E1347 – 山室信一氏による関西館10周年記念講演会<報告>

カレントアウェアネス-E

No.224 2012.10.11

 

 E1347

山室信一氏による関西館10周年記念講演会<報告>

 

 2012年10月6日,国立国会図書館(NDL)関西館開館10周年記念行事の一環として,京都大学人文科学研究所の山室信一教授による講演会「私の図書館巡歴と関西館-史料に導かれた連鎖視点への歩み」が開催された。会場となった関西館第一研修室には60人の一般参加者が集まり,ほぼ満席であった。関西館をしばしば利用する山室氏は,欧米の思想がどのようにして近代東アジア地域で“連鎖”していったのかを問題意識に据えた研究を続けてきた。講演は,国内外の図書館等での史料蒐集の足跡をたどりながら,これまでの研究テーマの変遷について,そして東アジア研究における関西館の意義について述べたものである。

 講演の第1部では「欧米から日本へ,そして大衆演芸へ」と題し,明治期の日本人留学生による欧米の知の「輸入」とその普及活動,そして大衆演芸をテーマに話が展開していった。冒頭,大学卒業後に就職した衆議院法制局時代に初めてNDLを利用した思い出話から始まった。そこでは,山室氏は国立国会図書館法の前文にある「真理がわれらを自由にする」の言葉について,羽仁五郎(参議院議員,歴史家)がフライブルク大学図書館にあった言葉を取り入れた経緯に触れ,この内容は国民と政治家への警句であると同時に,NDLの設置理由は,真理を知るための手立てであるとする,山室氏自身の解釈を述べた。

 その後移った東京大学社会科学研究所で山室氏は,宮武外骨らが集めた明治新聞雑誌文庫に通い,井上毅の研究を軸に,フランス,ドイツ,そして英国等に留学した日本人が帰国後に展開した雑誌出版活動についての史料蒐集を行い,また,三遊亭円朝や泥棒(松林)柏園らの講演速記本等の調査を実施した。そして東北大学時代には同大学に残された狩野亨吉(京都帝国大学文科大学初代学長)の蔵書「狩野文庫」の調査も行っている。これらの史料調査を元にして,日本に流入した思想が,雑誌というメディアによって「水平的」に,あるいは口承演芸によって「垂直的」に連鎖していく様を描いた点に山室氏の研究の妙がある。そのほかにも,貴重な明治期の学術雑誌を整理しマイクロフィルム版として刊行したり,漢訳法政書の紹介を通じて研究者とのつながりが生まれたりと,この時期の成果を紹介した。そして山室氏の研究は更なる史料蒐集の必要性から,ハーバード大学での調査へとつながっていったという。

 第2部「日本からアジアへ,そして思想の環へ」は,そのハーバード大学で利用したイェンチン図書室やワイドナー図書館,そしてボストン近郊の港町セイラムにあるピーボディ博物館等の紹介と史料蒐集の話題から始まった。特にハーバード時代では,これまでの研究の視野を日本一国に留めてしまっていたこと,すなわち「東アジア」という視点が欠けていたことに気づけたことが自身にとって大きかったという。この気づきが得られたことで山室氏は,かつての日本人留学生と同様に,中国・韓国から日本への留学生が帰国後に知識普及活動を展開した事象についての研究を進めることになった。その際,東京都立図書館や国内各地の旧制高等商業学校等に眠る史料が活躍したとのことである。歴史研究は,思いがけないところから人や思想が“つながる”ところが面白いと述べていたのが,印象的だった。

 最後に第3部では「関西館とアジア情報の収集・発信」と題し,関西館をはじめとする図書館による「集める・のこす」という活動の意義を強調した。すなわち,これまでの研究活動は図書館のそれらの活動があって初めて可能であったこと,図書館による活動が利用者の「創り出す」という活動につながり,また,言論の自由と民主化,そして世界平和の土台となっていると指摘した。そして山室氏は,図書館による電子化事業により,かつて自分が足で集めた史資料が家に居ながらにして見ることができるようになったことへの感謝と,次世代の研究者に対しこれまでの研究者の「肩」に乗り,更なる高みへと登っていってほしいとの期待を述べ,講演は括られた。

(関西館図書館協力課・菊池信彦)

Ref:
http://www.ndl.go.jp/jp/event/events/1195654_1368.html
http://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/zinbun/members/yamamuro.htm