CA642 – アメリカのベルヌ条約加入と著作権法 / 小林正

カレントアウェアネス
No.125 1990.01.20


CA642

アメリカのベルヌ条約加入と著作権法

アメリカ合衆国は1989年3月1日付でベルヌ条約に加入し,同時に,ベルヌ条約履行法(Berne Convention Implementation Act of 1988;ベルヌ条約をアメリカ国内で履行するための著作権法改正法)も施行された。アメリカは80番目のベルヌ条約加盟国となった。

アメリカのベルヌ条約加入への歩みは1920年代に始っており,その間,加入のための法案も何度か議会へ提出された。しかしながら,加入のためには,著作権法の根本的な改正が必要なため,その改正によって不利益を被る業界の圧力によって法案は阻止され,あるいは不十分な改正に留らざるを得なかった。それにもかかわらず,今回著作権法が改正され,ベルヌ条約加入が可能となった背景としては次のような点をあげることができよう。

まず第一には,アメリカの経済状態である。貿易赤字に悩むアメリカにとって,著作権を含む知的所有権は,今や重要な輸出品であり,知的所有権保護はアメリカの通商政策の重要な柱の一つとして組み込まれた。アメリカは既に万国著作権条約にも加盟しているが,保護のレベルの高いベルヌ条約への加入は,知的所有権保護に関して同国の立場をより強化することになる。

第二に,第一の点にも関連するが,ソフトウェア産業等,国内のみならず国際的な著作権保護に対して関心をもつ業界が増加したことである。コンピュータ・ソフトの盗用,ビデオ・カセットの無断複製等に対して,関連業界は危機感を募らせていた。

更に,アメリカのユネスコ脱退も,アメリカにベルヌ条約加入の必要性を痛感させた大きな理由の一つである。アメリカの加入している万国著作権条約はユネスコの管理下にあり,ユネスコからの脱退は,万国著作権条約への影響力を低下させることになった。

こうした状況の中で,アメリカはベルヌ条約加入への道を探り,国内への影響を最少とし,反対者を最も少くする方法で,即ち,著作権法の改正点をできるだけ少くする方法(minimalist approach)で,著作権法改正とベルヌ条約加入を達成した。

以下に,ベルヌ条約加入のための著作権法改正の主要な点について,方式主義と著作者人格権の問題を中心として簡単に紹介してみたい。それは取りも直さず,これまでアメリカがベルヌ条約条約に加入できなかった理由でもある。

方式主義とは,これまでアメリカでも実施されていたように,著作権表示,登録等を著作権保護の要件として課す方式である。ベルヌ条約は著作権保護に関して,いかなる方式をも課すことを禁じている。今回の改正では,まず著作権表示について,勧奨はするが保護の要件とはしないように改められた。登録については,これまで著作権侵害訴訟を起すためには事前の登録が必須であったが,今回の改正により,アメリカを本国としない著作物,即ち,外国人が著作した著作物,あるいはベルヌ条約加盟国で最初に発行された著作物については侵害訴訟の場合も登録は要件ではないことになった。

次に著作者人格権とそれに関連して職務著作の問題に触れたい。

アメリカの著作権法では,わが国とは異り,著作者人格権は認められていない。従って,著作権が譲渡されれば全ての権利が移転し,著作者には何も残らない(わが国の場合は,人格権は譲渡できないので常に著作者に残る)ことになる。また,職務著作についても,わが国とは異り,第一義的には使用者に著作権が生じるとされている。アメリカの実業界において,これらのことは当然のこととされており,ベルヌ条約に従い人格権の保護を規定することは,著作権ビジネスにとって致命的であると考えられていた。

実際,今回の改正でも,人格権については,他の法分野(契約法,不正競争防止法等)で実質的に保護されており,現状のままでもベルヌ条約加盟国に問題はないとして,何の規定も設けられなかった。しかも,改正法では,人格権について,ベルヌ条約の加入によっても,連邦法,州法,コモン・ローによってこれまで認められていた権利を拡大も縮少もしない旨,規定した。これに対して,既に外国からはアメリカ著作権法はベルヌ条約に適合しないとの声もあり,国内でも著作権法を専門とする弁護士,学者の間では人格権の保護が十分ではないという印象を持つ人が多いと伝えられている。しかしながら,もし今回の改正の中に著作者人格権保護の規定があれば,改正法は潰れており,ベルヌ条約加入もなかったであろうと言われている。

その他の主な改正は以下に要点のみ列記する。

ベルヌ条約は直接国内法的効力を持たない。ベルヌ条約に基づくアメリカの義務は国内法によってのみ果たされる。

著作権の客体として,建築設計図を確認のため加える。彫刻の著作物となる建築物(実用的部分を除く)も保護対象となる。

ジューク・ボックスに関する許諾は,強制許諾に替えて,当事者の協議を先行させる手続を設ける。

著作権の保護期間について,今回の改正は既に著作権の消滅した著作物を保護するものではないことを規定した。

最後に,筆者も参考にさせていただいたが,より詳細に知りたい方のために邦語文献を紹介する。前者にはベルヌ条約履行法の翻訳も含まれている。

アメリカとベルヌ条約『コピライト』No.334(1989.1)pp.5-12
アメリカ合衆国のベルヌ条約加入 ジェシカ・D・リットマン 大楽光江訳 『著作権研究』第16号(1989.8)pp.1-17

小林 正