カレントアウェアネス-E
No.247 2013.10.24
E1495
ゴールドOAに偏重した英国のOA方針に対する批判と提言
2013年9月,英国下院の産業・技術革新・職業技能委員会(Business, Innovation and Skills Committee: BIS committee)が,政府に対しオープンアクセス(OA)方針の見直しを求める報告書を公表した。BIS committeeは行政監視を主務とする英国下院省別特別委員会の一つで,産業・技術革新・職業技能省が扱うべき社会問題や,同省が関連する政策の妥当性等について,証言や文書記録の収集等を通じて調査する権限を持つ。その成果は報告書としてまとめられ,政府はそれに対し回答することが求められる。
今回の調査は2012年6月に英国の研究情報ネットワーク(RIN)が公表したいわゆる「Finchレポート」(“Accessibility, sustainability, excellence: how to expand access to research publications”)の提案内容と,Finchレポートを受けて英国研究会議(RCUK)が2013年4月から施行した新しいOA方針に対して行われたものである。Finchレポートでは英国におけるOAについて,OA雑誌(ゴールドOA)を主な実現手段とし,機関リポジトリ等のセルフ・アーカイビング(グリーンOA)はその補完手段とすることを提案している。RCUKはこの提案を受け入れ,RCUKの助成を受けた研究成果を出版する際にはOA雑誌に投稿するか,従来型の購読モデルの雑誌に投稿した場合には,追加料金を払うことで当該論文のみOAとするオプション(ハイブリッドOA)があればそれを選ぶことを義務付けている。さらにもしゴールドOAではなく,ハイブリッドOAも認めていない雑誌で成果を公表した場合には,論文出版後12か月(自然科学系の場合)ないし24か月(人文社会系の場合)以内にグリーンOAで公開すること,とした。RCUKは産業・技術革新・職業技能省の支出に基づき助成を行う機関であるため,そのOA方針はBIS committeeが扱う対象となる。なお,RCUK方針については既に2013年2月に英国上院の科学技術委員会(Science and Technology Committee)が“The implementation of open access”と題した報告書を公開しているが,これはあくまでその実施状況を問うものであり,Finchレポートの提案内容は検討しない,としていた。それに対しBIS Committeeの調査は,Finchレポートの中で示され,RCUK方針に反映された結論や提案内容そのものを検証するものである。
BIS Committeeの調査は2013年1月から開始され,100件以上の書面による意見が収集されたほか,営利・非営利出版者,学会,RCUK,高等教育助成会議(HEFCE)の代表者等を集めての公聴会も2度,開催された。報告書ではそれらの文書および口頭による「証拠」中の該当箇所を逐一参照しつつ,FinchレポートとRCUK方針の妥当性の検証結果と,今後についての提言が述べられている。
報告書では,全面的なOAの達成に向けた政府の姿勢を評価し,またゴールドOAが望ましい究極の目標であることも認めている。しかしそれはあくまで究極の目標であり,英国が単独で,ゴールドOAに偏重しつつOAを実現しようとすることは誤りであると指摘する。BIS Committeeが収集した量的・質的な証拠に基づいて見直すと,Finchレポートの結論と提案には問題があり,とりわけ英国におけるグリーンOAの有効性を見誤っているという。現在,英国の研究成果の40%はOAになっており,これは世界平均の20%よりもはるかに高い割合である。内訳を見ると,35%がグリーンOAで,ゴールドOAはわずか5%に過ぎない。さらに英国のグリーンOAは国内にある200以上の機関リポジトリや分野リポジトリによって実現しているが,それらのリポジトリに対し,英国政府は過去数年で2億2,500万ポンド以上の投資も行っている。このような実情を踏まえないFinchレポートとRCUK方針は問題であり,政府は方針を改め,機関リポジトリや分野リポジトリに注力すべきである,とBIS Committeeは提案している。
また,ハイブリッドOAについて,Finchレポートでは追加料金を支払った分,購読料を下げるよう大学は交渉すべきとしているが,同報告書では,そのような交渉は現実性を欠くこと,Finchレポート中でのハイブリッド雑誌の追加料金やOA雑誌の投稿料の見積もりが高すぎるため,それが基準として受け取られ,出版者等が追加料金等を高く設定することへの危惧を述べている。さらにRCUK方針で定めたエンバーゴについては,購読中止による出版者のビジネスへの影響を危惧して自然科学系で最大12か月,人文社会系で最大24か月と設定されているが,同報告書は,エンバーゴ期間を短くすると購読中止が増えるという証拠はなく,それどころかRCUKが定めた方針にあわせてエンバーゴを延長したり,エンバーゴを新たに設けたりした出版者も現れたことを指摘している。RCUK方針は研究成果へのアクセスを増進するどころかかえって妨げていると批判した上で,エンバーゴ期間を短くすることなどを提案している。
その他にも付加価値税(VAT)について等,豊富な証拠に基づき多数の提案がなされているが,総じてゴールドOAに偏重しすぎたRCUK方針を,グリーンOAに引き戻すところにBIS Committee報告書の意図がある。2012年以来,ゴールドOA偏重へと急展開を遂げていた英国のOA政策にこの報告書がどのような影響を与えるのか。政府の反応が待たれる。
(同志社大学・佐藤翔)
Ref:
http://www.publications.parliament.uk/pa/cm201314/cmselect/cmbis/99/9902.htm
http://www.publications.parliament.uk/pa/cm201314/cmselect/cmbis/99/99.pdf
http://www.publications.parliament.uk/pa/cm201314/cmselect/cmbis/99/99vw.pdf
http://www.parliament.uk/business/committees/committees-a-z/commons-select/business-innovation-and-skills/news/on-publ-open-access/
http://www.researchinfonet.org/wp-content/uploads/2012/06/Finch-Group-report-FINAL-VERSION.pdf
http://www.rcuk.ac.uk/documents/documents/RCUKOpenAccessPolicy.pdf
http://www.publications.parliament.uk/pa/ld201213/ldselect/ldsctech/122/12202.htm
http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/refer/pdf/071810.pdf