CA958 – 統一ドイツにおける図書館学教育制度の再編 / 山岡規雄

カレントアウェアネス
No.180 1994.08.20


CA958

統一ドイツにおける図書館学教育制度の再編

東ドイツ国家の崩壊は,壁の背後に隠された東ドイツ社会の問題点を白日の下に曝した。図書館もその例外ではなかった。派手なイデオロギー宣伝とは対照的に,施設の破損,近代化の立ち遅れ,公共図書館の協力ネットワークの不備といった実情が明らかになった。

こうした問題点を解決するために,早い時期から東西間の交流が活発に行われ,様々な意見交換がなされた。その代表例として挙げられるのが,東西の行政担当者と図書館専門家によって構成された,「図書館制度に関する連邦・州によるワークグループ」の活動である。このワークグループは,旧東ドイツ地域の図書館の抱える課題について,分科会ごとに討議し,1992年11月の解散までにいくつかの勧告決議を発表している。その一部を紹介すると,公共図書館援助機関の設立,大学図書館における情報処理システムの導入,図書館法の制定,というような内容になっている。

改革すべき諸点の中でも,特に緊急性を要したのは,図書館学教育の分野であった。すなわち,東西間の教育制度の相違から生じる様々な不都合を回避する必要があったのである。

旧東ドイツの図書館学教育制度は三段階構造になっていた。まず第一に,図書館専門職員の養成のためのテューリンゲン図書館学校があり,その上に一般の公共図書館の司書の養成機関として,専門学校(大学ではない)がベルリンとライプツィヒにあり,より高度な司書能力の育成については,フンボルト大学の図書館学・学術情報学科が担当していた。旧西ドイツと比較して異なるのは,一般の司書養成のための教育が,旧西ドイツのように専門単科大学でではなく,専門学校で行われていたという点である。したがって,教育制度改革の焦点は,1)旧東ドイツの専門学校卒の資格をいかに旧西ドイツの制度の中に組み込むか検討すること,2)旧東ドイツ地域の大学に図書館学科を増設することの二点に向けられた。

まず第一点の問題に関していうと,l991年10月の文化大臣会議の決定に基づく各州の措置により,旧東ドイツの専門学校の卒業者は,1年の追加学習または3年の職業経験など,一定の条件を満たすことにより,専門単科大学の学位を取得できるようになった。また同時に,ベルリンとライプツィヒの専門学校の専門単科大学への格上げの措置もとられ,この件に関しては一応の決着がついた。

大学における図書館学科の増設については,ライプツィヒとポツダムでいち早く実現した。シュトゥットガルト図書館専門大学とバーデン・ヴュルテンベルク州政府の助力もあって,ライプツィヒ技術経済文化大学に,書物と博物館についてのコースが開設されることになった。ポツダムの専門単科大学における司書課程の設置に関しては,近くにベルリンという教育施設の充実した地域があるために,全国的なバランスから見て不適当との評価もある。一方ベルリンでは,フンボルト大学(東ベルリン)とベルリン自由大学(西ベルリン)との連携が検討され,結論としては両大学の図書館学科をフンボルト大学の下に一本化し,図書館学の基礎研究の中心地として,その機能の拡充を目指すこととなった。

以上のように,教育の分野においては改革が着実に進行している様子である。しかし,ドイツの図書館界を取り巻く状況は必ずしも明るいものばかりではない。特に経済不況の影響は深刻で,図書館の閉館,人員の削減,図書館施設への投資の減少といった事態を招いている。

統一ドイツへの人々の幻滅については,多くのニュース報道の伝えるところであるが,その失望の大半は,豊かな生活が実現しないという経済的な面での不満に由来するものであり,自由や民主主義といった価値観の否定にまで及ぶものではない。したがって,新しい価値観に立った社会の建設のための情報提供の場として,図書館は依然として重要な任務を負っているというべきであろう。事実ドイツにおける図書館の利用は,急速な増加傾向にあるという。総じて見るならば,ドイツの図書館界の将来の展望は意外に明るいもののように思われる。

山岡規雄(やまおかのりお)

Ref: Vodosek,Peter. Die Wiedervereinigung Deutschlands. Probleme und Konsequenzen fur Bibliothekswesen und bibliothekarische Ausbildung. Libri 44 (1) 1-13, 1994
Werner, Rosemarie. Berufs- und Ausbildungssituation in den neuen Bundeslandern. Bibliotheksdienst 26(10) 1525-1534, 1992