CA1778 – 研究文献レビュー:電子書籍 / 北 克一

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カレントアウェアネス
No.313 2012年9月20日

 

CA1778

研究文献レビュー

 

電子書籍

 

大阪市立大学大学院創造都市研究科:北 克一(きた かついち)

 

はじめに

 本稿は「電子書籍元年」とされた2010年以降に出版された電子書籍を話題とした和図書をレビュー対象とする。対象期間はわずか2年半である。本来は研究文献レビューであるが、実際には電子書籍を対象とした研究文献(論文)が少ないため、あえて単行書を中心としたレビューとした。

 本稿で取り扱った主題は、電子書籍をめぐる技術、ビジネスモデル、ステークホルダー達の合従連衡であり、さらに知の公共性である。対象として単なるアップル本、ジョブズ本やグーグル本などは本稿の主題とする電子書籍とは位相が異なるので省いた。また、モバイル環境、クラウド環境を主として論じた書も対象外とした。実際には、これらもデジタルネットワーク環境を一つのエコシステムと見立てた時には、電子書籍を取り巻く情報環境生態系の大きな要素である。また、いわゆるハウツー本は省いた。

 

1. 電子書籍の諸相

1.1 アップル社、アマゾン社、グーグル社の衝撃

 2010年には、米国でのアップル社のiPad発売、アマゾン社のキンドル発売、グーグル社のグーグルブックスの展開など、デジタルコンテンツの本格的な市場の立ち上がりと熾烈なプラットホーム覇権争いを背景に、電子書籍についての書籍が刊行ラッシュとなった。ただ、圧倒的多数は紙書籍のみの刊行である。

 石川はその著『キンドルの衝撃』(1)において、「キンドルはメディア救済のゲーム・チェンジャー(筆者註:試合の流れを一変させるプレー)という評価を受けるのだろうか」(2)と自問する。そして「顧客サービスを念頭においたイノベーションがアマゾンの企業理念」(3)と結ぶ。発言は、アップル社が電子書籍、電子雑誌等に進出する直前の時期であり、アップル社が展開する「電子閉鎖楽園」の姿がない時期に、「課金とは、ウェブサイトに垣根を設置して、それまでオープンだったコモンズ(共有地)を閉鎖型にすること」(4)、「グーグル・ニュースなどのニュース・アグリゲーター(複数ニュースを集約)でもある検索エンジンにとって、新聞や雑誌のウェブサイトが会員制の閉鎖型サイトになることは死活問題」(5)などの指摘は、電子書籍、電子雑誌等の生息する環境の本質を指摘しており、論考は鋭い。

 港は、『書物の変』(6)の中で、「いまでは『検索』という行為そのものがモニタリングされているのだから、社会全体がメタ図書館化しているといっても過言ではないだろう」(7)と発言している。ネットワーク上のあらゆる行為が個を識別され、モニタリング、記録され、集計・分析の対象となる。フーコー(Michel Foucault)のパノプティコンを想起させられる。

 長尾は、『電子図書館』(8)の「新装版にあたって」で、「ディジタル時代の図書館と出版社・読者」のコンテンツ流通モデルを図示している。

 柳には千代田区立図書館の電子書籍導入の報告である『千代田図書館とはなにか:新しい公共空間の形成』がある(9)

 西田は、『iPad vs. キンドル』(10)で、MVNO(仮想移動体通信事業者)としてのアマゾン社の「『ウィスパーネット』がキンドルの秘密」(11)とする。電子書籍の購買者に通信費を意識させない仕組みの提供である。すなわち、「『キンドル』ビジネスの本質は本を売ること」と指摘し、一連の「Kindle for xxx」ソフトウェアの無償公開の戦略を位置付ける(12)。密かな隣接帝国への浸透である。

