げて比較することで、ある地域での長期の変化、あるいは地域間の差異、突発的事件の影響などを解析・発見することができるかも知れない。これを展開すれば、ある条件でアーカイブズを検索する中から、事象群の中に隠された周期性を発見できる可能性もある。こうした操作の可能な解析ツールが望まれる。

CA1647 図4. サイクロニクルのアイデア
図4. サイクロニクルのアイデア

 

5. 実現へ向けての取組み

 時空間情報に着目した検索・表示システムに関しては、人間文化研究機構の研究資源共有化システム事業(5)の中で、データベース横断検索ツールの一部としての時空間表示プラグインという形で開発が進行中である。また、筆者も参加する、京都大学東南アジア研究所・京都大学地域研究統合情報センターを核とする研究グループ(柴山守、原正一郎ほか)は、総合的なシステム開発に向けての検討と試行を進め、HuMap、T2Mapと名付けたツールの中で実現を図りつつある(6)(7)。HuMapは、カリフォルニア大Berkeley校のECAIプロジェクト(8)のTimeMap(9)を発展させたものである。

 図3で、HuMapは空間軸と時間軸に、T2Mapは時間軸とテーマ軸に、それぞれ特化したものである。我々の研究グループでは、表示と解析の両場面でHuMapとT2Mapが常に往還できるツール群の開発を狙っている。また、暦年変換表、地名辞書、など、時間・空間のミクロ−マクロ往還を支援するオントロジー整備も進めている。

 これらを組み込み様々な解析が可能な、文化資源アーカイブズのメタデータの構造についても検討を進めている。我々は、事象は全て開始時刻・終了時刻を持ったものとして扱う。しかし、歴史文書などでは、複数の事象が一件のデータとして記述されている例が多く、これを個々の事象に分割していくのか、または、開始時刻・終了時刻についてもそれぞれに属性を付与して別の取扱が可能な形式に整形するのか、などの問題が残されている。同様に、書誌的な情報やモノ資料情報を見ても、出版年月、再版年月、製作年月と使用年月、製作地と使用地、など、意味の異なる複数の時空間値が附属しており、それらを表現できるデータ構造の検討も必要である。

 こうした構造の設計には、研究のどの段階でアーカイブズを利用するかも関わる。元のアーカイブズ・データを検索・解析し、あらためて次の段階に進むのならば、メタデータには、自由な記述や属性の付与が可能な形式と、それらの変換ツール群が望まれるが、時空間値の持つ意味が既知な研究者にとっては、とりたててこれらが必要のない場面もあろう。

 以上のような様々な課題を含んではいるが、当初の構想をできるだけ実現できるようなモデル構造を提示し、ツール群を整備して行ければと考えている。

国立民族学博物館:久保正敏(くぼ まさとし)

 

(1) Masatoshi Kubo. “Sharing Cultural Resources among Museums, Visitors, and Site People: New Plan of Information System at the National Museum of Ethnology”. 行銷與科技:博物館資源共享的新策略:2004年博物館館長論壇:Marketing and Technology: The New Strategies for Museum Resource Sharing, Proceedings for Forum of Museum Directors, 2004. 台北, 2004-07-28/29, 國立歴史博物館. 2004, pp.61-80.

(2) 秋道智彌, 久保正敏, 田口理恵. “アジア・熱帯モンスーン地域における生態史のなかのモノと情報−:時空間軸をベースとするマルチメディア・生態史アーカイブズの構築を目指して”.アジア・熱帯モンスーン地域における地域生態史の統合的研究:1945-2005, 2003年度報告書. 総合地球環境学研究所, 2005, 総合地球環境学研究所研究 プロジェクト4-2, p.259-279.

(3) 慶應義塾大学FCRONOSプロジェクト室. “KEIO-GSEC Project on Frontier CRONOS: Research on Risk Communication and Management Based on Cronos Authoring Tool”. http://www.fcronos.gsec.keio.ac.jp/, (参照 2007-11-30).

(4) 久保正敏. “時空間統合アーカイブズ構築の構想−ミクロ−マクロ往還、Cychronicle”. 共同研究「文化情報資源の共有化システムに関する研究」研究成果報告書. 国文学研究資料館, 2007, p.51-54.

(5) 人間文化研究機構. “人間文化研究資源共有化事業”. http://www.nihu.jp/project/kyoyuka/index.html, (参照 2007-11-30).

(6) Hara, Shoihciro. “Overview of Geo-temporal systems for Area Informatics”. PNC2007 Abstract. Berkeley, California, 2007-10-18/20, Pacific Neighborhood Consortium. http://pnclink.org/pnc2007/pdf/20_0900_AreaInformaticI.pdf, (accessed 2007-11-30).

(7) 関野樹, 久保正敏. “T2Map:時間情報に特化した解析ツール”.デジタルアーカイブ − デジタルアーカイブと時空間の視点. 京都, 2007-12-13/14, 情報処理学会人文科学とコンピュータ研究会, 2007, p.183-188., (人文科学とコンピュータシンポジウム論文集, 2007).

(8) “Electronic Cultural Atlas Initiative”. http://www.ecai.org/, (accessed 2007-11-30).

(9) “TimeMap Open Source Consortium”. http://www.timemap.net/, (accessed 2007-11-30).

 

Ref.

久保正敏. “パネル討論, ディジタル・アーカイブの教育活用の現状と課題:文化資源アーカイブズの共同構築と共同利用”. [日本教育情報学会第21回]年会論文集. 彦根, 2005-08-20/21, 日本教育情報学会, 2005, p.xxii-xxiii.

久保正敏. “文化人類学研究成果としての文化資源−博物館資料の活用を目指して”. 日本文化人類学会第40回研究大会プログラム・研究発表要旨. 日本文化人類学会第40回研究大会準備委員会. 東京, 2006-06-03/04, 2006, p.68.

 


久保正敏. 時空間情報をキーとする文化資源アーカイブズの構想. カレントアウェアネス. (294), 2007, p.24-27.
http://current.ndl.go.jp/ca1647