CA1538 – Ask a Librarian (UK)の概要と協同事業としての課題 / 依田紀久

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カレントアウェアネス
No.282 2004.12.20

 

CA1538

 

Ask a Librarian(UK)の概要と協同事業としての課題

 

1. はじめに

 現在,日本の公共図書館においても,メールやウェブフォームを中心とするデジタルレファレンスサービス(DRS)の提供が進んでおり,2004年9月時点で,実に7割以上の都道府県立図書館がそのウェブページ上にアクセスポイントを開設している(1)。しかし,DRSを提供することの社会的・歴史的意義や,提供によってもたらされる効果については,必ずしも大局的に捉えられてはいない。個々のサービスの品質や実質的規模も明らかではなく,また組織の枠組みを超えた協同型のDRSは実施されていない。

 このような現状認識を踏まえ,本稿では,英国公共図書館の協同DRSであるAsk a Librarian (UK)(2)について,その業務モデルと経緯を紹介するとともに,特に協同事業としての課題を紹介する。

 

2. 業務モデル

 Ask a Librarian (UK)の業務モデルは,協同型のDRSとして,シンプルで一般的なものである。質問は,ウェブフォームから受け付けられ,主題に関わらず当番の図書館に送付される。約80の参加館の規模は大小様々であるが,日替わりで順番に当番館となる。当番館は,基本的にすべての質問を自館の責任において処理する。しかし,蔵書の限界などの理由により回答が困難な場合には,参加館職員が参加しているディスカッション用のメーリングリストに質問を回送し,協力を仰ぐことができる。また,資料と専門性の範囲を広げるため,例えば国立電子健康図書館(NeLH;CA1536参照)のような他の館種の図書館とも協力提携している。質問応答のすべての交信記録は,アーカイブされ,事後の参照と,評価分析用に活用される。

 この業務モデルにより,24時間365日送付されてくる質問すべてに対し,48時間以内の応答を保証し,実際にはほとんどが12時間以内の応答を実現している。

 

3. 経緯

 Ask a Librarian(UK)は,1997年にEARL(Electronic Access to Resources in Libraries)コンソーシアム(3)のプロジェクトの1つとして立ち上げられた。

 1997年は英国の教育・文化政策において重要な年である。図書館を管轄する省庁は文化・メディア・スポーツ省へと改組され,図書館行政は,他の資料保存機関である文書館や博物館と同一の部門で扱われることとなった。7月には『学習社会における高等教育』(4),通称デアリング報告が発表され,その後の生涯学習社会創設を目指す政策の拠り所となった。また10月には図書館情報委員会により公共図書館の情報ネットワーク構想についての報告書『新しい図書館−市民のネットワーク』(5)が発表された。この後,本格的にネットワークインフラの整備,図書館の通信回線料の割引,図書館職員の情報技術活用のための再教育,資料の電子化促進など,一連の施策が実現することとなる。

 Ask a Librarian (UK)は,ほとんどの図書館員が個人用のメールアドレスを保有していない時代に,従来の紙メディアの情報源とウェブ情報資源の双方に通じた図書館員へのアクセス手段をウェブ上に提供することを目指して始められた先駆的な事業である。

 サービス開始当初は,急激な業務負担の増加を懸念し,利用促進等の広報活動には慎重であった。一方で,英国の公共図書館はこの時期に,上述の施策の下,信頼ある情報源を自らの手で構築し,またそれ以外の情報源に関する知見も蓄積し,職員の中に必要な理解とスキルを醸成していった。その結果,2年後の1999年には,Virtual Reference Deskにより優秀なDRSの実例として表彰された(6)。大学教授から児童生徒,ビジネスパーソンからアマチュア歴史研究家に至るまで,幅広い層から多くの利用を獲得し,昨今の検索エンジンの向上やGoogle Answers(E128参照)のような質問回答コミュニティーの拡大の中にあっても,図書館員による人的支援が市民の必要とする重要なサービスであることを示したのである。

 2001年にEARLが「市民のネットワーク」プロジェクトに道を譲る形で解散した後は,東部イングランド地域の図書館コンソーシアムであるCo-Eastが,博物館・図書館・文書館国家評議会のバックアップのもと,このサービスのホスティングと運営管理を行うこととなった。Co-Eastを構成する主要な図書館行政庁は,Ask a Librarian (UK)の立ち上げ当初からのメンバーである。

 2002年春から,非同期型では賄いきれない情報ニーズに対応し,サービスの利用方法の選択肢を広げるため,同期型DRSの提供の検討を開始した。そして翌2003年3月から9月にかけて,Tutor’s.comのVirtual Reference Toolkit(VRT)を使用して,試験的にAsk Live!としてサービスの提供を行った(7)。VRTは,チャット機能はもちろんのこと,応答待ちのユーザを管理する機能,相手のブラウザを操作する機能,各種フォーマットのファイルを共有する機能,セッション中のすべての交信記録がアーカイブされ,セッション切断後には電子メールでそれらが自動配信される機能など,ウェブベースで十分なレファレンスサービスを行うための多様な機能を備えた,同期型DRS用のミドルウェアである(8)

 

4. 協同事業としての課題

 英国では,労働党政権が,教育を重要な柱に据え,社会的包含政策を進めている。また情報技術の発達,普及に牽引されつつ,市民からの情報ニーズも多様化,高度化している。公共図書館にとって,図書館サービスの対象から排除されていた人々を包含し,すべての人の図書館になることは重要な課題であり,また既存の利用者層に対しても,地域情報,行政情報,健康・医療情報,法律情報,ビジネス情報など,どの主題においてもより高度な情報サービスを提供することが課題となっている。