 他方iPad発表会場の演出から、「アップルの狙いは『リビング』」(13)と指摘する。結語として、「ebookの特性を活用したビジネスモデル……それは『無料』をうまく使う」(14)とし、アマゾン社の低価格電子書籍は、日本では2ドルとなっているが、それは通信費に当たるもので、実際は無料の本であると指摘している(15)。アンダーソン(Chris Anderson)が『フリー:<無料>からお金を生みだす新戦略』において活写したフリーミアムのモデルである。デジタルコンテンツの分配コストが限りなくゼロへと向かうなかでの新しいビジネスモデルのあり方である。

 岡嶋は、『アップル、グーグル、マイクロソフト』(16)の中では直接電子書籍に言及していないが、ますます情報基盤となっていくクラウド環境に関連して、「マイクロソフトの戦略―ウィンドウズアズール」、「グーグルの戦略―グーグルアップエンジン」、「アップルの戦略―iTunes」をわかりやすく解説をしている。アマゾン社が欠けているのが残念であるが、今後の電子書籍の情報環境となる基礎知識の整理に役立つ。

 佐々木の『電子書籍の衝撃』(17)では、「1990年代の初めごろまではまだ出版界はまだなんとか命脈を保って……記号消費がまだ命脈を保っていた」(18)、「90年代末に総中流社会が崩壊し、マスメディアの公共圏がはがれ落ちるのに伴って、消滅へと向かい」(19)と、出版業界を一刀両断に総括している。さらに、電子書籍の未来を「セルフパブリッシングが普及していけば、出版社は360度契約に基づくエージェント的なビジネスになっていく」(20)とし、出版界のエンターテイメント業界モデルへの移行を予言する。さらに、将来を「マスモデルに基づいた情報流通から、ソーシャルメディアが生み出すマイクロインフルエンサーへ」(21)と少し情感的な未来像を語る。

 田代の『電子書籍元年』(22)は、「ブックストア型アプリには2つの形式がある」(23)として、アプリ内課金型と電子書籍ビュワー型アプリの相違を例をあげてわかりやすく解説をしている。

 ウィンドウォーカーの『Kindle解体新書』(24)は、原書2009年刊行の翻訳書である。キンドルに関してのハードウェア、ソフトウェア、通信機能、カスタマイズなどの、単なるハウツー本を超えたシステム技術本となっている。

 境による『Kindleショック』(25)は、キンドルが大きく開けた電子書籍市場をとば口に、「インターネットというユニバーサルなサービスが、いかにデバイス=クラウド生態系という高付加価値なサービスに進化し、その過程で、それまでのネットワークが分断されていく」(26)かを論じたものである。対抗軸として、「中立性の確保、サービス連携の促進、そして利用者へのデータ変換の責務」を提起し、これによって「インタークラウド」を創出することとする(27)。閉域空間へと移行しつつあるクラウド帝国間を「インター」する世界への独自の希望モデルである。肥沃なインターネット空間(共有地)が「消毒された囲い込み」空間で閉ざされる危惧をとなえたジットレイン(Jonathan Zittrain)のジレンマへの一つの回答である。

 林の『iPadショック』(28)では、第1章「使ってわかるiPadの3つの魅力」、第2章「膨大なアプリを生むApp Store」、第3章「iPadは出版、ラジオ、テレビが融合するメディア」などの章立てからもわかるように徹底したiPad、App Storeの密着本である。それだけに、アップル社の戦略の詳細までが手際よく紹介がされているので例外として取り上げておく。

 

1.2 書物と電子書籍

 中西の『我、電子書籍の抵抗勢力たらんと欲す』(29)は、学術出版系の老舗印刷会社の経営者である著者が、「ネットに転ずる印刷業の行方」を探った書である。中でも「電子式年遷宮のすすめ」、「図書館関係者の憂鬱」の項は、図書館人と異なる斬新な視点があり、一読の価値がある。印刷技術の変遷を扱った中西による『学術出版の技術変遷論考』(30)と併せて読むとよい。電子書籍を基礎で支えている「印刷」技術の変遷と現状への理解が深まり、電子書籍への考察に広がりを持てる。

