E2102 – ぶどう・ワイン王国を支える専門図書館:甲州市立勝沼図書館

カレントアウェアネス-E

No.363 2019.02.14

 

 E2102

 ぶどう・ワイン王国を支える専門図書館:甲州市立勝沼図書館

 

●歴史深い土地の図書館

 一面のぶどう畑となだらかに広がる扇状地。甲州市立勝沼図書館(山梨県)が建つこの場所は,かの名将・武田信玄と同じ「甲斐源氏」の流れをくむ「岩崎氏」「勝沼氏」が館を構えた土地でもあり,甲州街道の宿場町「勝沼宿」として栄えた。山梨県固有種である「甲州ぶどう」が大陸より伝わり,生育していることが発見されたのもこの勝沼である。明治には村の青年,高野正誠・土屋龍憲の2人が県令の命を受けてワインの醸造を学ぶためフランスへと旅立ち,現在まで「ぶどうとワイン」の歴史が続く場所である。なお,甲州ぶどうの発祥については「大善寺のぶどう伝説」と「雨宮勘解由(かげゆ)伝説」の二種類がある。

 23年前の1996年11月,合併前の勝沼町に「ぶどうの国資料館」として設立された勝沼図書館は,当初より「地域に根差した図書館であろう」とのコンセプトのもと,地域の基幹産業である「ぶどう・ワイン」の資料収集・提供・保存を掲げた。開館前にはぶどう栽培が盛んでワイナリーの密集地でもある土地柄から,地域住民にも,眠っている古い資料の提供を呼び掛け,様々な古書店へも出向いて収集を行った。そして1998年,勝沼にとって「ぶどう伝来(大善寺伝説の718年から)1280年 ワイン(高野・土屋渡仏から)120年」という記念の年に,年ごとにテーマを変えて現在まで続く「ぶどうとワインの資料展」を開始した。実はこの資料展の裏テーマは「地域再発見」である。地域資源「ぶどう・ワイン」を軸に,繋がり,広がっていく人々や地域,産業や時代のニーズ,歴史の中で先人が残した文化と次世代への継承などを知ってもらうことで,もう一度地域を見直す・誇りを持ってもらうことを意識しながら,今日まで行ってきた。この長年の取組が評価され,Library of the Year 2018大賞・オーディエンス賞を受賞した。「当たり前」として継続してきた実践が評価されたことは,勝沼図書館に携わった全ての方々のおかげだと感謝している。

●「ぶどうとワインの資料展」は多様なテーマ

 資料展のスタート時は手探りであったため,文芸資料・郷土資料,新聞記事などからテーマを見つけて展示を行ったが,近年日本ワインの注目度やその年の新しい情報をキャッチするため,スタッフが取材へと出向くようになった。象徴的だったのは,9軒のぶどう農家から畑の土を採取させてもらった,いわゆる「テロワール(生育環境)」を扱った資料展である。同品種でも栽培方法に違いがあること,土壌の違いなどを聞き取りと調査で行い,まとめたパネルと関連書籍・資料を並べ展示を行った。ぶどう・ワイン関連図書はもちろん,自館の所蔵資料を幅広く知ってもらえることも意図して展示を行っている。現在も「甲州ワインとルーツ」「ぶどう伝搬と現在の新種」「地元でワイン文化を繋ぐ人々」など,テーマには事欠かない。取材対象はワイナリー,ぶどう農家,ワインツーリズム,世界のワインのルーツとされるジョージアの在日大使館など様々であり,時事に合わせ,多種多様に広がっている。ただ,気を付けなければならないのは一般目線を忘れないことだろう。専門資料展は,好きな人には大変喜んでいただけるが,そうではない方にはなかなか受け入れてもらえない。我々は本のエキスパートであってワインのエキスパートではないので,興味の入り口となるよう心掛けている。その一方で連動企画として講演会・ワークショップを開催し,よりそのテーマを深く広く知ってもらう機会も設けている。現在では市役所内各課,勝沼ワイン協会,県のワインセンターなどと協力体制を組み,新たな試みも準備している真っ最中である。

●近すぎて見えない,当たり前の日常

 7年前取材を行う中で,ワイナリーや農家からよく聞いた言葉が「地元の人ほどワインを飲んでくれない」だった。正直驚いた。ブルゴーニュに引けを取らない景観・観光資源・産業・文化財が,これほど揃っている環境は珍しい。しかし,「身近にあればあるほど,大切なものは見えない」のかもしれない。図書館として膨大な資料を見てもらうだけではなく,味を知ってもらう必要があると思い,近所に住んでいても普段は聞かないであろう醸造家の話を聞き,合わせて試飲をするイベントを考えた。話をするのは普段使っている図書館カウンター。その日だけはバーカウンターへと変身する。5年続いているこの企画は今では目玉イベントになった。また,職業としての農家・醸造家などの話を子どもへ繋いでいく活動も行っている。専門資料の少ない児童用資料を紙芝居として作成し,「甲州ワインのつくり方」「ぶどうの1年」として出張授業などでも披露させてもらっている。子どもが大人になったとき,図書館の資料を見ながら新品種を考えたり,より栽培しやすい方法を見つけたりすることに繋げる,担い手を育てていける活動でもある。

●専門性の高い図書館

 もちろん「ぶどうとワイン」の蔵書数は公立図書館として国内一の規模である。蔵書約13万点中,約3万点が該当資料となる。コーナーには独自分類を設けることにより,利用者にとって見やすいよう努めている。ただそれだけではなく,開館時より続けてきた「ぶどう 県内・県外」「ワイン 県内・県外」の4種に分かれた新聞のクリッピング資料や市内30社分の各ワイナリーファイルは,この先更に貴重な資料となっていくだろう。また,貴重資料のデジタル公開などを進めていき,唯一無二の存在を目指したい。

 23歳というまだまだ若い図書館ではあるが,地域の知の拠点として「地域の根っこ」を支える図書館になるため,進化を止めない勝沼図書館でありたい。

甲州市立勝沼図書館・古屋美智留

Ref:
https://www.city.koshu.yamanashi.jp/shisei/oshirase/detail/甲州市立勝沼図書館2018年度日本一に輝きました!
https://www.iri-net.org/wp-content/uploads/b37e755bca23abf46982219e6d052fa6.pdf
http://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I027961018-00