CA1605 – オープンソースと統合図書館システム / 原田隆史

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カレントアウェアネス
No.289 2006年9月20日

 

CA1605

動向レビュー

 

オープンソースと統合図書館システム

 

 近年,社会の多くの分野でオープンソースソフトウェア(以下OSSと略す)の利用が急速に増大してきている。たとえばWebサーバ用ソフトウェアのApacheやDNS管理用ソフトウェアであるBindのように標準的なソフトウェアとなっているOSSも存在するようになってきた。OSSの利用は世界的な流れともなってきているといえよう。

 日本でも2003年8月に内閣IT戦略本部が発行した「e-Japan重点計画-2003」にOSSの推進が取り上げられており,以来「e-Japan重点計画-2004」「IT政策パッケージ2005」と一貫して,その推進が謳われてきた(1)。さらに2006年1月には,経済産業省の支援を受けて,独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)の中に「オープンソースソフトウェア・センター(OSSセンター)」が常設され,OSSの普及促進,基盤整備,情報の集約と発信が活発に行われるようになってきている(2)

 

1. OSS利用のメリット

 OSSとは,自由な利用,修正,複製,再配布などを認めた上で,プログラムの実行ファイルだけではなくソースコード(人間が読んで理解できるプログラム)も公開しているソフトウェアのことである。

 OSSのメリットを,システムを導入しようとする立場から考えた場合,主要な点として,安価であるという点とセキュリティ上の有利さがあげられることが多い。

 OSSは多くの場合,無償あるいは無償に近い形で提供されるものであるから,程度の差はあってもコスト面でのメリットがあることは確かである。その意味で,システムに高額の予算をかけられない場合にはOSSの採用は有効な選択肢のひとつとなるだろう。しかし,OSSの導入はコスト上のそれほど大きなメリットとはならないという意見も根強い。短期的には運用費用が増加する可能性もある。これは,システムを安定して運用するためには,単純なソフトウェアの購入価格だけではなく,導入に関わるサポート費用,保守費なども必要で,OSSではこれらの費用が大きくなる可能性があるためである。特に,その利用者が少なく開発コミュニティが十分に成熟していないOSSの場合や,OSSを用いてシステム導入を行おうとする担当者が十分な知識を持っていない場合にはこの傾向は顕著である。

 Linux Squareが行ったOSS導入のメリットおよびデメリットに関する調査でも,「導入コストは削減できたが,逆に情報収集などに負荷がかかり総合的に見ると商用ソフトとあまり大差がなかった」「運用に手間,コストがかかる」などの意見があげられている(3)

 また,セキュリティ面に関して,OSSはその内容を多くの人の「目」で検証できることから,脆弱性などの欠陥が発見されやすく,セキュリティ上有利であると言われることがある。これはソースコードが非公開であるソフトウェアと比較してある程度正しいが,透明性だけで欠陥が自動的に発見されるものではない(4)。すなわち,セキュリティ面での有利さはOSS導入の重要な要因ではあっても,必ずしも決定的な要因とは考えにくい。

 このように考えた場合,OSSの本質は,価格やセキュリティ面ではなく,システム決定時における選択肢の広がり,システム運用に関する自由度の高まり,さらに将来的な機能向上の方向性をOSSの利用者(たとえばOSSを導入した図書館などがこれにあたる)主導で決定することができるという点にあると考えることができるだろう。

 たとえば,ソフトウェアの導入に関してOSSを選択した場合,その設定やメンテナンスはソフトウェアの開発者が指定する企業に限定する必要はなく,利用者が自ら行うことも含めて,幅広い選択肢から選ぶことができる。特に,導入するOSSが汎用のものである場合や,OSS開発コミュニティが大きくなればなるほど選択肢は広がる。また,ソフトウェア運用に関する自由度について考えた場合,利用者のスキルが上がれば,さらに,類似の要求を持つ利用者が増えれば,利用者の要望に応じた機能の追加は容易になると考えられる。一方,特定のメーカーによって開発されたシステムを基盤として導入してしまう場合には,ある特定の企業の動きに左右されることになる。たとえば,自社のシステム計画とは無関係なバージョンアップ,ライセンスや保守料の値上げ,さらには開発元の都合でサポートが打ち切られてしまうリスクなどがこれにあたる。OSSの導入にももちろんリスクはあるが,このような外部要因に脆弱であるというリスクを減らすことができるというのは大きなメリットといえるだろう(5)

