CA1885 – イェール大学図書館の日本資料コレクションに関する最近の研究動向 / 松谷有美子

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カレントアウェアネス
No.330 2016年12月20日

 

CA1885

 

 

イェール大学図書館の日本資料コレクションに関する最近の研究動向

 

清泉女子大学附属図書館:松谷有美子(まつたに ゆみこ)

 

はじめに

 最近、米国のイェール大学図書館が所蔵する日本資料のコレクションが、授業で活用され、研究が進み、図書館展示が行われるなど、にわかに脚光を浴びている。本稿では、イェール大学図書館の日本資料コレクションと、その収集に関与した人物朝河貫一に関して、来日したイェール大学の2名の研究者の研究・教育活動、東京大学史料編纂所の研究協力などに焦点をあてて報告する。

 

1. イェール大学の日本資料コレクションの概要

 イェール大学図書館の日本資料コレクションは、①日本文書コレクション(The Japanese Manuscript Collection)、②日本イェール協会コレクション(Yale Association of Japan Collection)、③東アジア図書館特別コレクション(East Asia Library Special Collections)がある。

 ①と②は、貴重書収蔵を専門とするバイネキ稀覯本・手稿図書館(Beinecke Rare Book & Manuscript Library)が、③は中央図書館にあたるスターリング記念図書館(Sterling Memorial Library)内の東アジア図書館(East Asia Library)が所蔵している。

 ①は、後述する朝河貫一が1906-1907年に収集した資料を中心としている。この収集は、米国議会図書館(LC)のための資料収集と並行して行われた(1)。イェール大学のための収集資料は、主に日本の制度の発展に関する法律、軍事、商業、武道、外交などの資料で構成されている。②は、1934年に日本人のイェール大学卒業生の集まりである日本イェール協会から贈られたもので、貴重書や美術品を中心としたコレクションである。朝河の呼びかけで資料購入のための寄付を募り、選書の際には東京大学の歴史学者であった黒板勝美が協力した。③は、江戸時代の版本や地図などで構成されており、朝河の収集資料やほかのイェール大学関係者の寄贈資料が含まれている(2)

 以上の3つの日本資料コレクションのいずれにも登場する朝河貫一とはどのような人物であろうか。彼は、イェール大学の日本資料の構築に深く関わった人物である。

 

2. イェール大学と朝河貫一

 朝河貫一(1873-1948)は、イェール大学教授として歴史学を教えながら、日本・中国コレクション(東アジア図書館の前身)の初代部長(Curator)となり、以後40年にわたって務めた。今から遡ることちょうど110年前の1906年、研究者として駆け出しの33歳の頃に、彼は日本に一時帰国した(第1回)。その際に収集したのが、前述の「日本文書コレクション」である。朝河は、その生涯で2度日本に一時帰国しており、「日本イェール協会コレクション」は、1917-1919年の第2回の帰国の際に日本イェール協会の集まりで協力を呼びかけて実現したものである。朝河については、歴史学者、平和論者の側面から研究がなされてきたが、近年は資料収集の貢献などから、日本・中国コレクション部長としての側面が注目されるようになってきた(3)

 

3. イェール大学の授業での活用

 イェール大学では、所蔵資料を活用した授業が行われている。歴史学部のボツマン(Daniel Botsman)教授は、2014年に来日した際、イェール大学において行われている朝河貫一研究と、ボツマン教授が行っている授業との関係について紹介した(4)

 日本の近世・近現代史を専門とするボツマン教授は、朝河への理解をより深めるため、2014年春学期に、“Reading Asakawa”というテーマで大学院のゼミを指導した。このゼミは、大学院生5名が受講し、東アジア図書館日本学司書の中村治子氏も参加した。学生は、歴史研究などに関する朝河の著作や様々な文献を講読し、さらに、スターリング記念図書館のマニュスクリプト・アーカイブ部(Manuscripts and Archives)にある朝河の個人文書を調査して研究論文を書いた。取り上げられたトピックは多岐にわたる。その中の一人は、マイクロフィルム化された書簡をもとに、イェール大学図書館のデジタル・ヒューマニティーズのチームのメンバーと協力して、朝河の往復書簡に関するデジタルマップの作成を試みている(5)

 現在、イェール大学図書館では、デジタル・ヒューマニティーズの一環として、“The Kan’ichi Asakawa Epistolary Network Project”が進行中である。このプロジェクトでは、朝河の書簡のデジタル化、日付・場所・宛名などの往来の記録のデータ作成を行っているが、これが前述のデジタルマップである。朝河の交友関係や人脈を視覚化することによって、朝河に興味を持つ研究者だけでなく、19-20世紀の世界各国の知識人や公人の研究にも役立つ情報提供を目指している(6)

