カレントアウェアネス
No.270 2002.02.20
CA1459
文化情報資源政策の形成に向けて
情報化社会における図書館のあり方については,様々な議論がなされている。例えば,1998(平成10)年の生涯学習審議会社会教育分科審議会計画部会図書館専門委員会報告『図書館の情報化の必要性とその推進方策について―地域の情報化推進拠点として』においては,情報通信基盤整備,職員の研修の充実,市民の情報活用能力の育成と並んで,地域電子図書館構想が提言されている。このうち,公共図書館における情報通信基盤整備は最近急速に進んでおり,もはや解決困難な課題とはいえないだろう。職員の研修や市民の情報活用能力の育成の問題は,図書館界内部において解決可能な課題といえなくもない。
しかし,電子図書館のために必要な電子情報資源の開発(既存資料の電子化と新たな電子情報資源の製作を含む)については,図書館界内部での努力には限界があり,電子化しうる資源を保有している図書館以外の様々な機関の関与が重要である。実際,図書館の類縁機関と考えられる美術館,博物館,文書館のみならず,大学・研究機関や行政機関などでも電子情報資源の開発事例には事欠かない。さらには,電子雑誌や電子出版のような商業ベースでの活動もますます活発になっている。
さて,このような状況はこれまで図書館や博物館などを利用してきた人々にとってどのようなインパクトを持つのだろうか。従来は図書館という壁のなかに物理的な図書館資料が保存され,あるいは博物館という壁のなかに博物館資料が保存されており,利用者はそれぞれの場所に出向くことによって,保存されている情報資源にアクセスするというのが一般的な状況であった。しかし,情報通信技術という新たな手段によって,利用者は自宅やオフィスなどに居ながらにして,これらの機関が提供する電子情報資源に次々にアクセスすることができるようになった。その結果,利用者から見れば,図書館が提供する情報資源も博物館が提供する情報資源も「ネットワーク上で利用できる情報資源」の一つに過ぎず,誰が提供しているかということは,アクセス・利用に際して少なくとも重要な問題ではなくなったように思われる。むしろ利用者の関心は,何が電子化されているか,それらへのアクセスが保証されているか,あるいは何のためにどのように使うことができるか,ということにあろう。
ネットワーク上の情報資源へのアクセスとその活用を考慮するうえで参考になるのは英国の事例である。ブレア政権の下,『我らの情報時代(Our Information Age)』と題された情報関連施策の包括的ビジョンを示す文書にあるように,英国は,教育の改革,情報アクセスの拡大,電子政府の実現,競争力の強化などを実現するために情報基盤整備を行ってきている。とりわけ目立っているのは,学習社会の実現へ向けた取り組みである。図書館情報政策も学習社会の実現と不可分であり,2002年までに全公共図書館を「全国教育網(National Grid for Learning)」へ接続する目標が立てられるなどしてきた。
英国では全国レベルの図書館情報政策に関する諮問機関であった図書館情報委員会(Library and Information Commission)が,2000年4月に博物館美術館委員会(Museums and Galleries Commission)と統合され,博物館・文書館・図書館評議会(The Council for Museums, Archives and Libraries,略称 Resource)と名称を変えた。1999年3月に筆者と面談した当時の図書館情報委員会事務局長ヘインズ(Margaret Haines)氏は,「この統合は,労働党政権による非政府公共体縮小の方針によるもの」と語っていたが,統合の意味は,委員会の数減らしという当初の目的を超えて,より大きなものになっていると思われる。それは,新しい評議会が図書館,博物館,文書館の独自性を尊重すると同時に共通性を見出そうとし,とりわけ情報通信技術の活用を基礎に,図書館,博物館,文書館を学習社会のための情報源と位置づける政策的な枠組みを打ち出してきたからである。
具体例を挙げると,「スコットランド文化資源アクセスネットワーク(SCRAN)」では,図書館,博物館,文書館など様々な情報源からの情報が,マルチメディアで提示されるストーリーのなかに統合されている。このように,個別の情報源の枠を超えた様々な情報へシームレスにアクセスできるようにすることが,今後の情報通信技術を活用した情報アクセスの基礎となっていくだろう。このような試みを成功させるためには,オンラインで利用できる情報資源が多種多様であること,検索が容易であること,提示されるコンテンツが利用者の関心をひき,かつ使いやすいものであることが求められる。
また,2000年9月には文化・メディア・スポーツ省(Department for Culture, Media and Sport:DCMS)のもとに「文化オンライン(Culture Online)」と名づけられた文化・芸術領域での電子情報資源の構築計画が開始された。これは,図書館,博物館,文書館,美術館,劇団やオーケストラなどがあらゆる世代の学習に役立つ電子情報の提供を行う―「文化と学習者の間に電子的な架け橋を設ける」―ことを目的としている。ここでも,学習者がネットワーク上に散らばっている様々な情報資源からあるテーマについての情報を簡単に引き出すことを可能にすべきであるとしている。
