CA1780 – 京都国際マンガミュージアムの現在 / 吉村和真

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カレントアウェアネス
No.314 2012年12月20日

 

CA1780

 

 

京都国際マンガミュージアムの現在

 

京都精華大学国際マンガ研究センター長:吉村和真(よしむら かずま)

 

 京都国際マンガミュージアム(以下、MM)は、京都精華大学と京都市の共同事業として2006年11月に開館した。館内では、漫画家や出版社との協力による展示や講演、独自企画の研究会やワークショップ、さらには教育機関や企業、省庁や自治体との共催事業も展開している。今年度の第41回日本漫画家協会賞で特別賞を受賞するなど、産・官・民・学による幅広い社会連携の成功例として注目されるようになった。

 当館の概要については、ウェブサイトなどを参照していただくこととして、ここでは開館から5年半の実績をふまえつつ、近年の動向や直面している課題を述べる。

 

来館者の動向

 京都駅から地下鉄で約5分という立地の至便さもあり、2010年8月には来館者累計100万人を突破。2011年には、震災や入館料の値上げもあったが約22万人を動員し、この5年半で累計約140万人となった。大学博物館施設としての利用者数はトップクラスで、国内外からの視察や取材も年間600件以上をキープしている。有料入場者の内訳は、大人が約75%、中高生約10%、小人が約15%、地域別では、近畿圏を中心に全国各地から客が訪れる。

 海外からの来館者数は全体の約1割で、出身の国や地域は約100におよぶ。内訳は、フランスが約20%と突出しており、以下、米国、オーストラリア、英国と、欧米からの割合が高い。1階のエントランスゾーンに設置された「マンガ万博」コーナーには、日本マンガの海外用翻訳版が約4,900冊、海外各地のローカルマンガが約400冊開架されており、それらを手にする外国人の姿がよく見られる。「国際観光都市・京都」の地の利もあろうが、日本マンガに関心を持つ海外からの来館者が途切れることはない。

 

蔵書の特徴と変化

 蔵書は、開館当初の約20万点から、2012年までに約32万点に増えた。その内訳として、毎年1万冊を超える寄贈があるのが特徴だ。これは、この世に一つしか存在しない原画や高価な美術品ではなく、複製大量印刷物であり大衆娯楽として親しまれてきたマンガならではの現象とも言える。もちろんありがたいことだが、同時に寄贈ゆえに年代やジャンルに「偏り」が生じるという課題もある。その一つの解決策として、これまで10万点以上の複本資料を、下関市立中央図書館や北九州市漫画ミュージアム、韓国・プチョンの漫画映像振興院や米国のオハイオ州立大学など、国内外の関連施設へ寄贈してきた。そもそも通常の博物館や美術館と異なり、収蔵スペースが限られている立場としては、「何冊のマンガを持っているか」ではなく「どれだけ関連施設に貢献したか」をアピールできればとも考えている。

 また、海外資料は、上記の「マンガ万博」を含め、アメリカンコミックスを中心に、フランスのバンドデシネや韓国、中国のマンガなど、さまざまな国や地域の資料約3万7,000点を収蔵。施設名通り「国際」色豊かなものとなっている。

 

施設の改善点

 元小学校の建物をリノベーションした館内では、「マンガの壁」に約5万冊の開架本が並んでいるが、開館当初140メートルだった長さも現在200メートルまで延長した。晴天時にはそこからマンガを取り出して、校庭の芝生に座ったり寝転んだりして読む人が大勢いる。今や名物とも言える風景である(図参照)。

 

図 芝生で寝転んでマンガを読む来館者たち

図 芝生で寝転んでマンガを読む来館者たち

 

 

 2010年から「“マンガ”って何?」を統一テーマとした常設展を設置(1)。マンガの文法やメディア環境、市場規模や海外の動向など、過去に寄せられた質問に答える形で、11のブースのパネル展示をした。それを取り囲む壁には戦後の名作マンガの単行本を年代順に並べ、手にとって読めるように開架している。

 2007年に開設した研究閲覧室(2)では、2012年8月までの登録者が1,600人に達した。この5年間の書庫出納数は約26,000点。学生や院生だけでなく一般のマンガ愛好家の利用も目立つ。

 また、この5年間の実績として、来館者が手に取るマンガの作品やジャンルに偏りがあることをふまえ、2012年9月より、これまでの特集棚をリニューアルして「迷ったときの特集棚 えむナビ」を設置(3)した。

 