 このような試みに、大学院生や研究者が授業を通して自然な形で関わり、協力していく流れが作られていることがわかる。

 また、ボツマン教授は、イェール大学と日本の関係についてあらゆる面から調査する“Yale and Japan”と称する学部生を対象としたゼミを2014年の秋学期に開講した。15-20名の受講者は、朝河に代表される戦前にイェール大学で学んだ日本人や日本を旅した卒業生についての知識を深めた(7)。米国の学生のみならず、日本からの留学生もこのゼミに参加しており、その留学生は、授業において一次文献、二次文献の講読を前提にディスカッションが行われ、時には大学の博物館や図書館で資料の現物を前にして授業が行われたことを報告している(8)。このゼミは、現在も継続して開講され、日本とイェール大学との交流の歴史をたどる探究が続けられている(9)

 

4. 日本資料コレクションに関する新たな研究

 一方、最新の研究によってイェール大学図書館の日本資料コレクションの成立事情が明らかになってきた。

 イェール大学東アジア言語文学部・演劇学部のフレミング(William Fleming)准教授(現在はカリフォルニア大学サンタバーバラ校に所属)は、2015年の来日の折に、東アジア図書館で発見した『御書籍目録』について講演した(10)(11)

 この『御書籍目録』は、主として江戸時代中・後期に刊行された書籍約600タイトルを収録している。イェール大学最初の大規模な日本書籍購入に関する記録であり、かつ米国の図書館全体においても最初の大規模な日本書籍の購入記録と目される。

 講演でフレミング准教授は、『御書籍目録』に書かれた献辞を手がかりに、1865年から1905年までイェール大学図書館長を務めたヴァン・ネーム(Addison Van Name)と当時の日本の佐土原藩出身者を中心とした日本人留学生との交流による日本資料の収集について追究した(12)(13)

 

5. 東京大学史料編纂所の研究・協力

 東京大学史料編纂所(以下、史料編纂所)は、2010年度から2015年度まで人間文化研究機構の「日本関連在外資料調査研究事業」の一環として、イェール大学図書館の日本資料を調査してきた(14)。同事業は、史料編纂所のウェブサイト上に2016年3月25日付で「イェール大学所蔵日本関連資料調査プロジェクト」のウェブページを公開した(図参照)(15)。研究の目的は、日米の研究者の共同作業として、日本関連資料の内容を検討し、資料価値を新たに見出し、再活用を図ることであった(16)

 

図 イェール大学所蔵日本関連資料調査プロジェクトのウェブページ

 

 2016年3月末には、調査結果の集大成として研究編と目録編から成る報告書を刊行した(17)。これに先駆けて2015年3月5-6日には、史料編纂所の調査研究事業の成果に関するシンポジウム“Treasures from Japan: An International Conference on Pre-Modern Books & Manuscripts in the Yale University Library”がイェール大学で開催されたが、この報告書に収録されているのは、主にこのシンポジウムでの口頭発表である(18)

 このシンポジウムに合わせて、“Treasures from Japan in the Yale University Library”という展示がバイネキ稀覯本・手稿図書館で開催され、朝河がもたらした日本文書コレクションと日本イェール協会コレクションの資料が展示された(2015年1月16日-4月2日)(19)

 ボツマン教授、中村氏のほか、史料編纂所の近藤成一教授(当時)らが共同で執筆した展示図録は、日本語と英語が併記されたデザイン性や画質の高さなどが評価され、2016年3月10日、大学・研究図書館協会(ACRL)の貴重書・手稿部会(RBMS)のKatharine Kyes Leab & Daniel J. Leab “American Book Prices Current”展示賞の第3部門(inexpensive)を受賞した(20)

 

おわりに

 本稿では、イェール大学図書館の日本資料コレクションについて、授業で取り上げられ、個々の研究者による研究が進展し、さらに日米の機関間の研究協力が行われ、その成果が展示で紹介されるといった好循環が生み出されている様子を取り上げた。史料編纂所の事業はイェール大学図書館が所蔵する日本資料コレクションを再認識し、新たな研究の素地を整えたが、この事業も終了し、一区切りついたところである。日米の研究者が引き続き協力関係を維持し、研究環境を整えることで、今後さらなる研究の発展が見込まれる。

 日露戦争直後の日本に一時帰国した朝河貫一は、イェール大学図書館のために日本資料を収集した。それは、イェール大学で歴史学を教える際に、学生や研究者が利用することを考えた収集であった。110年の時を経て、朝河が願ったような日本資料の理想的な活用が日米双方の協力によって、ようやく実現されようとしているのかもしれない。

 

(1)朝河貫一とLCとの関わりについては、次の文献などに詳しい。
Kuroda, Andrew. “A history of the Japanese collection in the Library of Congress 1874-1941”. 図書館資料論集: 仙田正雄教授古稀記念. 仙田正雄教授古稀記念会編. 仙田正雄教授古稀記念会, 1970, p. 281-327.
Library of Congress Asian Division. “Asian Collections: An Illustrated Guide”. Library of Congress.
https://www.loc.gov/rr/asian/guide/, (accessed 2016-11-14).

