CA1887 – 子どもの本で世界とつながる―ミュンヘン国際児童図書館のホワイト・レイブンズ・フェスティバル― / 中野怜奈

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カレントアウェアネス
No.330 2016年12月20日

 

CA1887

 

 

子どもの本で世界とつながる―ミュンヘン国際児童図書館のホワイト・レイブンズ・フェスティバル―

ミュンヘン国際児童図書館日本部門:中野怜奈(なかの れいな)

 

1. ミュンヘン国際児童図書館

 ミュンヘン国際児童図書館(Internationale Jugendbibliothek)(1)は、ユダヤ系ドイツ人のレップマン(Jella Lepman, 1891-1970)が、第二次世界大戦で荒廃したドイツの子どもたちのために国際児童図書展を開催したことが契機となり、1949年に設立された。現在はミュンヘン市内にあるブルーテンブルク城に約130言語60万冊を所蔵し、子ども向けの貸出図書館、研究資料室、児童書作家のミヒャエル・エンデ、ジェイムス・クリュス、エーリヒ・ケストナー、画家のビネッテ・シュレーダーのミュージアムから成る世界最大規模の児童図書館である。運営費の半分はドイツ連邦家族省、もう半分はバイエルン州文部省とミュンヘン市文化局が負担し、企画展示・巡回展示、講演・講座、学校向けプログラム、国際推薦児童図書目録『ホワイト・レイブンズ』(The White Ravens)の刊行、世界の詩の絵本を集めたカレンダー「ノアの箱舟(Arche Kinder Kalender)」のための選書など、幅広い活動を行っている。

 「子どもの本を通じた国際理解」という理念に基づく同館は、ドイツ連邦外務省の援助を受けて、50年以上にわたり毎年、各国から奨学金研究生を受け入れている。また近年は、難民の子ども向けのプログラムにも力を入れている。国内外の作家や画家を招き、難民の子どもが他の子どもと交流し、互いのことを知るワークショップや、難民の子どもがドイツ語を学んだり、本について話したり、絵や作文で自己を表現する場を提供している。

 同館には言語部門があり、各言語部門の選書に基づき、原則として出版社からの寄贈による蔵書構築を行う。その中で、テーマの普遍性、文学性、デザイン性に特に優れた作品は『ホワイト・レイブンズ』に収録される。2016年は60か国42言語200作品が掲載され、日本からは8作品が選ばれた(2)。『ホワイト・レイブンズ』という名には、「白いカラス(ホワイト・レイブンズ)のように、めったに見られないような優れた作品」の意が込められている。

 同館のホワイト・レイブンズ・フェスティバル(White Ravens Festival für Internationale Kinder- und Jugendliteratur)(3)の名も、国際推薦児童図書目録の『ホワイト・レイブンズ』にちなんで名づけられた。このフェスティバルは、国内外の作家と交流し異なる文化に触れることを目的として、バイエルン州文部省等の支援により、2010年から隔年で開催されている。フェスティバルには『ホワイト・レイブンズ』に選ばれた作家をはじめ、様々な国の作家が招かれ、学校や一般向けの講演、朗読、対談、子ども向けのワークショップが行われる。

 レップマンによって創設された国際児童図書評議会(IBBY)の世界大会が、本年ニュージーランドで開催されたが、同時期に、IBBYニュージーランド支部による子ども向けの読書フェスティバルも行われ、国内外の作家・画家が招かれた(4)。またボローニャ・ブックフェアやブラティスラヴァ世界絵本原画展の期間には、市内の図書館や美術館で講演やワークショップなどが行われている。こうしたイベントも、子どもが国内外の作家・画家と交流する取組だが、ホワイト・レイブンズ・フェスティバルは図書館が主催し、様々な国の作家が一堂に会する読書推進の大きな取組であり、作家同士の交流の場にもなっている。

 

2. ホワイト・レイブンズ・フェスティバル

 第4回ホワイト・レイブンズ・フェスティバルは、2016年7月16日から21日まで開催され、14人の作家が11か国から招かれた(5)。開会式では、作家のフリート(Amelie Fried, 1958-)が「作家と読者―情熱と思い違いが築く関係」と題する講演を行い、作家と読者の関係を恋人になぞらえて、「旅行に出かけた恋人たちが愛を試されるように、作家と読者の関係も交流イベントで深まったり壊れたりするが、このフェスティバルは、人生を変える一冊に出会う絶好の機会だ」とユーモアたっぷりに述べた。

 フェスティバル期間中、同館を主な会場として、バイエルン州各地で89のイベントが行われた(6)。これまでのフェスティバルには研究者向けのイベントがなかったことから、同館の研究生制度を活かす試みとして、本年から研究生と同館の協力の下、「ホワイト・レイブンズ・アカデミクス」(7)がはじまり、「児童書における体毛(hair)と、大人・成長への忌避」「日本の絵本と伝統美術」等の研究発表が行われた。フェスティバルに招かれた作家の作品を論じる読書会では、国によって異なる表紙や、そこから見えてくる中東のイメージについて論じた。

 白いソファーに座った作家に15分間インタビューする「ホワイト・ソファー」も、本フェスティバル初の試みである。作品をよく理解している職員や研究生がインタビューするため、創作の過程や作品について専門的な話を聞くことができる。「ホワイト・レイブンズ・アカデミクス」や「ホワイト・ソファー」は、国を越えて児童文学研究の発展につながる取組だといえる。

 