 

2. OSS開発の原動力

2.1. 政府,公的機関,国際機関によるOSSの推進

 政府や公的機関がOSSの育成をはかる理由としては,産業発展のために平等な競争を行う基盤の構築があげられる。科学技術が過去の資産の蓄積をもとにしていることを考えれば,時代の経過とともに基盤の蓄積を持たない企業の参入の可能性は低下する。そこで平等な競争を考える場合には,基盤技術への平等なアクセスが保証されていることが必要だという考え方である。特に特許をベースにしたハードウェアと比較して,著作権によってまもられるソフトウェアにおいては知識の共有が進まない傾向があることが指摘されており,OSSはそのためのひとつの方策であるとも考えられている(6)

 国際的な視点からOSSを活用することで地域格差を軽減しようという動きもある。国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)は,2003年10月の第32回総会において「多言語主義の促進及び使用並びにサイバースペースへの普遍的アクセスに関する勧告」を行い,デジタル・デバイドの解消のために情報へのユニバーサルなアクセス,言語の多様性をめぐる不平等な現状の改善とともに,オープンソース技術の促進をうたっている(7)。ユネスコは,これに対応して2004年8月にウェブベースのOSS図書館システムであるWeblisを無償で公開している(E250参照)。

2.2. 私企業および個人によるOSSの推進

 前章で述べたように,OSSの利用に関しては,コストの削減,特定の企業の製品に依存するリスクの軽減,障害解析の容易さなど,企業や個人がOSSを活用する理由は明白である。

 これに対して,私企業がOSSの開発にも参加する理由は,それほど明快ではない。ストールマン(Richard Stallman)は,ソフトウェア開発者の倫理観にその要因があるという指摘をしている(8)。しかし,ソフトウェア開発者の多くがソフトウェアは無償であるべきであるという考えを共有しているとは考えにくく,私企業がメリットなしにOSS開発に参入する状況はさらに可能性が低い。実際には,OSSの開発者自身にとっても何らかの実質的なメリットがあるからだと考えるのが妥当であろう。

 商用ソフトウェアでは,使用するためのライセンス販売(場合によっては保守費用も含む場合もある)によって開発コストを回収するビジネスモデルが一般的である。OSSの場合には,このようなライセンスモデルとは異なり間接的な利益をベースにした別のビジネスモデルが成立していると考えられる。

 比屋根一雄は,業務アプリケーションのOSS開発に関する間接的な利益として,以下の2つのモデルを指摘している(9)

  • 1) 知名度の向上と他社利用の促進

     特に知名度が低いベンチャー企業や中小企業などは,優れたソフトウェアを開発しても自社の知名度が低いために営業的に難しい。そこで,ソフトウェアをOSS化して知名度をあげ,他のITベンダにも利用してもらうことで事例を増やし,自社の受託開発の受注につなげようとするモデルである。日本においても多くの開発例があり,ネットワーク応用通信研究所の顧客情報管理システムSalesLabors(10)などがその例としてあげられる。

  • 2) ソースコードの共有による情報システム構築コストの削減

     主として情報システムのユーザ企業や公的機関がスポンサーとなって,OSSの業務アプリケーションを開発するモデルである。ユーザの目的は多様であるが,複数のユーザでソースコードを共有することで,システム開発コストを抑えることができることなどがあげられる。一方,開発を受託する企業にとっても,通常の受託開発とそれほど変わらないため,OSS開発であってもリスクを最低限に抑えることができる。

     日本での事例としては,日本医師会がスポンサーとなっている日医標準レセプトシステムORCA(11)がある。2006年7月時点で2600以上の医療機関に導入されている。また,総務省の共同アウトソーシング事業に基づく自治体の基幹システムのソースコード公開なども,この例としてあげることができるだろう。また有名なOSS図書館システムであるKoha(12)も,このケースのひとつとみなすことができる。

     さらに,上記モデル以外にもいくつかのモデルが考えられる。たとえば,OSSを販売経費相当の安い価格で発売し(または無償で配布する場合もある),利用時に必要となるサポート費用で開発コストの回収を行うとするモデルなどがこれにあたる。Redhat Linuxなどはその代表的なケースであり,業務用アプリケーションでもSugarCRM社のSugarCRM(13)などが,このようなモデルに基づいた戦略をとっているとみなすことができる。