 植村の『電子出版の構図』(31)は、『印刷雑誌』1999年1月号~2010年7月号の連載をまとめ、加筆修正したものである。現在に至る約10年間を駆け足でチェックしておくのに適している。

 高島らの『電子書籍と出版』(32)は、2010年という時期に出版界の論客による対談、寄稿を編集した書である。「新しいメディアが成り立つかどうかの判断基準として、そのメディアの市場が、ちゃんとお金が動いて再生産ができるメカニズムを持ちえているか」(33)は、業界人として至当であるし、「デジタルアーカイブになれば個別の図書館がハブになる必要はなくなるかもしれない」(34)という発言もさらりとされている。対談中心の書であるので、一貫性よりも散りばめられた刺激的なフレーズが、電子書籍を考える上で思考の材料になる。

 岡本ほかによる『ブックビジネス2.0』(35)は、2009年8月に行われた「第1回ARGフォーラム この先にある本の課題―我々が描く本の未来のビジョンとスキーム―」をきっかけとして、7編で構成された書である。図書館関係者には特に岡本による「未来の図書館のためのグランドデザイン」の一読を勧める。岡本は、「情報・知識に関わるあらゆるデータの共通基盤をつくること」として、国立国会図書館を「オペレーティングシステムとしての図書館」とし(36)、研究図書館とコミュニティ図書館を「ミドルウェアとしての図書館/アプリケーションとしての図書館」との二階層論を語っている。語彙はコンピュータ業界の用語であるが、多くの示唆に富んでいる。内実は「公共図書館の任務と目標」を想起させる、意外にオーソドックスな思考である。

 村瀬は『電子書籍の真実』(37)の中で、電子書籍の課題として、フォーマット及び日本語の問題、流通の問題、権利の問題の3点について、簡明に解説をしている。そして、「守るべきは本を安定して再生産できる環境」(38)と結ぶ。

 

1.3 電子書籍のビジネスモデル

 小川らは、『アップル vs. グーグル』(39)において、「アップルは知的な道具をつくることを仕事としているが、グーグルは、元々その道具をつくる材料を提供する会社」(40)として、両社の経営ポジションの差異を対比的に述べている。しかし、一方ではアップル社のビジネスモデルをハードウェア、アプリケーション、コンテンツ販売と広告事業とし、グーグルのそれを広告事業及びアプリケーションとコンテンツ販売への進出として、「互いに干渉するビジネスモデル」(41)を説明している。異なる情報環境生態系に棲み分けていた二つの「帝国」のビジネスモデルが接触した触発寸前の対峙である。

 武井の『アップル vs アマゾン vs グーグル』(42)では、アップル社、アマゾン社、グーグル社の3社を中心としたデジタルコンテンツ、とりわけ電子書籍をめぐる状況を前半で扱い、後半では「デジタルコンテンツの鍵はクラウド」(43)とし、「プラットホームがすべてを決める」(44)と展開する。論述に荒さは残るが、2010年時点での言説としては視野の射程は長い。

 歌田の『電子書籍の時代は本当に来るのか?』(45)は、グーグル社を中心にアマゾン社、アップル社の戦略、動向をまとめたものである。結びでの「読書端末や携帯電話で課金しようとすれば、当初しばらくはそこだけのことですむかもしれない。……携帯端末への課金は、ウェブ上のニュース・サイトの変容をも促す。電子書籍が紙の本の電子化というにとどまらず、ウェブの構造変化を引き起こすこともありえなくはない」(46)は、対象としての電子書籍を超えた視点であるが、むしろ、デジタルコンテンツ市場のプラットホーム覇者は誰か?と問う必要があろう。覇者の情報技術基盤が電子書籍の生産・流通のプラットホームを構築するクラウド・コンピューティングであり、デバイスの鍵がユーザーが使用するモバイル端末だからである。

