E2373 – 第31回保存フォーラム:戦略的「保存容器」の使い方<報告>

カレントアウェアネス-E

No.411 2021.04.22

 

 E2373

第31回保存フォーラム:戦略的「保存容器」の使い方<報告>

収集書誌部資料保存課・加山菜穂子(かやまなほこ)

 

   2020年12月16日から2021年1月15日まで,国立国会図書館(NDL)は,第31回保存フォーラム「戦略的「保存容器」の使い方―さまざまなカタチで資料を護る―」を開催した。保存フォーラムは,図書館等における資料保存に関する知識の共有,実務的な情報交換を意図した場である(E2236ほか参照)。今年は新型コロナウイルス感染症感染防止のため,オンライン会議ツールWebex Eventsを利用した参加登録者限定のオンライン動画配信という形で開催し,302人の参加があった。

   保存容器は,さまざまな外的要因から資料を保護する基本的かつ簡便な保存技術である。保存容器の原点,開発と普及,活用事例の報告から保存容器の用途や効能を知り,今後の備えとすることを今回のフォーラムの目的とした。

   以下,報告内容と事前に寄せられた質問に答えた質疑応答の一部を紹介する。

●報告1「正倉院文書の保存環境―保存容器を中心に」(宮内庁正倉院事務所保存課保存科学室員・髙畑誠氏)

   髙畑氏は,正倉院宝物の中でも正倉院文書等の紙を素材とする宝物の保存環境および保存作業について説明した。保存容器としては,唐櫃,桐箱,アーカイバル容器を資料の形態や用途に応じて使い分けている。年1回実施する点検では,宝物の状態と保存環境を確認し,損傷している保存容器の修繕・交換を行う。宝物そのものを納める保存容器,それらを納める建物,開封に天皇の許可を必要とする勅封という管理方式により保存環境の変動が抑えられたことに加え,建物や保存容器の点検・修繕が行われてきたことが正倉院宝物の劣化の抑制につながっていると強調した。

   質疑応答では,唐櫃,桐箱,アーカイバル容器の使い分け,およびアーカイバル容器導入の契機について尋ねるものがあった。現在主に使用しているのは桐箱で,唐櫃は役割のウェイトが減ってきてはいるが染織品や整理の済んでいない宝物を収める用途で使われていること,アーカイバル容器は染織品の模造を作製した際に,桐箱より重さと価格を抑えられるため導入したと回答した。

●報告2「近代容器の起源と「防ぐ」保存の発展」(資料保存コンサルタント,専門図書館協議会顧問・安江明夫氏)

   安江氏は,資料保存における近代的な保存容器受容の二つの流れを概説した。1966年のイタリア・フィレンツェの水害被災資料の修復プロジェクト(CA1680参照)に端を発する「マス・コンサベーション」の考え方の登場と平時の資料保存への応用,資料の劣化抑制策としての近代的な保存容器の開発と段階的保存の一環としての位置付けが第一の流れである。そして,「IFLA資料保存の原則」(1979年)で提唱された「治すより防ぐ」考えに基づく究極の手段としての保存容器の位置付けが第二の流れであるとした。容器収納を含む「防ぐ」が肝心であり,そこに資料保存策の重点を置き,体系的,計画的に蔵書保存に取り組むことが重要であるとまとめた。

   質疑応答では,貴重図書を収納する場合,伝統的な帙と近代的な中性紙保存箱とのどちらが望ましいかとの問いが寄せられた。安江氏は正解がある問いではないと前置きし,比較の際のポイントとして,素材,コスト,美観の3点を挙げた。また,保存容器に入れた場合の注意点に関する質問に対しては,定期的な点検と記録保持の重要性を指摘した。

●報告3「保存容器さまざま : 資料移転のために作成した保存容器について」(九州大学附属図書館収書整理課長・山口良子氏)

   山口氏は,2018年に開館した新中央図書館(E2104参照)への移転作業の際に資料輸送用に作成した保存容器の例を,年度順,資料形態別に作成時の工夫などを交えて提示した。マイクロ資料を収める保存箱や掛図や軸物の移転に使用した筒箱・伸縮式筒箱は,組み立て納品ではコストがかかり納品後に保管場所が必要になることから,未組み立ての状態で納品してもらい,職員で組み立て作業を行った。また,貴重書の採寸作業では資料の寸法を正確に測る計測器の役割を補うために,ブックトラックの持ち手部分や市販のノギスを利用した。

   質疑応答では実務的な質問が寄せられた。保存容器作成上の注意点を問う質問に対しては,最大寸法を丁寧に採寸すること,採寸時に資料に負荷がかからないようにすることを回答した。予算上の制約で中性紙製の保存容器を入手できない場合の代用品について助言を求める質問に対しては,移転時に中性紙封筒が不足し,市販の封筒をpHチェックペンで確認して利用した経験を参考に話した。移転後は徐々に中性紙封筒への入れ替えを行っているという。

●報告4「国立国会図書館の保存容器」(収集書誌部資料保存課洋装本保存係長・関さやか)

   関からは,NDLにおける資料保存のための保存箱導入の経緯,NDLで活用している各種の保存容器,資料保存課で作製している保存箱の作製手順の3点について紹介した。また,令和元年東日本台風で被災した川崎市市民ミュージアムのレスキュー作業では,保存箱に収納された資料群は水浸しになりながらも資料の形状を保っており,災害時における保存容器の保護機能の有効性を痛感した経験にも触れた。図書館における保存容器は「利用のための保存」の手段であり,利便性にも留意する必要があることを強調した。

   質疑応答では,報告3と同様に保存容器作製上の注意点を問う質問に回答した。山口氏の回答に付け加えて,資料に安全な材料を使用することを挙げた。また,安定しない環境下における長期保存のための保存容器の有効性を問う質問に対しては,長期保存を考えるのであれば保管場所の環境改善を推奨すると回答した。

   報告資料,視聴後のアンケートで寄せられた質問への回答はNDLのウェブサイトで公開している。

付記:
   報告2をご講演いただきました安江明夫氏が,2021年1月29日に逝去されました。本フォーラムでご講演いただきましたことに深く感謝し,謹んで哀悼の意を表します。

Ref:
“第31回保存フォーラム”. 国立国会図書館.
https://www.ndl.go.jp/jp/event/events/preservationforum31.html
大村武史. 九州大学中央図書館グランドオープン. カレントアウェアネス-E, 2019, (363), E2104.
https://current.ndl.go.jp/e2104
小野智仁. 第30回保存フォーラム「収蔵資料の防災」<報告>. カレントアウェアネス-E, 2020, (386), E2236.
https://current.ndl.go.jp/e2236
吉川也志保. 図書館における紙資料の実物保存. カレントアウェアネス. 2008, (298), CA1680, p. 21-26.
https://doi.org/10.11501/286978