一方,韓国では2000年に知識情報資源管理法が施行された。この法にいう知識情報資源とは「国家的に保存及び利用価値があり,学術・文化または科学技術などに関するデジタル化された資料またはデジタル化の必要性が認められる資料」であり,法は知識情報資源の開発促進と持続的な利用を図ることにより,国家競争力の向上と国民経済の発展に寄与することを目的としている。具体的には,政府レベルの委員会の設置や知識情報資源基本計画の策定を通じ,デジタル化の推進,知識情報資源の流通促進,収集,保存,共同活用のための標準化計画の推進,情報アクセスにおける不平等の解消などをめざしている。
このように,英国ではいくつかの政策や行動計画の積み重ねによって国家レベルでの電子情報資源の開発とアクセスのための戦略が形成されており,韓国では中央政府の強力なイニシアチブによる立法によって知識情報資源開発政策の根幹が形成されている。策定メカニズムは違うとはいえ,いずれも特定の機関に偏らない,広い意味での文化的な活動の所産としての情報資源を構築し,提供していくための国家レベルの包括的な政策,すなわち文化情報資源政策となっている。わが国には残念ながらこのような政策的枠組みは存在しないが,それが不必要だからだとは到底思えない。なぜなら,電子情報資源の開発とアクセスには未解決の法的,技術的,制度的,経済的な諸問題が含まれており,その解決のためには包括的な政策の枠組みのなかで検討することが必要だからである。
例えば,法的な問題として著作権と法定納本を取り上げてみよう。資料の電子化と著作権の関係は極めて複雑であり,電子化された資料のライフサイクルの段階ごとに様々な利害関係者がいる。電子出版物や電子化された資料の法定納本についても,特に利用の側面において著作権保有者(特に商業出版社)と図書館との間の調整が必要となってくる。電子情報資源の法定納本については,まだ一部で議論がなされている段階であり,特にオンライン情報資源の場合には法定納本の対象範囲も確定されていない。
長期的なアクセスを保証するためには保存と書誌コントロールが必要である。保存については,現在の紙の出版物に適用されている法定納本制度のような集中的保存という選択をするのか,様々な情報資源を作成している機関が保存にまで責任を持つ分散型保存を選択するのか,という制度的な問題や,メディアの劣化,アプリケーションやフォーマットあるいは再生装置の旧式化への対応策としての媒体変換やエミュレーション,電子化された情報の真正性を確保するための電子透かしなどといった技術的問題や,これらに必要な費用の問題がある。書誌コントロールについては,対象を識別する手段としての標準的な識別子の開発や,多くの機関で共有可能な標準的なメタデータの開発が必要であろう。
21世紀の図書館情報学に求められることは,このような図書館以外の様々な機関が関わる新しい政策的枠組みや諸問題の解決においても中心的な役割を担い,それによって図書館情報学の成果が応用される領域の拡張を図ることではないだろうか。図書館情報学に関わる者としてはそれができると信じているが,外部の専門家や政策責任者たちは必ずしもそう考えているわけではないだろう。このまま何もしなければ図書館は伝統的な役割のなかに封じ込められかねないということは,最近作られた複合施設における図書館のありようにその兆候を見ることができる。そうならないようにするためには,我々は積極的に発言をし,図書館を取り巻く法制度の見直しなどを含めた,あらゆる自己変革の可能性を探らなければならないだろう。
静岡文化芸術大学:竹内 比呂也(たけうちひろや)
Ref.
Resource. Using Museums, Archives and Libraries to Develop a Learning Community: a Strategic Plan for Action. Resource, 2001. 24p [http://www.resource.gov.uk/documents/policy/usestrat.pdf] (last access 2001. 12. 24)
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金容媛 韓国の知識情報資源管理法レコードマネジメント (42) 43-52,2001
Muir, A. Legal deposit and preservation of digital publications: a review of research and development activity. J Doc 57(5) 652-682, 2001
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竹内比呂也. 文化情報資源政策の形成に向けて. カレントアウェアネス. 2002, (270), p.14-16.
http://current.ndl.go.jp/ca1459