 なお、中村らの『デジタル教科書革命』(47)は、電子書籍の一部であるデジタル教科書、特に初等中等教育の教科書に焦点をおいた書である。「教育の情報化に出遅れた日本」(48)、「世界はもうここまで進んでいる」(49)などの項目見出しが並ぶ、デジタル教科書推進派の立場を示した書である。巻末の「デジタル教科書教材協議会設立趣意書」、「デジタル教科書教材協議会名簿」は、構成員の分布が見える。

 川崎らは、『電子書籍で生き残る技術』(50)の中で「電子書籍が将来どのような形態に収束しようとも、必ず対応できる方法がある。それはマルチユースが可能な汎用的なソースデータを持つこと」(51)と説く。「ワンソースマルチフォーマット」(52)以降の節は実務的、具体的である。

 西田の『電子書籍革命の真実』(53)は、日本における電子書籍をめぐる同書刊行時点での各種ステークホルダー達の合従連衡のさまを解説している。第3章の電子書籍のフォーマット問題は理解しやすい。

 まつもとの『生き残るメディア 死ぬメディア』(54)は、著者のネット連載「メディア維新を行く」の編集本である。ある意味で雑誌記事を読む感覚になる。「巨大なサイトは、その成長の糊代(のりしろ)を、ほかのサイトやサービスに求め始めている。その結果、ハブとなるサイト(ポータルサイト)とその周辺に連なるサイトによるネットワークが形成されているのが、ネットメディアの現状だ」という指摘(55)は、情報環境生態系としてより構造的に把握すべきであろう。技術的には、情報・通信基盤層、アプリケーション層、コンテンツ層の3層構造で考察をすると全体構造が明確になろう。

 境の『電子書籍の作り方』(56)は、電子書籍の標準フォーマットとなったEPUB規格や制作フォーマット、流通フォーマットなどについての解説が分かりやすい。フォーマット問題を考える時の整理になる。

 小林の『ウェブ進化 最終形』(57)は、次のデジタルコンテンツの鍵となる技術であるHTML5とCSS3の平明な解説書である。また、第5章「HTMLで生まれ変わるマス・メディア」では、膨大なユーザー数、優れた課金・認証機能をもつEコマースのプラットホームの覇者が電子書籍でもシェアを獲得すると述べる。「電子出版は、端末(ハード)ではなくサービスやコンテンツが勝負」(58)と断じているのは明解である。

 

2. 電子書籍への異なる視座

 ここでは、前章で取り上げた電子書籍をめぐる諸論議とは異なる視座からの論説を扱う。電子書籍について考察を行う時に、必要な広がりと深みを得ることができよう。

 大原の『ルポ電子書籍大国アメリカ』(59)は、米国電子書籍の前線レポートである。米国の出版契約、書籍と電子書籍の流通事情、法制度と契約など具体的な事例が参考になる。「業界の基準は、行政が調整したり、競合社が談合して統一化を図ったりするものではなく、公平な市場競争により、より多くのユーザーに受け容れられて勝ち抜いた企業が獲得するものだ。……版元、印刷、取次、書店もすべて私企業であることには変わりがないのだから、自由競争のルールにしたがって、今後も淘汰されるべきところは、淘汰されるべきだろう」(60)は、厳しい警醒と受け止めるべきであろう。

 立入の『電子出版の未来図』(61)も、同じく米国からの電子書籍への発言である。「より大事なのはフォーマットよりフォント」(62)、「オプトインという時代遅れの『壁』」(63)などの刺激的な見出しが並ぶ。出版産業については、「Amazon DTPのようなアグリゲーションの仕組みが主流になってしまえば、出版は、著者→ネット書店→読者という構図になる……編集者やデザイナーなどは、生き残っていく」(64)など一刀両断である。

 岸は、『アマゾン、アップルが日本を蝕む』(65)の中で電子書籍の問題とネットワーク全体の問題を併せて論じようとしている。その観点は、「日本を蝕むネット帝国主義」に抗して、「ネット上のサービスが日本の社会の特質に合った形で進化し、ネットが正しい形で日本社会のインフラとなるために」(66)である。多分に国粋主義的な論述と思える。

