5. 電子環境下におけるドキュメント・デリバリー・サービスの現状と展開 / 宇陀 則彦



5. 電子環境下におけるドキュメント・デリバリー・サービスの現状と展開




5.1. はじめに


 本章は2004年12月15日に関西館において開催された国際セミナー「デジタル時代のドキュメント・デリバリー・サービス」の講演内容1)をもとに,他の文献を補足材料として英国図書館,米国研究図書館協会,ドイツSUBITOのドキュメント・デリバリー・サービスに対する考えをまとめ,日本のドキュメント・デリバリーの展開について考察を行ったものである。国際セミナーの講演内容を中心としたため,今回の考察対象は英国,米国,ドイツのみとし,それ以外の国は文献調査の対象外とした2)


 ドキュメント・デリバリー・サービスは,一般に「図書館あるいは文献提供者が,要求されたドキュメントそのもの,もしくはその代用物を要求先に送ること」を言うが,従来からのILL,特に文献複写との区別が曖昧になっている。ドキュメント・デリバリーとILLという言葉について,セミナー講演者の一人である米国研究図書館協会のMary Jacksonは「米国の図書館員はこれらの言葉を様々な意味で使っていて,はっきりした使い分けがなされているとは言い難い」と述べ,英国図書館のMat Pflegerも基本的に同意している。ドイツのドキュメント・デリバリー組織SUBITOの理事長であるUwe Rosemannは「ドイツでは法律によって厳密に定義されている」と述べる一方で,「図書館とエンドユーザの関係として捉えるならドキュメント・デリバリー,図書館間の関係として捉えるならILLということではないか」というように観点の違いであるとも述べている。本稿では言葉の厳密な定義には踏み込まず,ドキュメントを配送するということを広く捉え,「ドキュメント・デリバリー」を用いる。




5.2. 英国図書館の考え


 英国のドキュメント・デリバリーの依頼件数は,1998年及び1999年を境に減少に転じ,その後も減少の一途をたどっている。この傾向は複数のデータで示されている。例えば,英国図書館のAnnual Reportを見ると,2000年から2003年にかけて18%減少していることがわかる3)。Kiddはグラスゴー大学のScience Directの導入前と導入後でElsevierの雑誌論文に対する依頼件数が1998/1999から2001/2002にかけて80%減少したことを明らかにした4)。ただし,Kiddはこの時期は様々な要因が複雑に変化した時期なので,これらの結果を「額面通りに受け取るべきではない」としている。Robertsonも聖ジョージ医学図書館の依頼件数を調査し,電子ジャーナルによって依頼件数が減少したことを示した5)


 このような状況に対して,英国図書館は今後ドキュメント・デリバリーをどのような方向に進めていこうとしているだろうか。英国図書館は長年,世界最大のドキュメント・サプライセンターBLDSCを運用してきたため,ドキュメント・デリバリーには特に強い関心を持っている。英国図書館出版渉外担当部長David Brownはその論文の中で,英国図書館がドキュメント・デリバリー・サービスに積極的に取り組む理由を次のように説明している6)。「ドキュメント・デリバリー・サービスは英国図書館の主要な財源であるとともに,社会のニーズと科学の進歩を常に念頭に置いた公共サービスである」。実際,英国図書館は年間経費1億1,400万ポンドに対して2,800万ポンドの収入があり,その大半がドキュメント・デリバリー・サービスによるものである。このように,英国図書館がBLDSCを最大限重視していることは間違いない。


 英国図書館は次にドキュメント・デリバリー・サービスの業務改善に乗り出した。Brownは次のように言う。「ドキュメント・デリバリー・サービスは膨大なコレクションの中から時間をかけて個々の雑誌を探し出し,必要なページをコピーし,取り出した雑誌を元の位置に戻し,コピーを郵送するというように,非常にコストのかかるシステムである。そこで,英国図書館では効率化を図り,電子ファイルをベースにドキュメント・デリバリー・サービスを行うシステムを導入した。英国図書館はこのシステムにより,最小限の人的労働力でより迅速に届けることが可能になった」。


 英国図書館はさらに社会のニーズと科学の進歩を念頭においた公共サービスを強化するため,ドキュメント・デリバリー・サービスの需要拡大を目指し,利用者層の開拓に乗り出した。新しい利用者層を英国図書館では「Knowledge Worker」と呼んでいる。Knowledge Workerとは,専門職に携わっている人,遠隔学習で学んでいる人,転職のために学んでいる人,趣味で学んでいる人,それにアマチュア科学者であり,研究機関の図書館にアクセスする正式な資格を持たない人々である。Brownは正規の研究者の数が全世界で研究開発者600万人(ユネスコ),科学者約990万人,それに,大学及び法人機関に所属する教員と研究者約3,000万人にすぎないのに対して,Knowledge Workerは1億2,500万人から1億8,000万人に上るという調査結果があるとし,こうした利用希望を集約すれば,学術情報提供に対するかなりの規模の新たな需要層が生まれる可能性があると述べている。


