E1733 – 「学術情報のあり方:人社系の研究評価を中心に」<報告>

カレントアウェアネス-E

No.292 2015.11.12

 

 E1733

「学術情報のあり方:人社系の研究評価を中心に」<報告>

 

 2015年9月30日,国立情報学研究所において第1回SPARC Japanセミナー2015「学術情報のあり方:人社系の研究評価を中心に」が開催された。人文社会科学系分野(以下人社系)のあり方が問われる背景には,その研究成果をいかに評価するかという問題がある。本セミナーは5件の講演とパネルディスカッションで構成され,人社系の評価のあり方と大学および図書館の役割について活発な議論が交わされた。

 まず駒井章治氏(奈良先端科学技術大学院大学)から開会挨拶として,人社系の研究を取り巻く厳しい状況の説明があった。日本経済の悪化に伴い,研究においても利潤や技術革新につながる成果を出すことが国から求められている。大学においても18歳人口の減少や世界大学ランキングでの評価の可視化によるプレッシャーも加わり,学内外で人社系研究の意義が問い直されている。だからこそ今回は多様な研究とその評価のあり方を考えたい,という問いかけでセミナーの幕が開けた。

 続いて中尾央氏(山口大学)から「評価以前の問題:人文学・社会科学とは何なのか」と題し,そもそも「人社系」とされる学問は,実は多様なものであり,「一括り」にできるものではないという発表があった。学問のあり方に沿った多様な評価軸が必要であるという問題は,人社系だけでなく自然科学系にも共通しており,分野を超えて問題意識を共有すべきだといえる。その第一歩として,研究者は評価を他人任せにせず,どう評価してほしいのか自らが積極的に声を上げていくべきだという提言があった。

 野村康氏(名古屋大学)の「社会科学の研究評価に求められる多面性: 政治学と環境学の観点から」では,社会科学系研究は社会的課題の解決に貢献することが求められているのだから,アウトリーチへの貢献も評価されるべきだという提言があった。定量的な評価で論文数や被引用数が重視されていることで,論文数を増やしやすい計量的分析を用いる研究への偏りを生んだり,難解な社会的課題に取り組む研究者が少なくなったりするという現在の評価のあり方の負の側面も指摘された。

 永崎研宣氏(人文情報学研究所)は「人文系の研究評価はどこを目指すのか?」と題し,人文系の学界,大学の人事,世界大学ランキングのそれぞれで研究成果の評価基準が異なっている現状を提示した。例えば日本の古典籍の研究論文を日本語で執筆しても,世界大学ランキングでは評価されない。また古典の翻刻や目録作成など,研究成果とは認められにくいが分野の発展に欠かせない仕事もある。こうした人文系の特徴を踏まえて定性的な評価方法を模索するとともに,J-STAGE,CiNii Articles,researchmapなどを活用して,定量化できるものはそのようにするべきだという課題が示された。

 中村征樹氏(大阪大学)の「責任ある研究活動の推進と研究評価」では,研究者の「公正に待遇されていない」という認識が好ましくない研究行為を助長するのではないかという指摘があった。新しいことを次々に生み出していくことが偏重され,すでに生み出された知識をチェックしていくことが軽視される風潮がある。だからこそ再現実験,追試,データの共有,研究プロトコルの公表などを評価することで,質の高い研究を担保する評価システムを構築することが必要であると述べられた。

 最後に佐藤郁哉氏(一橋大学)から「英国における研究評価制度と人文社会系の学術研究」と題した発表があった。英国では研究助成機関によって,Research Excellence Framework(REF)という研究評価が膨大な人員と時間を費やして定期的に行われている。結果として大学間の競争が生み出され,研究の質・量が向上したと英国政府は主張している。しかし,競争の過熱によって論文の質より量が重視されたり,評価されやすい分野に偏って研究の多様性が損なわれたり,教育が軽視されたりするという負の結果も指摘されている。日本でも,評価が自己目的化することのないよう,評価の目的を明確化し,評価の目的と手段をすり合わせることが重要だという提言があった。

 各講演を踏まえたパネルディスカッションでは「大学,大学図書館の役割,可能性」という観点から,人社系の研究評価について様々な意見が交わされた。パネリストの竹内比呂也氏(千葉大学)から,自然科学系では,定性的評価の近似値となることが了解されているからこそ定量的評価が行われているという発言があった。人社系は量に還元されにくいものを評価してきたはずだが,それが研究者以外から見えにくいことが,人社系の評価に対する疑いを生んでいる。その反省を踏まえ,人社系においても定性的評価の近似値となるような定量的評価を実現すべきだという議論がなされた。

 人社系の多様性を反映した定量的評価を実現するには,評価基準の策定はもちろん,評価のためのインフラ整備の面でも課題が山積している。そもそも人社系の学術雑誌には電子化されていないものが多いため,論文数の測定などの基幹的な部分すら不十分であるのに多様な評価が可能なのか,という厳しい指摘もあった。本セミナーは,人社系の研究評価における現状と問題点を浮き彫りにし,研究に関わる者ひとりひとりが「何のための評価か」「何を評価してほしいのか」を問い直していく必要性を強く意識する機会となったといえる。

一橋大学附属図書館・近藤久美子

Ref:
https://www.nii.ac.jp/sparc/event/2015/20150930.html
https://www.nii.ac.jp/sparc/event/2015/pdf/20150930_flyer.pdf
http://www.ref.ac.uk/about/
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