CA838 – ビリントン館長4年半の戦い / 千代正明

カレントアウェアネス
No.159 1992.11.20


CA838

ビリントン館長4年半の戦い

米国議会図書館(LC)の第二別館,マディソンビルの中庭から樹木が取り除かれ,噴水も消えた。代わりに150万ドルをかけたコンピュータ機器が並び,来館者がプログラムを楽しんでいる。スミソニアン研究所にあった「会話型情報技術公開実験室」(CA821参照)を,ビリントン館長がLC付属としたのである。彼はこの決定後すぐ,機器据付けのための費用として10万ドルを議会に要求した。しかし上下両院歳出小委員会のメンバーは,この施設がLCに必要であるということを納得せず,この申し入れを断った。彼はくじけず,議会が設置を認めてくれさえすれば,費用は自分で集めるとの再提案を行い議会の了承を得た。ビリントン館長を語るに,この出来事ほど相応しいことはない。

62歳の著名なスラブ研究家でウイルソン国際研究センター長であったビリントン氏が,レーガン大統領の指名により第13代LC館長に就任してから4年半が経過した。本稿はNational Journal3月21日号に主に拠ってまとめたビリントンのLC館長としての軌跡である。

米国最大の図書館の長として,彼は192年の伝統と9,800万の資料を持つLCを,新しい技術を通して国民に如何に利用しやすいものとするかに腐心してきた。彼の目的は,LCの巨大なコレクションと学校・図書館,将来は家庭までを結び付ける壮大な電子的ネットワークの構築である。彼はまたこの「壁なき図書館」を,米国における科学技術情報のクリアリング・ハウス,さらには国際学術センターとして位置付けようと考えてきた。

彼は就任早々,図書館人でないという一点において図書館界から一斉攻撃を浴びながらも,LCの機能を合理化するために大幅な機構改革を断行し,2,000人の配置替えを行った。またアメリカン・メモリー・プロジェクト(AMP:CA676参照)によりマルチメディアソフトを開発し,地方の学校や図書館がLC所蔵の歴史的文書に電子的にアクセスすることを可能とした。さらに他の図書館へ書誌情報を提供する「LCダイレクト」(CA787参照)と称するオンラインサービスも開始した。

しかしこれらの試みは,4,800名のLC職員及び全米116,000館の公共・研究・学術・専門図書館を代表する人々の抵抗に悩まされた。彼らはコンピュータ情報ネットワークが,図書館の伝統ある使命をないがしろにするのではないかと恐れた。また資料の保存,財政難,未整理資料等の懸案事項を解決しなければならない時に,新しい問題に着手するのをためらっていた。彼らはビリントンの行う新しいプログラムについて,それらが図書館よりも博物館か教育機関が行うのに相応しいと言う。例えばAMPも,試行の対象となった44の図書館・大学・小中学校での評判は上々であったが,学生がLCの伝統的な利用対象者ではないこと,電子形態で資料を得ることは予想以上にコストと時間がかかる等の理由で批判的である。1990-95の5か年のパイロットプロジェクトに約90万ドルが使われるが(50万ドル以上は私企業からの援助),この額はLCの年間の資料整理費を上回っている。書誌サービス軽視との批判が出てくるゆえんである。

彼らによればLCは,国立図書館としての権能と860名の職員を擁するCRSによる議会サービスだけでもやるべきことが山積しており,特に書誌サービス,図書館間貸出,目録,保存等の分野において,全米の図書館に対し,一年に約3億5千万ドル相当のサービスを提供しているという。その外にLCは米国著作権局,アメリカン・フォークライフ・センターを抱え,身障者への資料提供も行っている。彼らはビリントンの電子図書館構想が,こうしたサービスの予算を一層減少させてしまうと恐れているのである。

ビリントンはこうした疑問に対し,LCの主要なサービスのための資金で新しい仕事を始めるつもりはないと強調しながらも,「LCは増大する国民の要求に応えるために,そのサービスを拡大する義務がある。有料サービスもその一つで,LCの財政再建にも役立つ」と語る。「情報はガソリンと同じ資源である。LCは必要な人に水先案内的な援助を提供する機会と義務を持っている」と。

彼はPRの才能をマスコミの世界で遺憾なく発揮しながら,同時に彼自身LCの歩く広告となっている。特に彼のロシアについての専門知識は,ソ連邦が死の苦しみにあった昨年,常に注目の的であった。以来,彼の外交官的役割は雪だるま式に増えていった。こうした評判をバックにした議会やブッシュ政権との取り引きの技術は,彼の最大の長所と考えられ,図書館に素晴らしいリーダーシップをもたらしたと賞賛する声が強い。「彼が議会で図書館の必要性を語るとき,議員が耳を傾けている。これは恐ろしく重要なことなのだ」とカーレイ・ワシントン地域研究図書館協会会長は言う。

ところが彼の度重なるロシア・東欧行きの間,LCは困難な状況に直面していた。例えば,

*毎年77,000冊もの酸性紙の図書が粉々になっていくにもかかわらず,LCは実効ある脱酸化の計画を提示できないでいる(17年間に渡り数百万ドルをかけて研究してきたガスによる中性化は,危険で役に立たないことが証明された)。LCは今年,脱酸処理技術の完成を目指してシカゴのアクゾ・ケミカルを援助するために,375,000ドルを議会に要求した(CA780参照)。

*ビリントンの要求でなされた初の会計検査で,会計的な手続きや記録類の不備が指摘され,そのほとんどは訂正されつつあるが,原価計算方式及び所蔵資料の評価決定については今後改めていかなければならない。

*LCは所蔵資料の約三分の一に当たる3,600万点の未整理資料を抱えている。加えて毎日31,000点の新しい資料を受け入れ,そのうち約7,000点を保存している。ビリントンは1991会計年度に図書館予算を12%増加させた。また滞貨処理のために議会に700万ドルと164人の増員を要求した。今年彼は9.7%の増額を勝ち取ったが,10年にわたる財政削減の結果,職員は11%以上カットされている。「財政緊縮のおり,新規事業に手を拡げる前に,持っているものの有効利用を考えなければならない」とレイド上院議員歳出小委員会委員長は語る。

こうした中で特に議論となっているのは,特定の図書館サービスに有料制を導入しようとするビリントンの計画である。彼の要請で出されたベル両院合同図書館運営委員会委員長の法案は,文書の所在調査からコンピュータによるデータベース検索まで特別なサービスに料金を課するやり方を明記している。この法案に対しては,他の図書館や政府機関に先行する危険な試みであり,著作権法違反,民間セクターとの競合,公共図書館の終焉すらもたらすとの反対意見も強く,委員会は見直しのため同法案をLCに差し戻した。法案は修正の上,本年5月20日に上院に提出された。しかし,7月に行われた公聴会では,米国図書館協会,米国出版者協会,および情報産業協会の代表は,いずれも反対の意見陳述を行っている。

そうは言っても国の図書館予算の危機は料金に基づくサービスを不可避なものとしている。すでに全米で200から300の図書館が有料による情報サービスを行っていると言われる。ビリントンにとって新しいプログラムの実施と新しい財源の確保は,LCの生き残りを賭けた問題である。ビリントンは言う。「図書館が利用者にとって必須のものでないならば,基本的と言われるサービスさえも維持することはできない。生き残るために図書館人はダイナミックでなければならない」。

ビリントンが「ひたむきであり,意志強固である」故にこの戦いは,まだまだ続きそうである。

千代正明(ちよまさあき)

Ref: National Journal 1992.3.21
Library Journal 117 (14) 111, 1992.9.1
LC Inf Bull 51 (16) 351-367, 1992.8.10