 脇の『アマゾン・コムの野望』(67)は、創業者ジェフ・ベゾス(Jeffrey Preston Bezos)とアマゾン社の過去から現在までを丹念に追った労作である。電子書籍との関係では、第10章「コンピュータ化されたビジネスのしくみ」、第11章「電子ブック端末キンドル」が該当する。

 

3. 電子書籍を考える入門書

 ここで、今から電子書籍について研究・学習をしようとする場合の入門書籍を紹介しておきたい。

 湯浅の『電子出版学入門』(68)は、電子書籍を考える上での入門書である。2009年6月刊行書の早くもの改訂版であり、論述対象の変化を反映している。巻末の「電子出版年表1985~2010年」には、2010年7月までの動向が収録されている。

 川井編『出版メディア入門』(69)の第5章「出版の電子化と電子出版」において、分担執筆者の植村は「今では印刷における文字情報流通とデジタルデータによる情報流通量の関係は逆転し、膨大な文字情報コミュニケーションの出力・流通形態の一つとして、印刷出版が存在しているとしても過言ではない」(70)と断言する。背景には人々の情報行動の大きな変容がある。

 山田の『出版大崩壊』(71)は、「既存メディアの新聞、テレビ、出版は力を失い、ウェブを通じたソーシャルメディアが主流となり、大衆はまとまりのない個衆となって」(72)という問題意識に立った、ジャーナリズムからの切り口である。造語「個衆」の定義があいまいであるe

 前原らの『2015年の電子書籍』(73)は、第I部「電子書籍市場の現状」、第II部「日米間またはコンテンツ間の比較による電子書籍の特徴」、第III部「電子書籍市場の今後と関連業界への影響」で構成される調査報告書の体裁で、論点の基礎データが豊富であり、電子書籍について考察を行う時の基本図書ともなろう。

 また、インターネットメディア総合研究所編の『電子書籍ビジネス調査報告書』(74)は、電子書籍の統計、調査報告書としての基礎資料である。

 なお、印刷図書を自分で電子書籍化する「自炊」などに興味があれば、例えば戸田の『電子ブック自炊完全マニュアル』(75)などを参照されたい。

 

4. 書物のゆくえ、知の公共性

 ここで少し、電子書籍の技術とビジネスモデルなどから離れて知の公共性について触れてみたい。

 長尾らによる『書物と映像の未来』(76)は、現在の環境下においての書物と映像をめぐる知の公共性を問う9編の論説を編集した書である。本書の問題意識は「はじめに」の記述に圧縮されている。「①保存、②可視化(デジタル技術による情報の共有化と構造化)、③社会的活用が積極的に結びつくためには、まず著作権やメディア文化資産の所有権に関する公共的な枠組みの整備、アーカイブ化を担う高度な専門人材(デジタル・キュレーターやデジタル・ライブラリアン)の地位保証、映像アーカイブと図書館、博物館などの関連機関の連携体制など、政策的次元で解決しなければならない課題が山積み」(77)と提起する。

 津野の『電子本をバカにするなかれ: 書物史の第三の革命』(78)は、著者の「バラエティ・ブック」(79)である。第1章「書物史の第三の革命」は書き下ろし。電子書籍を取り巻く基盤技術とビジネスモデルなど追求に倦んだ頭の清涼剤である。池澤編の『本は、これから』(80)と併せて共に愉悦である。

 萩野による『電子書籍奮戦記』(81)は、電子書籍で黎明期から20年以上関わってきた著者の書。VI章「電子出版の未来」(82)での「インターネット・アーカイブ、ノー・アマゾン、ノー・アップル、ノー・グーグル」は著者の真骨頂であろう。エールを送っておきたい。