 2004年12月15日の国際セミナーで講演した英国図書館セールスマーケティング部長Mat PflegerもまたBrown同様,Knowledge Workerについて言及し,具体例として,妻の病気に関して調べたい夫の例を挙げ,かなり個人的な情報ニーズに対してもサポートするつもりであることを示唆した。しかし,Pflegerは「本当にそこに潜在的な利用者が存在するのか知りたい」と述べ,Knowledge Workerの存在はまだ検証中であるという考えを示した。


 このように英国では,電子ジャーナルによってドキュメント・デリバリーの依頼件数が減少しているにもかかわらず,ドキュメント・デリバリーの業務効率化と新たな利用者層の開拓を図り,Brownの言う大量の学術情報を提供するシステムをドキュメント・デリバリーの拡大に見出そうとしていることがわかる。Brownは最後にこう結論づける。「電子ジャーナルなど新しいメディアが出現することによってビジネスモデルが変化しても,大量の学術情報を提供するシステムは今後も必要であるはずだ」。




5.3. 米国研究図書館協会の考え


 英国でのドキュメント・デリバリー依頼件数が減少方向にあるのに対して,米国ではむしろ増加傾向にある。米国研究図書館協会(Association of Research Libraries: ARL)が2004年に行ったILL/DDサービス調査では,当初の予想とは異なり,ドキュメント・デリバリー件数は増加しているという結果が出た。この理由をJacksonは次のように説明する7)。「ドキュメント・デリバリー要求を出すためには,利用者はまず文献情報を知る必要があるが,インターネットの普及により,利用者は様々な場面で書誌情報や引用情報に接する機会が増えたと推測できる。例えば,Googleの検索結果に文献紹介が含まれることもあるだろうし,聞いたことのある有名な文献の具体的な書誌情報をOPACや電子ジャーナルで知ることもある」。このように,Jacksonは書誌情報を知る機会が増えたことを第1の理由として挙げている。


 こうして,書誌情報に触れた利用者は,次に文献そのものを入手しようとする。そして,このときに生じる入手プロセスの困難さがドキュメント・デリバリー件数を増やしている最大の原因であるとJacksonは指摘する。Jacksonは言う。「多くの図書館のWebサイトには膨大な数の電子ジャーナルのタイトルリストが示されている。しかしながら,オンライン目録に電子ジャーナルの簡略目録レコードが含まれていない場合,「正しい」場所を探していると考えている利用者は,電子ジャーナルのタイトルを見つけることができない。その結果,利用者は該当論文のドキュメント・デリバリー依頼を図書館にすることになる」。


 さらにJacksonは図書館の迅速なサービスも利用者をドキュメント・デリバリーに向かわせる理由であると述べる。「もし利用者がドキュメント・デリバリーを図書館に依頼したとしても,図書館の対応が遅ければ利用者はやがて依頼を出すことをやめてしまうだろう。しかし,米国の図書館のILL部門は迅速なサービスを提供しており,多くの利用者は依頼した論文を同じ日か次の日に受け取ることができる。したがって,ILLの処理時間が「十分に」早い場合,利用者はドキュメント・デリバリー・サービスに満足し,もっと多くの依頼を出すだろう」。


 これらの理由が妥当かどうかはわからないが,Jacksonの言う通り「もっともらしい理由」ではある。では,なぜ英国ではこのもっともらしい理由が当てはまらないのかという疑問が浮かぶが,残念ながら現時点では情報不足であり,もっともらしい説明はできなかった。


 Jacksonはドキュメント・デリバリー件数が増えている調査結果から,米国のドキュメント・デリバリーの体制は現状維持で問題ないと考えているようである。それはJacksonの「米国研究図書館協会は図書館が仲介するドキュメント・デリバリー・サービスをこれまで何十年にわたって行ってきたが,今後もこの形は続くと考えている」という言及から判断できる。しかし,Jacksonは続いて「ただし,サービス形態は時代に応じて変化していくことを想定している」と述べており,その変化は主に電子化環境に対応した技術やシステムがもたらすと述べている。