 

3. 日本の図書館に対するOSSの導入

 海外における図書館へのOSS導入の動きは古くから活発に行われてきた。Library Journalでは1999年に図書館でのOSSの利用に関する特集を行っている(14)。また,図書館用OSSのポータルサイトとしても機能しているOSS4Libでは2006年7月現在で100を越える図書館用のOSSが紹介されている。その中には,統合図書館システムと呼ばれる図書館の業務全般を扱うシステムも数多く含まれている(15)

 一方,日本においては『カレントアウェアネス』においても二度にわたって図書館とオープンソースに関する記事が掲載され(CA1316, CA1529参照),また,今年にはいってもいくつかの啓蒙記事が発表されるなど(5)(16),関心をもたれている状況はある。しかし,OSS導入の本質的な議論はそれほど活発に行われていない。

 現在,日本における図書館システムはハウスキーピング機能の充実を競っていた黎明期に次ぐ,新しい変化の時代を迎えている。たとえば,公共図書館におけるビジネス支援や大学図書館における機関リポジトリ管理などの新しい役割を効果的に対応するための仕組みが新たに必要とされているのである。しかし,図書館システムを提供しているベンダーの動きはそれほど活発とはいえない(もちろん,内部的には活発な動きがあると思うが,表面的にはそれほど目立った動きは感じられない)。

 このような状況を打破するためにもOSSは一定の役割を果たすことができるかもしれない。すなわち,OSSプロジェクトが商用ソフトウェア・ベンダーにプレッシャーをかける材料になるという考えである(17)

 OSSによる図書館システムを考える議論の高まりが今こそ期待される。

 

4. OSS普及へのハードルと処方箋

 一般に,OSSの普及を阻害する要因としてあげられる問題として,OSSの開発者側,導入者側双方が持つ現状に対する不透明な執着マインドの存在がある。すなわち,従来から使用している業務用アプリケーション(一般にソースコードが非公開のソフトウェアであることが多い)から,あえてよく知らないOSSに変えることへの不安,余分な作業発生への抵抗感などである(4)。図書館システムにおいても,導入実績が少ないシステムを率先して導入することには抵抗が強いと考えられる。

 これらの抵抗を越えて図書館がOSSを導入する理由はあるのだろうか。その理由としてあげられるものとしてしては,コストの大幅な削減,機関リポジトリやレファレンスデータベース,OPAC2.0などの新しい機能への迅速な対応などが考えられる。

 特に新しい機能の追加については,図書館の都合だけではなく他の情報サービスとの関わりで大きく変化していくものである。従来のような図書館システムの定期的なリプレースにあわせたソフトウェアのバージョンアップでは対応が遅すぎたり,細かな対応をベンダーに求めているのでは予算が足りないなどの事態が考えられる。このような場合に,自分で(または同じOSSを導入している複数の図書館が協力して)システムの一部に手を加えることができるOSSは有効な解決策となりえる可能性を持っているといえるだろう。

 また,コストの削減については,OSS図書館システムのコミュニティがどの程度発達するかに依存する。もちろん,OSSを導入する図書館の数が増加し,また運用に関するノウハウが蓄積されてくれば,コストの大幅な削減も期待できるだろう。

 このような図書館に対するOSSの開発を成功させ,普及させるための重要な要因としては,ソフトウェア開発に関わる技術上の進展だけではなく,OSSを必要とする気運の熟成,活発なコミュニティを維持させようとする熱意,さらにそれらをまとめあげようとするリーダーの存在があげられる。

 このうち,技術的にはLAMP, LAPP(Linux, Apache, MySQLまたはPostgresSQL, PHP/Perlという高性能な各種OSSソフトウェアの頭文字)などといったオープンソース開発環境の充実で問題はなくなってきている。また,機運の熟成については図書館に求められる環境の変化が後押ししてくれる時代になってきている。あとは,どのようにして出発点となるシステムを開発し,多くの参加館が協力しあえる環境を構築できるかが成否の鍵を握っているといえるだろう。

 中でも特に重要な要因が,コミュニティと呼ばれるOSSをめぐる人々の集合の存在である。OSSは,その開発者と利用者が共にコミュニティを形成し,知識面でも費用面でも共同で開発を支えている。コミュニティにおけるOSS利用者から開発者に対しての評価や事例の報告,ノウハウのフィードバックといった,いわゆる「知の循環」こそがOSSの維持と発展の原動力であるといっても過言ではない。