3. 子どもの本から世界を知る

 フェスティバルに招かれた作家の作品は、壮大な長編ファンタジーから現代の社会問題を扱った作品まで多岐にわたるが、どの本も、様々な環境に生きる人々の姿を伝えている(8)。たとえばサウジアラビア初の女性の映画監督アル=マンスール(Haifaa Al Mansour, 1974-)の映画『少女は自転車にのって』は、女性が自転車に乗ることが禁じられたサウジアラビアで、自転車を手に入れようと奮闘する少女の物語である。同作は小説化され、2016年にドイツで最も権威のあるドイツ児童文学賞児童書部門を受賞した。サエンス(Benjamin Alire Sáenz, 1954-)の『アリストテレスとダンテ、宇宙の秘密を知る』(Aristotle and Dante Discover the Secrets of the Universe)は、アイデンティティの探求や同性愛をテーマにしたヤングアダルト作品であり、メキシコ系米国人の少年が心を開き、自分の生きる世界を愛するようになる姿が描かれている。

 そのほか、今回のフェスティバルに招かれた作家の作品には、難民や移民の問題を描いたものが多く見られた。アル=ムスリ(Luna Al Mousli, 1990-)はオーストリアで生まれシリアで育った。現在はグラフィックデザイナーとしてオーストリアで活動し、難民の教育支援プログラムにも積極的に携わっている。アル=ムスリは、シリアから持ち出した家族写真に短い文章を添えた本『ひとつの涙、ひとつのほほえみ』(Eine Träne. Ein Lächeln)を制作している。アルジェリアで生まれ、フランスで育ったカルーズ(Ahmed Kalouaz, 1952-)は、『ぼくは死んだと思ってほしい』(Je préfère qu’ils me croient mort)の中で、サッカー選手になれるという言葉にだまされてマリからフランスに連れてこられた結果、行き場を失った少年を描いている。ロシアのヴィルケ(Daria Wilke, 1976-)の『ゴミ収集人』 (Musorščik)は、難民と同居することになったゴミ収集人の心理を描いた寓話である。人間嫌いの孤独な老人は、難民との同居生活の中で他者や自身と向き合う。

 『ひとつの涙、ひとつのほほえみ』や『ゴミ収集人』に関連して、難民を含む十代の若者が本を読んだ後、自分の子ども時代について作文を書くワークショップも同館で開催された。今、多くの国の作家が様々なアプローチで難民や移民の問題を書いており、そうした本を介して、読者が自分の問題として考え、難民の子どもが心を開けるよう支援する取組もまた生まれている。

 

4. 多文化理解のために

 多様な背景の作家が描く作品の豊かさは、わたしたちが、「様々な人と共にどう生きていくか」という大きな問題に向き合う上で新たな道筋を示してくれる。ホワイト・レイブンズ・フェスティバルは、世界の多様な児童書を通して、異なる環境に生きる人の姿を伝える稀有な取組である。今回招待された作家は、欧米を拠点に活動している作家に偏っていたが、アジア、アフリカ、中南米(9)などの作家を迎えることは今後の課題であり、そうした作家による異なる視点を取り入れてこそ、「多文化理解」というフェスティバルの目的に真にかなうと考えられる。

 ホワイト・レイブンズ・フェスティバルに招待される作家のほとんどは、ドイツ語に翻訳されている作品の著者である。日本の児童書、特に読みものは中々ドイツ語や英語に翻訳されないが、今後日本の児童書の翻訳出版が盛んになり、世界の多くの人に読まれることを願っている。

 

(1) Internationale Jugendbibliothek.
http://www.ijb.de/home.html, (accessed 2016-10-24).

(2)“The White Ravens 2016”. Internationale Jugendbibliothek.
http://www.ijb.de/publikationen/single/article/the-white-ravens-2016-1/34.html, (accessed 2016-11-10).
『ホワイト・レイブンズ』は毎年フランクフルト・ブックフェアで発表される。その内30冊については、同館の言語部門職員が壇上で紹介する。また全作品がボローニャ・ブックフェアで展示される。

(3)White Ravens Festival.
http://www.wrfestival.de/home.html, (accessed 2016-10-24).
第3回目については以下を参照されたい。
“ミュンヘン国際児童図書館第3回ホワイト・レイブンス・フェスティバル参加報告”. 国立国会図書館国際子ども図書館.
http://www.kodomo.go.jp/info/child/2014/2014-065.html, (参照 2016-10-24).

(4)“IBBY NZ.” Storylines.
http://www.storylines.org.nz/About+Us/IBBY+NZ.html, (accessed 2016-11-15).

(5)“Festivalautoren 2016”. White Ravens Festival.
http://www.wrfestival.de/festivalgaeste.html, (accessed 2016-10-24).

(6)“About us”. White Ravens Festival.
http://www.wrfestival.de/en/about-us.html, (accessed 2016-11-10).

(7) White Ravens Academics: The IYL Alumni Network.
https://whiteravensacademics.wordpress.com/, (accessed 2016-11-10).

(8)“Die Bucher des White Ravens Festivals 2016”. White Ravens Festival.
http://www.wrfestival.de/festivalbuecher.html, (accessed 2016-11-10).
なお、『少女は自転車にのって』以外の日本語書名は筆者による。

(9)過去のフェスティバルには、アルゼンチン、イスラエル、ケニア、コロンビア、トルコ、ニュージーランド、南アフリカの作家も招待されている。

 

[受理:2016-11-16]

 


中野怜奈. 子どもの本で世界とつながる―ミュンヘン国際児童図書館のホワイト・レイブンズ・フェスティバル―. カレントアウェアネス. 2016, (330), CA1887, p. 10-11.
http://current.ndl.go.jp/ca1887
DOI:
http://doi.org/10.11501/10228073

Nakano Reina.
From Children’s Books to the World: White Ravens Festival at the International Youth Library in Munich.