 Jacksonが重要であるとした技術規格を挙げておく8) 9)。1番目の規格はISO ILL Protocolである。これは一種の国際標準規格で,2つの異なるILLアプリケーション間でILLのやり取りに関するメッセージ交換ができるようにするものである。この標準規格は図書館経由の相互貸出をサポートしてきたものなので,利用者がILLへ申請をする手順については含まれていない。ILL Protocolの第3版が間もなく完成するが,10年の限定的な利用の結果,この標準規格は広く受け入れられるようになった。


 2番目の規格は,NISO Circulation Interchange Protocol, Z39.83である。これは異なる貸出アプリケーション間,あるいは図書館の貸出アプリケーションとILLアプリケーション間を管理するもので,図書館介在型のILLのやり取りを貸出のやり取りに変換する機能を持つ。JacksonはZ39.83がILLの業務効率化につながると見ている。


 3番目の規格はOpen Archive Initiative(OAI)のメタデータ収集(メタデータ・ハーベスティング)のためのプロトコル(OAI-PMH)である。OAI-PMHはデータ提供者がそのリポジトリやアーカイブからメタデータを公開する仕組みである。JacksonはOAI-PMHによってこれまで表に出てこなかったコンテンツがポータルサイトで見つけられるようになることを期待している。


 4番目の規格はOpen URLである。Open URLはメタデータのパッケージをリンクリゾルバーに送信するための書式を標準化したものである。Open URLはいわゆる「適切な文献選択」の問題に対応するもので,その図書館に印刷本があるのか,全文が手に入るのか,ドキュメント・デリバリーの申請ができるのか,その文献は出版社から入手可能か,別の図書館が所蔵している可能性はあるのか,といった情報を利用者に提供するシステムに利用される。


 Jacksonは先の国際セミナーでも「今後のシステム形態はオープンアクセスや機関リポジトリ,メタデータやポータルなどが様々な形で混じり合っていくのではないか」と述べ,技術がサービスに与える影響を重視していることを改めて示した。




5.4. ドイツSUBITOの考え


 ドイツにはこれまでBLDSCのような組織は存在しなかった。しかし,インターネット時代を迎え,ドキュメント・デリバリー・サービスへの重要性が社会で広く認識されるようになり,ドイツでも集中型の大規模ドキュメント・デリバリー組織を設立しようという動きが高まった。ドイツの新しいドキュメント・デリバリー組織SUBITOは,このような背景の下に生まれた。


 SUBITOは完全なインターネットベースのサービスであり,利用者はオンラインで雑誌を注文したり,図書を借りたりすることができる。そのために,SUBITOは検索と注文のための1つのアクセスポイントと図書館群による分散化されたドキュメント・デリバリー・システムを提供する。その目的は資料の利用依頼及び送付をコンピュータで直接行う方法の導入により,効果的で効率的なサービスを作り出すことである。SUBITOの提供館は記事のコピーをPDFファイルとして作成し,そのファイルを電子メールあるいはFTPで送付する。電子メールやFTPが使えない利用者に対しては,FAXあるいは郵送など伝統的な手段を用いる。図書は郵送し,4週間の後に返却される。


 SUBITOのサービス対象は2つのタイプに分かれる。ダイレクト・エンドユーザ向けサービスと図書館向けサービスである。ダイレクト・エンドユーザ・サービスはドイツ,オーストリア,スイスに送付アドレスを持つユーザのみで,図書館向けサービスは公的資金が投入されていれば世界のどこの図書館でもよい。このような制限があるのは法律解釈の違いがあるためである。SUBITOへの依頼件数は今も増え続けており,1998年には10万件だったものが2003年には117万件の要求があった。2003年の注文内訳は51%がドイツ国内,49%が海外であった。


 このように,SUBITOは電子化環境における挑戦的なドキュメント・デリバリー・サービス組織として注目を集めているが,SUBITOはどのような経緯で誕生したのだろうか。今回国際セミナーで講演したRosemannの論文をもとにSUBITOの設立経緯を概観する10)


 Rosemannはまずドイツの図書館が事業協力に消極的な点を挙げ,ドイツ特有の問題であると指摘する。「ドイツの図書館界はこれまで互いの競争によってサービスを発展させてきた。しかしその反面,事業協力には消極的なため,似たようなサービス事業が同時に進められる結果にもなっている。この現象は本質的にドイツ連邦共和国の政治機構に根ざすものである。その結果,ドイツでは現在もまだ,名称も利用条件も異なる4種類ものドキュメント・デリバリー・サービスを実施している図書館があり,利用者の混乱を招いている」。


