E2075 – IFLAの拡大集中許諾制度(ECL)に関する報告書

カレントアウェアネス-E

No.357 2018.11.08

 

 E2075

IFLAの拡大集中許諾制度(ECL)に関する報告書

 

    2018年8月,国際図書館連盟(IFLA)は,拡大集中許諾制度(Extended Collective Licensing:ECL)に関する報告書(background paper,以下「本報告書」)を公開した。本報告書では,ECLが世界的に評価を得ていると指摘し,カナダ・中国・フランス・ドイツ・英国・米国・ノルウェー・スウェーデンの事例とともに,以下のようにその長所や課題を紹介している。カナダや米国の仕組みは,厳密にはECLではないが,参考になるとして含められている。

●ECLの長所
    ECLは「拡大」という点が特色である。利用者や利用者団体と集中管理団体の間で,利用許諾に関する契約を締結し,その効果を集中管理団体(Collective Management Organizations:CMOs)の構成員でない著作権者にも拡大するものである。原則として,著作権者の意思に反しない限り(オプトアウトしない限り),許諾の対象として管理できる。

    作者や著作権者にとって,CMOsに任せることは,費用対効果の優れた解決方法である。利用者(図書館,教育機関,アーカイブ機関も含む)にとっても,権利処理を単一のCMOsに支払うことで済ませることができる長所がある。契約条項の範囲内にある限り,侵害訴訟で訴えられることはない等の,法的な確実性が原則として保証される。

    ECLは,処理対象となる資料に多くの著作権者,多くの作品,多くの用途がある場合や,個別の利用許諾交渉が現実的でない場合等,「大規模で具体的な用途がある場合」に最も適している。

●ECLとE&Ls
    公共図書館にとって,著作権に関する例外および制限規定(Exceptions and Limitations:E&Ls)は,公益を果たすための重要な手段であり,推奨される。欧州連合(EU)の孤児著作物指令に基づく大規模なデジタル化プロジェクトでは,E&Lsが解決策として選択された。E&Lsは,一般的に金銭的な負担が少なく,CMOs等の仲介者が不要な方法である。他方,ECLは,手続きが簡素で分かりやすく,法的な安定性に優れる方法である。E&Lsを用いて解決しにくい問題に,ECLを用いることが望ましい。両者の解決方法をどのように組み合わせるかは,個々に議論される必要がある。
 
●ECLの導入に関する課題および対策
    ECLの長所を評価する際は,CMOsが提供する利用許諾や契約の種類が,実際にどのような機能を果たしているかを検討する必要がある。各国が導入したECLには,当然ながら,様々な課題も生じている。

    本報告書では,あわせて,教育機関や文化遺産機関における権利処理としてECLが有用なものとなるための条件も挙げられている。ECLの様々な課題とそのための対策は,それぞれが別の項目で挙げられているが,対応関係が見られそうである。以下は,筆者が関連すると思う事項を並べたものである。

(課題)パブリックドメイン・オープンアクセスや非商用の作品にも,利用料が徴収される。以前は例外規定で無償だった作品が,ECLの導入により,有償にされる。
(対策)ECLは,パブリックドメイン等の作品を対象としないようにする。

(課題)大規模デジタル化や教育目的等で,ECLの利用許諾が提供されない。
(対策)CMOsは,図書館や文化遺産機関向けに,法的な不確実性を取り除くための利用許諾を提供する。また,図書館等は,ECLの利用を義務付けられず,著作権者と個別に交渉することができるようにする。

(課題)利用方法や利用料を,一定期間ごとに,再合意しなければならない。
(対策)大規模デジタル化プロジェクトが有意義な事業となるよう,十分な期間を提供する仕組みとする。

(課題)不適切な運営と透明性の欠如により,ECLが信頼されない。
(対策)第三者による著作権の集中管理を,理解・評価する文化を涵養する。CMOsは,当該分野の権利者の代表としてふさわしく運営されるよう,独占的地位を与えられていても,適切な管理と高い透明性を担保するようにする。図書館の運営資金は公共のものなので,CMOsはデジタル化資料へのアクセス拡大という結果が求められる。

(課題)利害関係者に,ECLに関する十分な情報や法的知識がなく,不利な交渉をせざるを得ない。
(対策)公正な合意のために,すべての当事者に,同じ情報と十分な法的知識が与えられるようにする。

(課題)新しい利用方法に係る支払方法への変更ができない。
(対策)利用方法の柔軟性を有する支払方法を構築する。

(課題)権利者のオプトアウトにより,公開のための努力が無駄になる。
(対策)オプトアウトは認められるべきだが,一定の条件のもとで,図書館が支払い済みの補償金をCMOsから返還されるようにする。

   また,国際的なECLがないという課題については,直接的な対策は記載されていないようであるが,「地域の状況によっては,著作権者との個別契約もしくは法律の改正がもっとも有効かもしれない」という記述が,一つの回答になると思われる。

●日本の現状と本報告書
   日本では,ECLは導入されていないが,図書館やアーカイブ機関にとって,孤児著作物等の権利処理は極めて大きい問題である。文化庁長官の裁定により利用を認める裁定制度が運用改善を重ねているものの(E1785CA1873参照),大量の権利処理を行う場合には,限界がある。ECLは解決策の一つと見られており,文化庁は「拡大集中許諾制度に関する調査研究報告書」(2017年3月)をまとめ,導入における具体的な課題について調査を進めているが,ECL導入には立法措置を要する。

   本報告書は,各国の実装を横断的に分析した上で,長所と課題を抽出している。アーカイブ機関におけるECLの問題点等,興味深い内容が多数紹介されている。今後,日本で立法化が進められる際に,図書館やアーカイブ機関の立場から,有効な実装を検討する必要がある。本報告書には,そのための材料が豊富に含まれている。

電子情報部電子情報サービス課・井上奈智

Ref:
https://www.ifla.org/node/62331
https://www.ifla.org/files/assets/clm/ecl_background_paper.pdf
http://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/chosakuken/pdf/h29_kakudai_kyodaku_hokokusho.pdf
E1785
CA1873