 この文脈において,Ask a Librarian(UK)のように,的確な情報技術を援用し,協同でレファレンスサービスを提供することの意義は大きいはずだ。予算等の最適な配分,主題の網羅性とそれぞれの主題に対する専門性の確保,経験と情報の共有による個々の職員の能力向上と職能集団全体としての向上,規模の確保による安定的なサービスの提供と利用促進のためのアピール度の強化など,協同でこその効果がある。また,図書館サービス全体の高度化,さらにはより高いレベルでの政策の策定においても,実際に協同で1つのサービスを実施していることの効果は小さくないだろう。

 協同の効果を享受し推進力へと変換するためには,相応の運営管理が必要である。Co-Eastの地域統括マネージャーを務め,この事業を指揮するベルービー(Linda Berube)は,Ask a Librarian (UK)の紹介文(9)の中で,その運営管理の多様な構成要素を指摘した上で,新規事業,とりわけ大規模な事業に共通する課題について整理している。すなわち,職員のトレーニング,利用者オリエンテーション,評価と影響分析,プライバシーや法的な問題,利用促進活動を列挙している。特に職員養成と評価の問題は,粘り強い取組みを要する重要なテーマであろう。

 職員のトレーニングについては,日常業務において必ずしも標準的なレファレンスサービスのあり方に通じていない職員や新規参加者に対し,質問に回答する最低限のスキルとマナーの訓練を施すことが不可欠なこととしている。ウェブフォーム型のサービスは,文書レファレンス等と同様,利用者から調査プロセスを監視されることはなく心理的プレッシャーは少ないものだが,それでもサービスの提供にとまどいを持つ職員も少なくない。一方で,オンラインであっても良質なレファレンスサービスは従来と本質的に異なるものではないと捉え,Ask a Librarian (UK)を職員の研修機会として積極的に捉える図書館もある。そのため運営主体による研修へのサポートは重要な要素となる。

 また,評価や影響分析については,利用者評価や利用者への影響のみではなく,他のサービスへの影響,職員の業務時間への影響なども考えられなければならないとしている。新しいサービス領域であるDRSが根幹的業務として定着するためには,比較可能で信頼できる統計や妥当な評価手法,品質規準の策定が必要であり,英米諸機関の協力のもと,大規模な調査研究が進んでいる(10)。特に大規模事業には,単なる成果の享受ではなく,標準化に向けての積極的な関与も期待される。

 様々な協同事業の実績を持つ英国の図書館界が取り組むAsk a Librarian(UK)において、このような課題認識が示されていることは,示唆に富む。

 

5. まとめ

 本稿では,2003年度末までのAsk a Librarian (UK)の動向と協同事業としての課題について紹介した。

 英国の公共図書館は,ニーズを先取りし新しいサービスの準備を着実に進め,その過程で技術的な経験を共有知として蓄積してきた。ベルービーは,この公共図書館の現状に対し,図書館が情報の発見や新しいコミュニケーション手段の利用において,リーダーシップを取り,指導的役割を果たすべき立場にあるとの認識を示している。

 Ask a Librarian (UK)の参加館を中心とする英国の公共図書館は,2005年には同期型の協同DRSである「市民のネットワーク質問サービス」を開始する予定である(11)。情報ニーズを持つ市民が,いつでも,どこからでも質の高い人的資源,情報資源にアクセスできるよう,さらなる改善を図っていくだろう。今後の展開が楽しみである。

関西館事業部電子図書館課:依田 紀久(よだ のりひさ)

 

(1) 日本図書館協会. “参考: 公共図書館のWebサービス”. (online), available from < http://www.jla.or.jp/link/public2.html >, (accessed 2004-10-29).
(2) Ask a Librarian. (online), available from < http://www.ask-a-librarian.org.uk/index.html >, (accessed 2004-10-29).
(3) EARLは,電子的な参考資料の整備や蔵書の抄録データベースの協同構築を精力的に進め,また研究開発や技術情報の提供などの活動を実施した。
(4) National Committee of Inquiry into Higher Education. Higher education in the learning society: report of the national committee. London, 1997. (online), available from < http://www.leeds.ac.uk/educol/ncihe >, (accessed 2004-11-11).
(5) 英国図書館情報委員会情報技術ワーキング・グループ. (永田治樹ほか訳) 新しい図書館-市民のネットワーク-. 東京, 日本図書館協会, 2001, 131p.
(6) VRD Exemplary Services. (online), available from < http://www.vrd.org/AskA/exemplary_services.shtml >, (accessed 2004-10-29).
(7) Berube, Linda. Ask Live! UK public libraries and virtual collaboration. Library and Infromation Research. 27(86), 2003, 43-50.
(8) VRTの製品情報は以下のサイトを参照;Virtual Reference TOOLKIT. (online), available from < http://www.vrtoolkit.net/Virtual_prod_serv.htm >, (accessed 2004-10-29).
(9) Berube, Linda. Collaborative digital reference: an Ask a Librarian (UK) overview. Program: electronic library and information systems. 38(1), 2004, 29-41.
(10) 品質評価に関しては,シラキューズ大学のランケス(R.David Lankes),フロリダ州立大学のマクルーア(Charles R. McClure)らにより,調査研究プロジェクトが行われている。Assessing Quality in Digital Reference. (online), available from < http://quartz.syr.edu/quality/ >, (accessed 2004-10-29).
(11) ‘Can We Help You?’ – 24/7 Librarians. The People’s Network. 2004-10-04. (online), available from < http://www.peoplesnetwork.gov.uk/news/pressreleasearticle.asp?id=345 >, (accessed 2004-10-29).

 


依田紀久. Ask a Librarian(UK)の概要と協同事業としての課題. カレントアウェアネス. 2005, (282), p.2-4.
http://current.ndl.go.jp/ca1538