 Rosemannは続いて設立に至る流れを説明する。「SUBITOは従来の図書館間相互貸借の効率が低く,サービス志向に欠けるとしばしば指摘されていたことを受けて,1994年,ドイツ連邦政府と州の提唱よって発足した。基本構想がまとまり,1994年10月4日に華々しく発足したものの,SUBITOがドイツ連邦教育学術省常置協議会の承認を得て,ドキュメント・デリバリー・サービスをようやく公式に開始したのは,それからほぼ3年後の1997年11月27日のことであった」。


 このような経緯を経てSUBITOという新しい組織が誕生したが,サービス体制が安定するまでにはさらに3年の月日を要する。再びRosemannの論文から引用する。「1999年9月1日から12月31日まで単行書の郵送貸出サービスが試験的に実施されたが,この時期にSUBITOのサービスを継続するためには,運営資金確保のための方策を明らかにすることが必要となった。連邦政府と州は構想コンペを行うと発表し,ドイツ技術情報図書館がニーダーザクセン州の支援を受け,他の機関に混じってコンペに参加した。コンペの結果,ドイツ技術情報図書館の構想11)が採用され,2000年1月1日よりSUBITOコンソーシアムが活動を開始した。コンソーシアムは27の参加館で組織され,うち24館がドイツ,2館がオーストリア,1館がスイスの図書館という構成になっている。2003年の初め,コンソーシアムは法的組織となった。SUBITO発足からほぼ10年が経過していた」。


 SUBITOはサービス開始以来大きな業績を挙げているが,誰もがその業績を肯定的に評価しているわけではない。特に出版社サイドはSUBITOの活動をこころよく思っておらず,国際的に事業を展開している著名な出版社数社がSUBITOを提訴した12)。ドイツ国内においては,出版社の代表組織であるドイツ書籍出版販売取引業者組合とドイツ技術情報図書館が協力して実施した5年間の試験的な試みを経て,ドイツの最高裁判所の裁定が下された13)。しかし,ドイツ書籍出版販売取引業者組合はEU指令(Directive 2001/29/EC)を適切に国内法化していないと主張し,現在,欧州委員会に不服申立てを行っている12)。このようにSUBITOは著作権に関して多くの問題を抱えているが,Rosemannは「法的基盤を変えなくても勝てるだろう。私たちはとても楽観的に思っている」と述べ,強気の姿勢をのぞかせた。


 RosemannはSUBITOのほかにドイツの新しい学術情報ポータルVascodaの紹介も行った。Vascodaはフルテキスト,リンク集,データベース,サーチエンジンへのアクセスを提供し,ドイツ電子図書館の中核を成す存在である。Vascodaは2003年8月からサービスを開始し,現在アングロアメリカン文化から木材工学に及ぶ主題へのアクセスを提供している。全ての主題分野を網羅しているわけではないが,将来的には複合ナビゲーションなども実現したいとRosemannは述べている。RosemannはさらにGoogleとの比較を挙げ,「現在はGoogleのほうが広く情報を提供できているかもしれないが,将来的にはVascodaのほうがGoogleより質の高い情報を提供できる」という考えを示し,「将来的にはVascodaをバックグラウンドサービスとして用い,利用者は地元の図書館を出発点としてシームレスな情報探索ができるようになるだろう」と述べた。


 このようにドイツでは,電子配送を中心としたドキュメント・デリバリー組織を新たに設立し,法的整備を含め,著作権などの問題に正面から立ち向かう選択をしたことがわかる。また,ドキュメント・デリバリーだけでなく,ドイツ国内の学術情報の整備をポータルや電子図書館の構築を通してドラスティックに行おうという意図がうかがえる。




5.5. 考察


 電子環境下におけるドキュメント・デリバリー・サービスの問題を,英国図書館のBrownは次の問いで端的に表現した。「ドキュメント・デリバリー・サービスはこの先,利用されないサービスとして衰退していくのかどうか」。


 この問いに対して,英国図書館,米国研究図書館,SUBITOは三者三様の反応を見せている。英国図書館は世界最大のドキュメント・デリバリー組織BLDSCを長年運用してきたので,ドキュメント・デリバリー依頼件数が減少していることに関して危機感を覚えている。英国図書館にとってBLDSCは存続させなければならない存在であり,それゆえ利用者層の開拓という発想が生まれたのだと思われる。一方,米国研究図書館協会はドキュメント・デリバリーの依頼件数が減っていないことから,現在の大学図書館間協力の体制で乗り切れるだろうという見通しを示している。興味深いのはSUBITOで,電子ジャーナルサービスが拡大しているこの状況下で,あえて集中型のドキュメント・デリバリー組織を設立し,法整備を含め,正面から電子デリバリーを中心としたサービスに乗り出した。


 英国図書館,米国研究図書館,SUBITOそれぞれのドキュメント・デリバリー・システムの特徴は以下のように捉えることができる。