E1698 – 日本における「アクセスの再定義」<報告>

カレントアウェアネス-E

No.286 2015.08.06

 

 E1698

日本における「アクセスの再定義」<報告>

 

  2015年6月13日,明治学院大学にてシンポジウム「アクセスの再定義―日本におけるアクセス,アーカイブ,著作権をめぐる諸問題―」が開催された。これは,ローランド・ドメーニグ氏(明治学院大学)とアレクサンダー・ザルテン氏(ハーバード大学)の呼びかけにより開催されたもので,今日の活字,映像,オーディオ媒体へのアクセスの増大と,それを管理しコントロールするアーカイブや著作権のあり方を議論する場となった。シンポジウムには研究者,図書館員,弁護士といった異なる業界の関係者が集い,それぞれの立場から現状の問題や今後の課題を提示した。主催者によれば,当初このシンポジウムは2016年に米国で開催する予定であったが,日本における著作権問題を大きく左右すると考えられるTPPの交渉がまさに進行中という状況において,急遽先に日本での開催を決定したということである。こうしたアクチュアルな問題をめぐって,シンポジウムはアーカイブの実践,アクセスの理論,今後の展望という三つのテーマのパネルから行われた。以下パネルごとに報告する。

◯パネル1「アクセス否定? 日本におけるアーカイブ・アクセス・著作権文化との経験・実践」

 主に図書館員,アーカイブ担当者が今日実践する中で直面している問題について話し合われた。森川嘉一郎氏(明治大学)からは,コミックマーケットを例に二次創作も含めた莫大な量の同人誌をどのように収集・保存するかという問題が提起され,現在明治大学で構想されている東京国際マンガ図書館が紹介された。また,国内のアーカイブをめぐる問題については,柳与志夫氏(東京文化資源会議)からアーカイブの現状と制度的対応の必要性について説明があり,大場利康氏(国立国会図書館)からは,図書館資料のデジタル化の作業,システム構築,著作権処理をめぐるコストや活用の問題が提示された。一方,国外で日本の資料を扱う立場から,マクヴェイ山田久仁子氏(ハーバード・イェンチン図書館,北米日本研究資料調整協議会)は,米国の大学で教材として使う日本の映像資料の問題として,DVDの記録媒体としての寿命の短さ,英語字幕が無いこと,著作権による使用の制限などを指摘した。

◯パネル2「アクセスの理論―所有権の問題」

 主に研究者の立場からアクセスの概念に関する議論が行われた。北野圭介氏(立命館大学)は,今日ユーザーが利用する媒体がインターネットの検索エンジンからスマートフォンのアプリケーションに移っていることを指摘し,これまでのコンテンツに代わって著作権の定義が曖昧なプラットフォームが基盤となることで,ユーザーに対する制御のあり方も変わることを指摘した。続いてイアン・コンドリー氏(マサチューセッツ工科大学)は,今日の著作権はゾンビかサイボーグかという刺激的な命題を掲げ,ファンコミュニティによる創作を許容することで成功した「初音ミク」(音声合成ソフトから登場したキャラクター)を挙げながら,ネットワークとの共生の重要性を論じた。最後に上崎千氏(慶應義塾大学アート・センター)は,1962年に草月アートセンターが開催したオノ・ヨーコ展のモヤシを貼付けた案内状を誰の作品にするかという事例から,集団的表現に関わる資料をアーカイブで保存する際の問題について説明した。

◯パネル3「アクセスの未来における可能性」

 主に著作権をめぐる法制度の未来,アーカイブ設立に関する問題が話し合われた。まず弁護士の福井健策氏からは,現在交渉中のTPP知的財産条項の内容と,妥結された場合に想定される影響について説明があった。特に著作権保護期間の延長による青空文庫などの著作権が切れた作品を扱うデジタルアーカイブへの影響や,著作権侵害の非親告罪化が導入されることによって懸念されるパロディ,二次創作などの表現活動の萎縮が問題として挙げられ,日本側からの交渉の必要性が強調された。また植野淳子氏(株式会社アーイメージ)からは,日本におけるアニメーションアーカイブス設立に向けた構想が紹介され,小塚荘一郎氏(学習院大学)は,アクセスのコントロールと産業構造の関係について説明し,著作権に加えてプライバシーの問題を指摘した。

 各パネルの質疑応答やクロージングディスカッションから浮き彫りになったのは,単一の主体に権利を帰すことが困難な今日のネットワーク型の表現やそれに対するアクセスに関して,発信者,管理者,受容者の境界にとらわれないリテラシーが必要とされていることである。その意味で,今回異なる分野の関係者が共通の場で議論した意義は大きい。また,TPP交渉に象徴されるように,今日のアクセスの問題が国境を超えるものである以上,こうした議論も国内にとどめるべきではない。来年ハーバード大学で開催予定のシンポジウムも含めて,今回のこうした議論が国外での議論とも連動していくことを期待したい。

明治学院大学言語文化研究所・仁井田千絵

Ref:
http://www.meijigakuin.ac.jp/event/archive/2015/2015-05-14-1.html
https://www.meiji.ac.jp/manga/
http://dl.ndl.go.jp/
http://post.at.moma.org/content_items/173/
http://thinktppip.jp/