国際マンガ研究センターの役割

 大きな特徴は、大学の関わり方にもある。

 京都精華大学では、前身である短期大学時代の1973年のマンガクラス開設を皮切りに、2000年のマンガ学科、2001年のマンガ文化研究所、2006年のマンガ学部と、段階的にマンガに関する教育・研究の場を開拓してきた。その成果を社会還元するとともに、国内外に機運が高まるマンガの研究拠点の形成を企図して、MMの基本構想は練られている。そのブレーンおよび実務部署として2006年度に設置されたのが「国際マンガ研究センター」(4)である。マンガ研究に携わる本学を中心とする教員や研究員が所属し、蔵書方針や各種イベントの立案・実施を担当しており、MMの運営統括室との協同体制で業務を遂行している。

 この研究センターの活動基盤となるのが文部科学省の補助事業である。2006年度からの5年間のテーマは「ミュージアムを活用したマンガの学際的・総合的研究と研究成果の社会還元」(オープン・リサーチ・センター)。「マンガ資料の体系的収集と整備」、「マンガの学際的・総合的研究」、「マンガ活用モデルの研究開発」、「ミュージアムによる研究成果の社会還元」という4本のプロジェクトを柱に取り組んだ。

 続く2011年度からの5年間のテーマは「マンガに関する国際的かつ先端的研究拠点の形成」(私立大学戦略的研究基盤形成支援事業)である。国際学術会議の年一回の開催とMMを活用したマンガ研究の国際展開を柱として、現在も研究活動を展開している。

 両方のテーマに通じる手順をまとめると、①体系的に資料を収集・整備・公開する、②資料を用いた基礎研究を重ねる、③その成果を各種事業に応用する、④以上の一連の流れをMMという場を通じて広く発信し、その反応や結果を改めてセンターの研究テーマに還元するという、循環方式を採っている。これにより、来館者参加型による持続可能なシステムの構築を目指しているわけである。

 

マンガの「近さ」を逆手にとる

 だがこうしたシステムの構築には、想像通りの利点もあれば、予想外な困難が伴うこともある。「高尚なアート」と違い、娯楽またはサブカルチャーとしてのマンガには「親しみやすさ」や「敷居の低さ」ゆえに、一家言あるという人は少なくない。その声が運営の改善に繋がるケースは実際にある。ところが、現代日本ではあまりにマンガが身近に存在するため、マンガを客観視したり論理的に把握したりする人は少なく、それを主眼とした研究展示や講演に参加する人はなかなか増えないのだ。これに比べ「マンガの壁」はいつも賑わっており、そこには「マンガは一人で読んで楽しむもの」という常識の強さを看取できる。

 そこで「五感でマンガを楽しもう」をモットーに、マンガの面白さや不思議さをより立体的に伝えるためのイベントも模索してきた。つまり、マンガを「読む」ことに慣れた来館者の日常性を逆手にとるような、普段では思いつかないマンガの楽しみ方を提示しようというものだ。

 その一例が「マンガクッキング」である。「クッキングパパ」の作者・うえやまとち氏を招き、マンガのレシピ通りに料理を実作しつつ、そのレシピが載った話をスクリーンに投影して、作者にその時の創作秘話を公開インタビューする。実に贅沢にして五感をフル活用する内容で、好評のうちに今年で5回目を迎えた。

 ほかにも、一点ものの原画とは異なる複製印刷物としてのマンガの特性を追求する「原画′(ダッシュ)」=精巧な複製原画の制作と展示、知的障害者や自閉症患者を想定したわかりやすいマンガ=「LLマンガ」の開発など、いずれも身近なマンガ体験を客観視できる研究テーマに取り組んでいる。

これらを通じ、マンガはもとより、マンガ研究の面白さや可能性を広く発信すること。そして、近年広がりつつある、マンガ関連施設や研究・教育機関の結節点として機能すること。ここに、MMの大きな役割があると考えている。今後も研鑚を重ねたい。

 

(1) ““マンガ”って何?”. 京都国際マンガミュージアム.
http://www.kyotomm.jp/permanent/whatsmanga.php, (参照 2012-10-22).

(2) “研究閲覧室”. 京都国際マンガミュージアム.
http://www.kyotomm.jp/collection/, (参照 2012-10-22).

(3) “困ったときの特集棚 えむナビ”. 京都国際マンガミュージアム.
http://www.kyotomm.jp/collection/manga.php#relation_04, (参照 2012-10-22).

(4) 京都精華大学国際マンガ研究センター. http://imrc.jp/, (参照 2012-10-22).

[受理:2012-11-05]

 


吉村和真. 京都国際マンガミュージアムの現在. カレントアウェアネス. 2012, (314), CA1780, p. 4-5.
http://current.ndl.go.jp/ca1780