E1617 – 大学図書館版『ホライズン・レポート』,初の刊行

カレントアウェアネス-E

No.268 2014.10.09

 

 E1617

大学図書館版『ホライズン・レポート』,初の刊行

 

 教育技術に関する国際的な専門家コミュニティであるニューメディア・コ ンソーシアムが,大学図書館における今後5年間の技術動向を解説する『ホライズン・レポート2014図書館版』を公開した。ホライズン・レポートは,各分野の今後5年間の技術動向を解説する年刊のレポートで,これまで高等教育版(2002年~。2009年版からは放送大学による日本語訳が公開),K-12版(幼稚園から高校教育まで。2009年~),博物館版(2010年~)が発行されてきたが,今回初めて図書館版が作成され,2014年8月に開催された世界  図書館情報会議(WLIC):第80回国際図書館連盟(IFLA)年次大会において発表された。

 ホライズン・レポートの作成過程は次のとおりである。専門家を集めて委員会を組織し,まずは網羅的に文献を集めてレポートの対象となる重要なトレンド,課題や新しい技術を幅広く挙げ,次いで,それぞれについてより詳細に検討し,トピックを絞り込むという二段階で議論される。検討はオンラインのWiki上で行われるため,公開されたWikiからその過程を追うことができる。

 今回の図書館版では,大学図書館における技術導入の方針策定や意思決定に影響を及ぼすような「トレンド」,技術の導入を妨げる「課題」について, 6つずつ計12のトピックを選定し,方針やリーダーシップ,実践への影響を解説している。また,今後主流になると考えられる「技術の発展」も6つ挙げ,図書館との関連や導入例を紹介している。いずれのトピックも,末尾に,参考となる文献や事例などの情報源を解説とともに示している。

 「トレンド」は,大学図書館において技術の導入に影響を及ぼす時期によって3つに整理している。動きが早く,ここ1,2年で影響を及ぼすトレンド として提示しているのは,「研究データ管理における成果物の公開への注目」である。研究成果として,テキストだけでなく,音声や動画など多様なフォーマットのデータが公開されるようになってきているという。多様かつ大量の研究成果について,類似の研究の関連付けや,適切な評価指標の提示など,より利用をしやすくするような公開方法が求められており,その管理に注目が集まっているという。また,「モバイル端末向けのコンテンツと配信の優先順位」も挙げられている。スマートフォンやタブレット端末の普及により,OPAC等のデータベースをモバイル端末に最適化して表示することが求められるようになっている。コンテンツの配信形式についても,パソコンでの表示に適したPDF形式に代わり,モバイル端末に適したEPUB形式の採用が有力視される。3年から5年で影響が現れるトレンドとして提示されているのは,「学術レコードの変化(E1584参照)」である。成果物の紙媒体での出版や流通を前提とした学術コミュニケーションのプロセスは,ピアレビューの完了後すぐに電子版が公開される現在では時代遅れとなっており,既存の出版モデルの再考の必要性が指摘されている。「成果物のアクセシビリティの向上」もトレンドとして挙げられており,盛んになるオープンアクセスの動きに対応して,各図書館における機関リポジトリの重要性が指摘されている。5年以上の長期的な観点で影響を及ぼすトレンドとしては,「技術,規格,インフラストラクチャの継続的な進歩」と「新しい形の学際的な研究の台頭」が挙げられている。

 大学図書館による技術の導入を阻害する6つの「課題」は,その解決の困難さにより整理している。解決可能な課題として,「大学図書館を大学のカリキュラムに組み入れる(embed)こと(CA1751参照)」,「図書館員の役割とスキルの再考」を,解決困難な課題として「デジタルな研究成果の蔵書としての収集と保存」,「別の発見手段(Google Scholar等)との競争」を挙げている。定義することさえ困難な深刻な課題としては,「抜本的な変化へのニーズを受け入れる」,「進行中の統合,相互運用,協力プロジェクトの維持」を提示している。

 「技術発展」のトピックは,大学図書館において,今後その技術の導入が  主流となる時期によって整理している。ここ1年以内のものとして「電子出版」,「モバイルアプリケーション」が,2から3年以内のものとしては「計量書誌学と引用技術」「オープンなコンテンツ」を挙げている。「計量書誌学と引用技術」では,研究成果を評価し,予算配分を適切に行うため,ソーシャルメディア等の新しい技術を評価に取り入れた指標が注目されるとする。  また「オープンなコンテンツ」では,コンテンツの無料公開に加え,その自由な二次利用も視野に入れられている。4から5年以内のものとしては,図書館の蔵書や設備等の物理的な資源の管理に活用できる「モノのインターネッ ト(Internet of Things)」,MARCに代わる書誌の公開方法として,より活用されやすく,ウェブ上での存在感を高める形でのデータ公開のための「セマンティックウェブとLinked Data」を挙げている。

 現在及び近い将来の技術動向とともに,大学図書館が直面している課題をコンパクトに整理した,有用なレポートである。ぜひ一読をおすすめしたい。

関西館図書館協力課・篠田麻美

   

Ref:
http://cdn.nmc.org/media/2014-nmc-horizon-report-library-EN.pdf
http://library.wiki.nmc.org/
http://www.code.ouj.ac.jp/horizonreport/
CA1751
E1584