 他には、東ほか編『情報社会の倫理と設計』(83)、エーコほかの『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』(84)、西垣の『スローネット』(85)、ラニアーの『人間はガジェットではない』(86)などにも目を配りたい。

 

さいごに

 2010年は「電子書籍元年」とされ、マスメディア、ネットメディアでさまざまに電子書籍を取りまく状況に関する出版が頻出した。本稿で取り上げた書籍は、70%近くが2010年に出版されている。また、その過半が新書本であったことは、刊行スピードの点と共に昨今の出版不況の象徴とも感じさせられた。

 レビューを反芻してみれば、3つのパターンが浮かび上がる。

(1)電子書籍のフォーマット、配信方法、ビューアー、デバイスなどの技術的側面を解説したもの。

(2)関係するステークホルダーのビジネスモデルや合従連衡を扱ったもの。ただし、小額課金の基盤と技術について、詳細に論じた書は見当たらなかった。

 (1)(2)は、急激に変化する情報環境生態系において、すぐに消費されていく情報である。現に2010年刊行の書の一部分は、「過去の情報」に堕している。

(3)書物のゆくえ、知の公共性を問うもの。

 明確な一つの解はなく、過去から未来まで思考の時間軸は長い。ある意味でその問いは、個人的な営為でもあろう。

 なお、文献末に電子書籍について論じた雑誌特集や論文類の書誌事項を付した。

 本稿の脱稿直前に、アマゾン社のキンドルの日本発売の動き、楽天のコボ、マイクロソフト社のタブレット端末、グーグル社のタブレット端末のニュースが流れた。電子書籍を取り巻く情報環境においても、第二幕が開ける。

 

(1) 石川幸憲. キンドルの衝撃: メディアを変える. 毎日新聞社. 2010. 185p.

(2) 前掲. p. 4.

(3) 前掲. p. 61.

(4) 前掲. p. 120.

(5) 前掲. p. 180.

(6) 港千尋. 書物の変. せりか書房, 2010, 248p.

(7) 前掲. p. 24.

(8) 長尾真. 電子図書館. 新装版, 岩波書店, 2010, 127p.

(9) 柳与志夫. 千代田図書館とはなにか:新しい公共空間の形成. ポット出版, 2010, 197p.
併せて、次を参照。
千代田Web図書館. https://weblibrary.chiyoda.com/, (参照 2012-06-30).

(10) 西田宗千佳. iPad vs キンドル: 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏. エンターブレイン, 2010, 15p.

(11) 前掲. p. 28.

(12) 前掲. p. 45-47.

(13) 前掲. p. 76-77.

(14) 前掲. p. 152.

(15) 前掲. p. 152.

(16) 岡嶋裕史. アップル、グーグル、マイクロソフト: クラウド、携帯端末戦争のゆくえ. 光文社, 2010, 181p.

(17) 佐々木俊尚. 電子書籍の衝撃:本はいかに崩壊し、いかに復活するのか?. ディスカヴァー・トゥエンティワン, 2010, 303p.

(18) 前掲. p. 230.

(19) 前掲. p. 232.

(20) 前掲. p. 258.

(21) 前掲. p. 266.

(22) 田代真人. 電子書籍元年:iPad&キンドルで本と出版業界は激変するか?. インプレスジャパン, 2010, 237p.

(23) 前掲. p. 140-144.

(24) ウィンドウォーカー, スティーブン. Kindle解体新書: 驚異の携帯端末活用法のすべて. 倉骨彰訳, 日経BP社, 2010, 236p.

(25) 境真良. Kindleショック:インタークラウド時代の夜明け. ソフトバンク・クリエイティブ, 2010, 205p.

(26) 前掲. p. 196.

(27) 前掲. p. 198-199.

(28) 林信行. iPadショック:iPhoneが切り拓き、iPadが育てる新しいビジネス. 日経BP社, 2010, 229p.

(29) 中西秀彦. 我、電子書籍の抵抗勢力たらんと欲す. 印刷学会出版部, 2010, 187p.

