CA726 – 2つの「ドイツ図書館」の統合 / 戸田典子

カレントアウェアネス
No.139 1991.03.20


CA726

2つの「ドイツ図書館」の統合

旧西ドイツ,フランクフルト・アム・マインのDeutsche Bibliothek,旧東ドイツ,ライプツィヒのDeutsche Buchereiは,共に「ドイツ図書館」と訳される。フランクフルトはDeutsche Bibliographie,ライプツィヒはDeutsche Nationalbibliographieという,似たタイトルをもつ全国書誌を出版してきた。西は東の,東は西の資料をも整理の対象としてきたため,当然作業は重複していた。

ライプツィヒの創立は1912年,翌1913年1月1日に目録作成を開始している。フランクフルトはドイツ分割後の1947年,ライプツィヒをモデルに創設された。1961年のベルリンの壁構築時には,ライプツィヒから大勢の館員が去り,フランクフルトに移った。そのためフランクフルトは当時「亡命者の図書館」とよばれ,ザクセン方言が「公用語」となった観さえあったという。

当初フランクフルトはあくまで暫定的なものとされていたが,ドイツ分割の固定化と共にドイツを代表する国際的情報センターとしての地位を固めた。すでに60年代初めにコンピュータを導入し,データベースを始め多様な情報を提供している。ライプツィヒは1979年にコンピュータ化を試みたが失敗,1945年以前の文献の豊富さを誇りながらも,書誌情報サービスでは大きく遅れをとっていた。フランクフルトが発売の6週間前に資料を入手し,CIP情報を提供しているのに対し,ライプツィヒは20万冊もの,整理を待つ滞貨を抱えている。

89年11月にベルリンの壁が崩れ,半年後の90年5月,西ドイツの内務大臣は書籍商組合幹部らと協議の後,フランクフルト,ライプツィヒの2ヵ所をいずれも維持したまま組織として統合し,「ドイツのナショナルライブラリー」を形成する構想を出した。この線に沿い,2つの図書館の館長は,「両館の統合に関するプラン」を発表した。これによれば,両館は各々の名称は保持したまま,さらに上位の共通名称を戴く。全国書誌は1991年からはフランクフルトで作成し,ライプツィヒは当面滞貨処理にあたる。今後は両館に各1部ずつ資料が納本される。

「プラン」作成過程では,立地をいずれか一ヵ所にまとめる案も検討された。しかしどちらに移すにせよ問題が多い,という結論となった。フランクフルトをライプツィヒヘ移せば,移転作業によって全国書誌サービスが10年は中断してしまう。フランクフルトの400万冊の蔵書をライプツィヒに収めるには,新築が必要となる。一方ライプツィヒ(蔵書900万冊)を移すのは,技術的には可能である。フランクフルトは現在すでに蔵書の60%を外部に保管している状態で,91年から95年にかけての新館建設が予定されている。これを拡充すればよい。しかし「心」の問題が残る。ドイツ人が「ナショナルライブラリー」という言葉から思うのはライプツィヒであって,フランクフルトではない。そして,経済的にも精神的にも崩壊に瀕している東ドイツから,国民的価値をもつ施設を奪ってしまってもよいのだろうか?

こうして立地は2ヵ所を維持することになった。90年8月31日調印の「ドイツ統一条約」に「ドイツ図書館法」の改正が盛り込まれ,「プラン」の通り,両館は各々の名称を保持し,共通名称は担当大臣が決める,とされた。共通名称としてはDeutsche Nationalbibliothekが有力である。2部納本も規定され,資料保存の観点から,出版界もこれを歓迎した。

両館の職務分担について,細かい点は未定である。各々の伝統に則り,ライプツィヒは書籍及び出版の研究部門に,フランクフルトは情報技術,コミュニケーション技術に重点を置く点は確認されている。出版社の立地によって将来は全国書誌作成を分担する,との声もある。いずれにしろ,ライプツィヒの技術革新が緊急の課題であろう。

ドイツの世論も,統合なくしては「ライプツィヒは偉大な過去をもつ州レベルの図書館に格落ちし,フランクフルトは過去のない情報センターになってしまう」とみている。2つの図書館のいずれも1つでは完全でなく,互いを必要としている以上,統合の将来は明るい。

戸田典子(とだのりこ)

Ref: Dialog mit Bibliotheken 2, 1990, 3 Rietzschel, Thomas. Die Deutsche Nationalbibliothek entsteht. Frankfurter Allgemeine. 1990. 8. 16
Sartorius, Peter. Im Labyrinth der gesammelten Worte. Suddeutsche Zeitung. 1990. 10. 5
Bundesgesetzblatt. 1990. Teil II. S. 913〜