E1588 – 労働者階級女性の図書館利用:ハダスフィールドの事例から

カレントアウェアネス-E

No.263 2014.07.24

 

 E1588

労働者階級女性の図書館利用:ハダスフィールドの事例から

 

 Teresa Gerrard and Alexis Weedon. Working-Class Women’s Education inHuddersfield: A Case Study of the Female Educational Institute Library, 1856-1857. Information & Culture: A Journal of History. 2014, p.234-264.

 本論文は,これまで読書史において看過されがちであった労働者階級女性の読書傾向について,ヨークシャー州ハダスフィールドの女子教育機関(Female Educational Institute)付属図書館の記録をもとに考察したものである。

 ハダスフィールドは英国の中でも職業教育に率先して取り組んだ都市であり,本論文で扱われる女子教育機関は,当地の職工学校(Mechanics’ Institute,1825年創立)に対応するものとして1847年に設立された。職工学校の蔵書は他の図書館に比べてフィクションを多く含んでいたことが指摘されるが,同機関の付属図書館の蔵書もその例外ではない。図書館がフィクションや新聞を収集することは一般的に好まれないことであったが,労働者階級を対象とした施設の図書館の場合,漸次的に良質な文学へと導くためにはまず読書習慣をつけることを優先すべきであるため,それが好ましくない読み物であっても収集すべきと議論された。1858年の記録によれば,全572冊の蔵書中フィクションは126冊であり,貸出回数においても全貸出回数745回のうちフィクションの貸出は396回と5割以上を占めている。さらに当時の学生の45.8%が15歳以下の子女であったため,少年少女用の読み物や,マライア・エッジワース,エリザベス・ハミルトンなどの作品を含む「簡単な読み物(easy reads)」の収集が意識的に試みられ,例外としてゴールドスミス,デフォー,ストウ夫人の作品のような古典が収集されたことが指摘されている。また収集にあたって同時代の作品よりも18世紀の文学に重点が置かれたのは,予算を抑える必要上,版権の切れたものを多く収集する目的からであろうと著者らは推察している。

 本論文の後半で,著者らは個々の貸出記録を用いて個々の生徒の読書傾向を分析している。たとえば著者らは,比較的年長の読者が少年少女向けの読み物を借りる場合について,それが借り手本人の読書を目的とするものではなく,借り手の家族のためのものである可能性をも指摘する。貸出記録のような公的史料は,そこから借り手以外の人物によっても読まれたかどうかを見ることが困難であるという制約を持つ(E1521参照)が,ここで著者らは借り手の年齢など他の情報を補填することによってこの制約に挑み,出来る限り詳細な分析を試みている。また頻繁に借りられている本は女性作者によるものが圧倒的に多く,その中には少数ながら労働者階級女性の自伝的要素を含むものもあることが指摘されている。対して社会科学・統計・商業や,宗教などのジャンルの本は概して不人気であり,これは読者たちが自己陶冶や精神的な向上を目的に読書をしていたわけではないことを示すものであると述べられている。このように,中産階級を多く含む同機関の運営委員会の思惑と実際の利用とはしばしば食い違った。労働者階級女性が上からの読書指南に「反抗して」いたとする著者らの結論は少々極論であるかもしれないが,少なくともそうした指針に準拠せず,能動的に読書を楽しむ読者の姿が本論文においても描かれている。

 読書の楽しみが鮮明に記される私的史料に対し,公的史料は無味乾燥なものに見えがちであるが,その読み方には幾通りも可能性がある。さらに日々の読書を日記や回顧録といった形で記録に残す例の多い中産階級以上の階層の人々に対し,労働者階級の読書傾向はそれが記録に残りづらいことから,概して研究が困難であるとされてきた。本論文は私的史料が乏しい場合においても,公的史料を最大限に活用することによって史料的制約に挑戦しうる例を示した点で画期的であり,読書史研究のさらなる広がりを予感させるものであるといえる。

東京大学博士課程/トリニティ・カレッジ・ダブリン歴史学部博士課程・八谷舞

 

Ref:
https://www.hud.ac.uk/about/the-university/history-of-huddersfield/
E1521