 その意味で,OSS図書館システムという新しい選択肢が日本でも利用できるようになるかどうかは,図書館システムの開発者だけの問題ではなく,図書館員たち自身にかかっているとも言えるだろう。すなわち図書館員自身が図書館システムについて継続した意見の交換を行う人々が増えること。そして,場合によっては大学図書館や公共図書館といった枠組みを超えて,図書館界全体としてノウハウを積み重ねる体制が整えば,そこからOSS図書館システムの実現への道は近い。また,このような議論の広がりはOSS以外の商用図書館システムの発展にも寄与することとなろう。

 近年,いくつかの日本において使用できるOSS図書館システムを作成しようとする動きがみられるようになってきている。いずれの動きもまだ胎動の段階であるが,近い将来,小さな芽が大きな成果を生むこと期待したい。

慶應義塾大学:原田隆史(はらだ たかし)

 

(1) 内閣官房情報通信技術(IT)担当室. 高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IR戦略本部). (オンライン), 入手先 < http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/ >, (参照 2006-07-23).

(2) 独立行政法人 情報処理推進機構. オープンソースソフトウェア・センター(OSSセンター). (オンライン), 入手先< http://www.ipa.go.jp/software/open/ossc/index.html >,(参照 2006-07-20).

(3) 小柴豊. Linux Square 第12回読者調査結果発表 -オープンソース採用のメリット/デメリットとは?-.(オンライン), 入手先< http://www.atmarkit.co.jp/flinux/survey/survey12/linux12.html >, (参照 2006-06-28).

(4) 桑原洋. オープンソースソフトウェア(OSS)発展への期待. 情報処理. 47(4), 2006, 418-420.

(5) 原田隆史ほか. 図書館とオープンソース・ソフトウェア. 現代の図書館. 44(2), 2006, 68-75.

(6) 田代秀一. オープンソースソフトウェア・センターの設立. 情報処理. 47(5), 2006, 540-542.

(7) 国際連合教育科学文化機関(ユネスコ); 文部科学省による仮訳. 多言語主義の促進及び使用並びにサイバースペースへの普遍的アクセスに関する勧告(仮訳). (オンライン), 入手先< http://www.mext.go.jp/unesco/katudo/communication/cyberspace.pdf >, (参照 2006-07-18).

(8) Richard M. Stallman著, ロングテール, 長尾高弘訳. フリーソフトウェアと自由な社会 : Richard M.Stallmanエッセイ集. アスキー, 2003, 375p.

(9) 比屋根一雄. 企業が作るオープンソース. 情報処理.47(7), 2006, 786-788.

(10) 株式会社ネットワーク応用通信研究所. オープンソースCRMシステム SalesLabor. (オンライン), 入手先 < http://www.labor-project.com/sl/sl.html >, (参照 2006-08-24).

(11) 日本医師会. 日本医師会研究事業プロジェクト[ORCA Project]. (オンライン), 入手先 < http://orca.med.or.jp/ >, (参照 2006-04-30).

(12) The Koha Development Team & Katipo Communications Ltd. Koha – Open Source Integrated Library System. (online), available from < http://www.koha.org >, (参照 2006-08-24).

(13) SugarCRM. SugarCRM – Home. (online), availablefrom < http://www.sugarcrm.com/crm/ >, (参照 2006-08-20).

(14) Daniel Chudnov. Open Source Software: The Future of Library Systems?. Library Journal. 124(13), 1999, 40-43.

(15) The oss4lib Community. oss4lib – open source systems for libraries. (online), available from < http://www.oss4lib.org/ >, (参照 2006-06-10).

(16) 村上泰子; 北克一. オープンソースと図書館システム -導入への評価モデル. 図書館界. 58(2), 2006, 124-134.

(17) クリストファー・リンキスト. オープンソースの”正しい”使い方を探る. CIO Online. (オンライン), 入手先 < http://www.ciojp.com/contents/?id=00002468;t=44 >, (参照 2006-04-30).

 


原田隆史. オープンソースと統合図書館システム. カレントアウェアネス. (289), 2006, 15-18.
http://current.ndl.go.jp/ca1605