(30) 中西秀彦. 学術出版の技術変遷論考:活版からDTPまで. 印刷学会出版部, 2011, 451p.

(31) 植村八潮. 電子出版の構図:実態のない書物の行方. 印刷学会出版部, 2010, 275p.

(32) 高島利行ほか. 電子書籍と出版:デジタル/ネットワーク化するメディア. ポット出版, 2010, 205p.

(33) 前掲. p. 112.

(34) 前掲. p. 131.

(35) 岡本真ほか編. ブックビジネス2.0:ウェブ時代の新しい本の生態系. 実業之日本社, 2010, 237p.

(36) 前掲. p. 88-90.

(37) 村瀬拓男. 電子書籍の真実. 毎日コミュニケーションズ, 2010, 199p.

(38) 前掲. p. 193.

(39) 小川浩ほか. アップル vs. グーグル. ソフトバンク・クリエイティブ, 2010, 198p.

(40) 前掲. p. 132.

(41) 前掲. p.70.

(42) 武井一己. アップル vs アマゾン vs グーグル:電子書籍、そしてその「次」をめぐる戦い. 毎日コミュニケーションズ, 2010, 207p.

(43) 前掲. p. 132.

(44) 前掲. p. 184.

(45) 歌田明弘. 電子書籍の時代は本当に来るのか?. 筑摩書房, 2010, 269p.

(46) 前掲. p. 248-249.

(47) 中村伊知哉ほか. デジタル教科書革命. ソフトバンククリエイティブ, 2010, 277p.

(48) 前掲. p. 14.

(49) 前掲. p. 79.

(50) 川崎堅二ほか. 電子書籍で生き残る技術: 紙との差、規格の差を乗り越える. オーム社, 2010, 184p.

(51) 前掲. p. 3.

(52) 前掲. p. 121.

(53) 西田宗千佳. 電子書籍革命の真実:未来の本 本のミライ. エンターブレイン, 2010, 238p.

(54) まつもとあつし. 生き残るメディア 死ぬメディア:出版・映像ビジネスのゆくえ. アスキー・メディアワークス, 2010, 267p.

(55) 前掲. p. 232.

(56) 境祐司. 電子書籍の作り方: EPUB, 中間ファイル作成からマルチプラットホーム配信まで. 技術評論社, 2011, 239p.

(57) 小林雅一. ウェブ進化 最終形―「HTML5」が世界を変える―. 朝日新聞出版, 2011, 230p.

(58) 前掲. p. 178.

(59) 大原ケイ. ルポ電子書籍大国アメリカ. アスキー・メディアワークス, 2010, 187p.

(60) 前掲. p. 177-178.

(61) 立入勝義. 電子出版の未来図. PHP研究所, 2011, 238p.

(62) 前掲. p. 105.

(63) 前掲. p. 128.

(64) 前掲. p. 148-149.

(65) 岸博幸. アマゾン、アップルが日本を蝕む:電子書籍とネット帝国主義. PHP研究所, 2011, 265p.

(66) 前掲. p. 5.

(67) 脇英世. アマゾン・コムの野望―ジェフ・ベゾスの経営哲学―. 東京電気大学出版局, 2011, 303p.

(68) 湯浅俊彦. 電子出版学入門. 改訂2版, 出版メディアパル, 2010, 126p.

(69) 川井良助編. 出版メディア入門. 第2版, 日本評論社, 2012, 281p.

(70) 前掲. p. 108.

(71) 山田順. 出版大崩壊: 電子書籍の罠. 文藝春秋, 2011, 253p.

(72) 前掲. p. 10.

(73) 前原孝章ほか. 2015年の電子書籍: 現状と未来を読む, 東洋経済新報社, 2011, 194p.

(74) インターネットメディア総合研究所編. 電子書籍ビジネス調査報告書. インプレスR&Dインターネットメディア総合研究所, 2011, 435p.

