E1458 – 歴史学者の画像利用傾向とそこから得られる教訓<文献紹介>

カレントアウェアネス-E

No.241 2013.07.25

 

 E1458

歴史学者の画像利用傾向とそこから得られる教訓<文献紹介>

 

Harris, Valerie et al. Trends in Image Use by Historians and the Implications for Librarians and Archivists. College & Research Libraries. 2013, 74(3), p. 272-287.

 近年,図書館や文書館等の多くの機関が,所蔵資料のデジタル化を通じて様々な資料画像をインターネット上に公開している。だが,それらの画像はどう利用され,どのような影響を与えているのだろうか。ここで紹介するハリスらの論文は,画像の入手環境の劇的な変化が,特に歴史研究者の研究活動にどのような影響を与えたのかを検証したものである。

 検証に先立ち本稿では,画像のインターネット公開の歴史を振り返り,議論の前提を確認している。続く先行研究のレビューでは,本稿のメインテーマそのものを論じた文献は存在しないとし,関連するテーマとして,歴史研究者あるいはより広く人文学研究者の情報探索行動に関する2004年前後の文献を取り上げている。それらの先行研究によると,歴史研究者は図書館等の刊行資料に掲載された画像は利用するものの,デジタル化公開された資料画像についてはあまり活用していないという。

 しかし,それらの先行研究が発表された当時と現在とでは,FlickrやPicasa等の写真共有サービスの浸透によって画像入手環境が大きく変化している。そのため,著者らは歴史研究における画像利用の傾向にも変化が生じているかもしれないとの仮説を立て,次のような方法で検証を行った。その方法とは,2000年から2009年までの1,366本の雑誌論文に掲載された画像とその引用情報を元に,画像掲載論文の割合や画像引用元の変化等を分析するというものである。なお,分析対象とされた雑誌は,データセットとして利用可能な歴史学分野のコアジャーナル5誌と査読付きオープンアクセス(OA)誌7誌であった。

 分析からいくつかの結果が得られた。当初はボーンデジタルのOA誌の方がコアジャーナルに比して画像利用しやすいのではと予想されていたものの,結果では,画像掲載論文の割合はコアジャーナルが42.77%であったのに対しOA誌が15.75%と,予想とは逆の結果が出ている。また,年によって多少の差はあっても,コアジャーナルもOA誌も画像掲載の傾向に変化は認められなかった。画像引用元については,写真共有サービスが一般化したにもかかわらず,コアジャーナルにおいてもOA誌にもおいても,歴史研究者は依然として図書館等の刊行資料に依存しているという結果であった。まとめると,デジタル化された画像資料を容易に利用できるような環境になっても,論文上では歴史研究者の画像利用の増加には繋がらなかったというわけである。仮説とは裏腹に本研究でも先行研究と同じような結果となった。

 しかし重要なのは,本稿が前段の分析結果をもって論を閉じなかったことにある。著者らは,歴史研究者の画像利用傾向に変化が生じなかった理由について考察し,それを元に画像公開を行う図書館や文書館に対し教訓を伝えている。本稿の結論部分では次の5点がまとめられている。

  • 図書館や文書館は,公開画像の利用を促すために,各館のデジタルアーカイブに限らず,ソーシャルネットワークサイトや展示,ブログ,ポストカードやポスター等を活用した方がよい。
  • 図書館や文書館は,資料デジタル化事業に,ユーザである歴史研究者のニーズや研究活動の実態を反映した方がよい。
  • 図書館は,歴史研究者が画像を論文に掲載するためにかかる画像作成や権利処理費用を減らすよう努力した方がよい。
  • 歴史研究者が画像を論文に掲載するためには,雑誌発行機関から著作権処理が求められる。そのため,図書館はスムーズに利用できるようにクリエイティブ・コモンズ・ライセンスの導入を検討した方がよい。
  • 将来の研究者支援のために,図書館員や文書館員は,美術史等で行われているような図像解釈のトレーニングを研修で行った方がよい。

 図書館等がデジタル化公開した画像が歴史研究者にはあまり利用されていないという実態を踏まえて,資料デジタル化のあり方に再考を促す本稿は,日本における資料公開のあり方に対しても示唆を与えうるものと言えるだろう。ただし,本稿では「画像は確認したが論文には掲載しなかった」というケースが「利用」としてカウントされていない点,および,各雑誌がテーマとしている研究分野(例えば文化史や思想史等)が雑誌選定の基準として考慮されておらず,分析対象とされた雑誌が異なれば今回とは大きく異なる分析結果が出ていた可能性を否めない点については,特に指摘しておきたい。

(関西館図書館協力課・菊池信彦)

Ref:
http://crl.acrl.org/content/74/3/272