CA1265 – 図書館の怪談 / 大場利康

カレントアウェアネス
No.239 1999.07.20


CA1265

図書館の怪談

夏向きの話題を一つ。

真新しい,完成したばかりの図書館に,資料が次々と搬入されていく。本は書架に並べられていき,開館への準備は着々と進行しつつあった。だが,その時,信じられないことが起こった!何と,図書館の建物が徐々に地面に沈みはじめたのである!かろうじて建物から脱出した関係者たちが見守る中,とうとう,その図書館は地中にその姿を消してしまった。その後の調査で判明した原因はこうだ。何ということだろう。設計を担当した著名な建築家は,構造計算をするときに本の重さを考慮にいれていなかったというのだ。

……といった話が,アメリカの図書館界でまことしやかに語り伝えられているという。

ただし,これは(恐らくは)事実ではない。いわゆる都市伝説(urban legend)の一種だ。とても信じがたい,けれどどこかもっともらしく語られてしまう噂話。話の出所はいつも曖昧模糊としていて,大抵の場合は,知り合いの知り合いから聞いた話として伝わっていく。例えば,かつて一世を風靡した「口裂女」や「トイレの花子さん」といった,現代の民話(folklore),それが都市伝説である。

他にも,こんな話がアメリカで伝わっている。

夫が不治の病にかかってしまった女性がいた。夫本人は病気のことはまるで知らない。人に(ましてや夫本人には)相談することができない彼女は,図書館を訪れ,親しい人の死に直面した経験に関する本や,その病気に関する本を何冊か借りていった。ところが,うっかり忘れてしまったのか,返却期限を過ぎてもその本が返却されない。そこで図書館員が,その女性の家に電話をかけ,その本のタイトルを伝えて返却をうながしたのだった。だが,その伝えた相手は本を借りた女性本人ではなく,不治の病に冒されていた夫の方だったのである。

どちらの「伝説」にしても,図書館界に固有の問題と深くかかわっていることに注意しよう(前者は図書館建築固有の特殊条件,そして後者はいわゆる「図書館の自由」にかかわっている)。都市伝説は,歴史的に語り継がれてきた民間伝承と同様,その話が流布している社会・共同体のあり方と,密接に関係している。図書館にかかわる都市伝説も,その例外ではない。逆にいえば,こうした都市伝説が誕生していること自体が,アメリカの図書館人たちが,ある一つの文化を共有していることを示しているということもできるだろう。

こうなると,日本の図書館界ではどうなのかが気になるところだ。残念ながら,今のところ,こうした図書館に関する都市伝説を題材にした研究は国内では見当たらない。図書館を舞台にした日本固有の都市伝説が存在するとすれば,それは日本の図書館人に共通する「文化」のありようを象徴するものであるはずなのだが……。

大場 利康(おおばとしやす)

Ref: Hathaway-Bell, Stacy. Satan's shelving: urban library legends. Am Libr 29(7) 44-49, 1998
Brunvand, Jan Harold 大月隆寛ほか訳 消えるヒッチハイカー:都市の想像力のアメリカ 新宿書房 1997(新装版)
Brunvand, Jan Harold 行方均訳 チョーキング・ドーベルマン:アメリカの「新しい」都市伝説 新宿書房 1990