E1699 – 米国著作権局による孤児著作物と大規模デジタル化の報告書

カレントアウェアネス-E

No.286 2015.08.06

 

 E1699

米国著作権局による孤児著作物と大規模デジタル化の報告書

 

 2015年6月4日に米国議会図書館内に置かれている米国著作権局(以下著作権局)が“Orphan Works and Mass Digitization: A Report of the Register of Copyrights”(以下報告書)を公開した。この報告書において著作権局は,孤児著作物と大規模デジタル化について,著作権者調査や交渉のための情報が不足していることや,著作権者と利用者の間で交渉が必要になった場合の手続きが非効率的であるといった課題があると指摘している。これらの問題に対処することで,過去の作品を利用可能とし,新たな創造や学習への活用といった機会を広く提供することができるとしている。著作権局は過去にもパブリックコメントの募集や孤児著作物,大規模デジタル化を対象とした報告書の公表,ラウンドテーブルの開催等を通じて,孤児著作物及び大規模デジタル化に関する問題点を取り上げてきた。今回の報告書はこれらの内容を引き継ぐものとなっている。

 第1部では米国の著作権にまつわる問題の概要と背景を扱っている。まず,著作権局が2006年と2011年に発表した孤児著作物と大規模デジタル化に関する報告書について紹介されている。その後,著作権局が孤児著作物と大規模デジタル化を課題として位置付けた契機でもある,2004年に始まったGoogleブックス,2011年に始まったHathiTrust,それぞれの一連の訴訟(E1162CA1702E1217E1586参照)やその法的な経緯について整理している。また,EUの孤児著作物指令(CA1771参照),日本の文化庁長官による裁定制度等,諸外国の著作権の状況についても簡潔に説明している。

 第2部では孤児著作物の利用円滑化のための方策について述べている。今回の報告書では,従来の“Shawn Bentley Orphan Works Act of 2008”とフェアユース(T5参照)以外の選択肢として,フェアユースと対立せず,法的安定性を有するという点から,「有限責任」(limited liability)モデルを適切なアプローチとして提案している。

 著作権局が提案する「有限責任」モデルの一部を紹介すると,以下の通りである。

  • 入念な調査(diligent search)を行ったにもかかわらず,著作権者が判明しなかったことを証明した利用者に対して,損害賠償に制限を設ける。
  • 著作権調査のための環境整備を行い,著作権者が見つかった際の合理的な補償や差し止め請求の枠組みを設ける。
  • 著作権侵害が判明した際にすぐに利用を中止するという条件下では,非営利,教育的,宗教的,または慈善目的をもつ,教育機関,博物館,図書館,公文書館,または公共放送は過去の使用のための損害賠償を支払うことを避けることができる。また,利用を中止しない場合には,補償について著作権者と交渉することも可能である。

 第3部では,大規模デジタル化を行うための制度設計をとり扱っており,著作権者と利用者との交渉の煩雑さを軽減するために拡大集中許諾(Extended Collective Licensing:ECL)制度(CA1771参照)を推奨している。著作権局はこのECL制度を検討するために,議会にパイロットプログラム作成を請求している。

 ECL制度は著作権局が認定した著作権の集中管理機関を設け,個別の著作権者との交渉なしに著作物の利用を可能にするという仕組みである。ECL制度でも著作権者は権利管理団体に対してライセンスの付与権限やオプトアウトの権利を保持しており,また権利管理団体は権利者を調査し,一定期間内の使用料の徴収と分配,権利者不明時の処分にも対応しなければならない。米国ではECL制度の例は少なく,管理負担の大きさから課題があるとしている。

 パイロットプログラムとしては,(1)文学作品,(2)文学作品の挿絵としてのイラストや図,またはイラストや図に類似するものとして公表された写真または絵画作品,(3)写真を対象としたものが提案されている。

 この他,非営利かつ教育的または研究目的の場合に利用可能なライセンスを設ける案も述べられている。

 最後に,利用者には法的安定性を,著作者には信頼性の高い補償制度を確立し,よりよい著作権制度を作り上げていくことで,孤児著作物の問題や大規模デジタル化の処理の煩雑さに対処し,世の中から長い間忘れられている多くの作品を公共の利益のために利用可能にすることができると著作権局は結論付けている。

 今回の報告書の内容は,北欧や英国で採用されているECL制度の導入やEUの孤児著作物指令のような非営利の教育機関,博物館,図書館,公文書館等に対する措置等が提案されている。こういった世界の動向をおさえた米国の著作権制度が今後どうなるのか,動向が注目される。

調査及び立法考査局国会レファレンス課・松永しのぶ

Ref:
http://copyright.gov/newsnet/
http://copyright.gov/orphan/reports/orphan-works2015.pdf
http://www.loc.gov/today/pr/2011/11-204.html
http://www.copyright.gov/docs/massdigitization/
https://www.federalregister.gov/articles/2014/02/10/2014-02830/orphan-works-and-mass-digitization-request-for-additional-comments-and-announcement-of-public
E1162
E1217
E1586
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CA1702
CA1771
CA1838
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