(2)“コレクション概略”. 在外日本古典籍研究会.
http://www.jlgweb.org.uk/ojamasg/details/yale2.html, (参照 2016-09-12).

(3)松谷有美子. 朝河貫一によるイェール大学図書館および米国議会図書館のための日本資料の収集. Library and Information Science. 2014, No. 72, p. 1-35.
http://lis.mslis.jp/pdf/LIS072001.pdf

(4)第99回朝河貫一研究会(2014年7月16日開催)。朝河貫一研究会は、『朝河貫一書簡集』(早稲田大学出版部)の編集委員会のメンバーを中心に1991年に発足し、朝河貫一の人物と業績に関する研究を進め、その生涯と思想を明らかにすることを主な目的としている。研究会開催は、106回を数える(2016年10月現在)。

(5)Daniel Botsman. Awakening to Asakawa. 朝河貫一研究会ニュース. 2014, No. 84, p. 3-6.

(6)“Asakawa Papersの書簡リスト”. 朝河貫一資料: 早稲田大学・福島県立図書館・イェール大学他所蔵. 山岡道男, 増井由紀美, 五十嵐卓, 山内晴子, 佐藤雄基. 早稲田大学アジア太平洋研究センター, 2015, p. 32-33.

(7)Botsman. op. cit.

(8)藤本大士. “東大イェール・イニシアティブ派遣報告書”. UTokyo-Yale.
http://utokyo-yale.jp/ja/scholars/fujimoto/haken.html, (参照 2016-09-30).

(9)“CEAS Courses 2016-2017”. Council on East Asian Studies at Yale University.
http://ceas.yale.edu/academics/courses, (accessed 2016-09-30).

(10)東大・イェール・イニシアティブ主催による第5回山川健次郎記念レクチャー(2015年4月30日開催)での講演。
William Fleming. Japanese Students Abroad and the Building of America’s First Japanese Library Collection, 1869-1878 (明治初期の日本人留学生とアメリカ初の日本書籍コレクションの成立-1869年~1878年).

(11)“第五回山川健次郎記念レクチャー(4月30日)”. UTokyo-Yale Initiative.
http://utokyo-yale.jp/ja/news-events/post_42_jp.html, (参照 2016-10-28).

(12)ウィリアム・D・フレミング. “須原屋茂兵衛の『御書籍目録』とイェール大学日本書籍コレクション成立の秘話”. イェール大学所蔵日本関連資料: 研究と目録. 東京大学史料編纂所編. 勉誠出版, 2016, p. 15-28.

(13)次の文献に従い、1905年まで館長を務めたと判断した。
Yale University. Report of the Librarian: August, 1904-July, 1905. Connecticut, Yale University, 1904-05, 40p.
https://archive.org/details/reportoflibraria1904yaleuoft, (accessed 2016-11-14).

(14)“研究組織”. 人間文化研究機構「日本関連在外資料調査研究事業」プロジェクト カテゴリーA.
https://www.rekihaku.ac.jp/education_research/research/list/joint/2010/siebold/jp/members.html, (参照 2016-09-12).

(15)“イェール大学所蔵日本関連資料調査プロジェクト”. 東京大学史料編纂所.
http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/exchange/yale/top_page/index.html, (参照 2016-09-30).

(16)“プロジェクト概要”. 東京大学史料編纂所.
http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/exchange/yale/sub_page/project.html, (参照 2016-10-28).

(17)東京大学史料編纂所編. イェール大学所蔵日本関連資料: 研究と目録. 勉誠出版, 2016, 631p.

(18)前掲. p. 624-629.

(19)“Treasures from Japan in the Yale University Library”. Beinecke Rare Book & Manuscript Library.
http://beinecke.library.yale.edu/programs-events/events/treasures-japan-yale-university-library, (accessed 2016-09-30).

(20)“2016 RBMS Leab Exhibition Award winners”. ALA.
http://www.ala.org/news/press-releases/2016/00/2016-rbms-leab-exhibition-award-winners, (accessed 2016-09-30).

 

[受理:2016-11-14]

 


松谷有美子. イェール大学図書館の日本資料コレクションに関する最近の研究動向. カレントアウェアネス. 2016, (330), CA1885, p. 5-7.
http://current.ndl.go.jp/ca1885
DOI:
http://doi.org/10.11501/10228071

Matsutani Yumiko.
Trend Report of the Japanese Collection of the Yale University Library.