(75) 戸田覚. 電子ブック自炊完全マニュアル: あなたの本棚をデジタル化する方法. 東洋経済新報社, 2010, 159p.

(76) 長尾真ほか編. 書物と映像の未来. 岩波書店, 2010, 179p.

(77) 前掲. p. xv-xvi.

(78) 津野海太郎. 電子本をバカにするなかれ: 書物史の第三の革命. 国書刊行会, 2010, 287p.

(79) 前掲. p. 283.

(80) 池澤夏樹編. 本は、これから. 岩波書店, 2010, 243p.

(81) 萩野正昭. 電子書籍奮戦記. 新潮社, 2010, 223p.

(82) 前掲. p. 187.

(83) 東浩紀ほか編. 情報社会の倫理と設計: ised. 倫理篇. 河出書房新社, 2010, 490p.

(84) エーコ, ウンベルトほか. もうすぐ絶滅するという紙の書物について. 工藤妙子訳, 阪急コミュニケーションズ, 2010, 469p.

(85) 西垣通. スローネット―IT社会の新たな形―. 春秋社, 2010, 220p.

(86) ラニアー, ジャロン.人間はガジェットではない: IT革命の変質とヒトの尊厳に関する提言. 井口耕二訳, 早川書房, 2010, 336p.

 

Ref:

雑誌

(1) 特集; 電子書籍入門. 週刊ダイヤモンド, 2010, 98(42), p. 28-95.

(2) 特集; 電子書籍は本の未来を変えるのか?. ダ・ヴィンチ. 2010, 17(9), p. 168-177.

(3) 特集; 電子書籍を読む!. ユリイカ, 2010, 42(9), p. 57-200.

(4) 「電子書籍」襲来で危機に晒される未来の「言論の自由」. 世界. 2010, (806), p. 196-204.

(5) 特集; 活字メディアが消える日. 中央公論, 2010, 125(6), p. 151-175.

(6) 特集; デジタル書籍に未来はあるのか. 本の窓. 2010, 33(5), p. 2-21.

(7) 電子書籍の基本からカラクリまでわかる本. 洋泉社, 2010, 223p.

(8) 電子書籍の正体 : 出版界に黒船は本当にやってきたのか!?: 緊急出版. 宝島社, 2010, 1, 96p.

(9) ON Deck Impress Digital Weekly 電子出版イノベーションのビジネス実践誌. 2010,
http://on-deck.jp/static/ondeck001.pdf, (参照 2011-01-28).

(10) 特集; 電子ブックと出版. 情報の科学と技術. 2012, 162(6), p. 229-260.

 

論文

(1) 村上泰子ほか.国立国会図書館電子図書館構想の変遷と課題―合意形成過程としてみた「長尾構想」を中心に―. 図書館界. 2010, 62(2), p. 128-137.

(2) 間部豊. 電子書籍・電子図書館に関する動向と今後の課題. 情報メディア研究. 2011, 10(1), p. 45-61.

(3) 湯浅俊彦ほか. 電子書籍の諸相、図書館の立ち位置. 図書館界. 2011, 63(2), p. 124-133.

(4) 北克一ほか. 電子書籍と公立図書館の今日的位置. Journal of Informatics. 2012, 9(1), p. 142-162.
http://ojs.info.gscc.osaka-cu.ac.jp/JI/include/getdoc.php?id=419&article=143&mode=pdf, (参照 2012-06-30).

(5) 家禰淳一. 公共図書館における電子書籍利活用の諸問題と提供モデルの考察-社会的諸相から見た電子書籍の流通システム-. Journal of Informatics. 2012, 9(1), p. 25-56.
http://ojs.info.gscc.osaka-cu.ac.jp/JI/include/getdoc.php?id=413&article=129&mode=pdf, (参照 2012-06-30).

[受理:2012-08-15]

 


北克一. 電子書籍. カレントアウェアネス. 2012, (313), CA1778, p. 22-27.
http://current.ndl.go.jp/ca1778