CA1756 – 大学図書館とライティング教育支援 / 赤井規晃

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カレントアウェアネス
No.310 2011年12月20日

 

CA1756

 

 

大学図書館とライティング教育支援

 

1. はじめに

 近年、わが国の大学図書館では学部学生に対するライティング教育支援の取り組みが盛んである。講習会(1)やライティング指導に特化した対面サービスの導入(2)といった形で実施されているほか、ライティング教育に関するセミナーやワークショップが開催されており(3)、大学図書館というコミュニティ内での関心の高さがうかがえる。

 このような大学図書館のアプローチは、大学における学習・教育のあり方の変化に誘発されたものではないかと考える。特に大きな影響を与えたのは、ラーニング・コモンズを受容する過程において、米国の大学図書館におけるライティング・センターの設置事例が紹介されたことであろう(4)。さらには、大学図書館がライティング教育支援に取り組むようになる前から、大学において初年次教育の一環としてライティング教育が定着していたという状況も見逃すわけにはいかない。

 今後の議論に資することを願って、以下、ライティング教育が普及する中で大学図書館はどう対応すべきかについて述べ、筆者のささやかな実践とそこから得たアイデアについて紹介することにしたい。

 

2. 普及するライティング教育への対応

 大学をとりまく環境はこの10年で大きく変化してきている。知識基盤社会化ともよばれる社会の変化、グローバル化の進展、少子化により大学がユニバーサル段階(5)に突入したことなど、様々な要因が複合した結果、学習の質への関心が高まり、学習を向上させるための教育改善が重視されるようになってきた。

 たとえば、初年次教育では、高校から大学への円滑な移行を支援するべく、大学での学びの基礎となる「スタディスキルズ」(6)の習得に重きがおかれ、とりわけ、レポートの書き方に代表されるライティング教育が盛んに行われている。文部科学省の調査では、初年次教育において「レポート・論文の書き方等文章作法関連」の授業を実施している大学は、2009年度には533大学(初年次教育を行う大学の86%)にのぼっている(7)

 このようにライティング教育が重要視されるのは、レポートや論文を書くためのトレーニングを通して、読み書きの能力、問題を発見し解決する力、論理的思考力といった、大学の専門課程で必要とされる能力を効果的に育成することができるからに他ならない。

 また、ライティング能力を学習・教育の基盤に位置づけるということは、大学における学習・教育活動の展開のなかでライティング教育が中心的な活動領域の一つになるであろうことを示唆している(8)

 こうした動向に即して、大学図書館も講習会やライティング・デスクの設置などの試みを通じて積極的な貢献をしようとしているが、ほとんどのケースで実質的な指導が教員や大学院生のチューターに委ねられ、管見の及ぶ限り図書館職員が関与している事例が見られないのは、非常に残念なことである。

 これからの図書館職員には一歩踏み込んで教育者としての役割が期待されていること(9)を肯定的に受け取るなら、ライティング教育に直接関与する方法についてもっと議論を深めていくべきではないだろうか。

 

3. 大阪大学での実践例

 本章では、大学図書館職員が積極的に関わった事例として、僭越ながら筆者が大阪大学で教員と協働で行った「論文の書き方・文献の読み方 プチ・ゼミナール」(3・4年生対象、4回の連続講座)を取り上げたい(10)

 この企画を思い立った理由は二つある。ひとつは、大阪大学ではライティング教育がまだ十分に普及しておらず、学生のニーズを少しでも拾い上げたかったということ、もうひとつは、そうした活動を通じて大学図書館の教育機能をアピールしたいと思ったことである。

 この企画の主眼は、添削指導ではなく論文を作るプロセスを学ぶことに置いている。また、<事前準備+講義+討議+次回の準備>を1サイクルとしてスパイラル状に学習効果を高めていくことを想定してワークショップ型を採用することにしたが、これには、ラーニング・コモンズの活用というもう一つの動機も含まれる。

 受講生は、まず申込時に宿題として課された論文の企画書(指定様式)を作成し講座に挑む。企画書はその後3回の講義を通じてブラッシュアップしていき、最終回でその成果を発表しあう。

 各講義の内容は、(1)論文の基本的な構成や組み立て方、(2)アカデミック・リーディング(11)のコツ(論文を構造的につかむ方法を知り、書き方の参考とするため)、(3)パラグラフ・ライティングや論証の展開法、の3つとし、敢えて情報探索に関する内容を含めていない。時間的に扱い切れないというのも一つの理由だが、講師が受講生との討議において一定程度の指導ができるであろうし、また、講義の焦点を論証の形式の理解や、文章構成法の解説に絞りたいと考えたからである。

 12月という開催時期がよくなかったのか、参加者の数自体は非常に少なかった。しかしながら、全回出席した受講生たちの企画書を見ると、回を重ねるごとに学習効果が表れてきているのがはっきりとわかり、一定の成果を得ることはできたと考えている。

 また、問題点としては下記3点が挙げられる。

 (1)受講者が回を経るごとに減少した

 (2)講師には幅広い専門分野の基礎知識が必要

 (3)ごく少数の学生にしか対応できない

 (1)は、おそらく企画書の作成が負担になったものと思われる。学生にとっては純粋な課外学習では動機の確保が困難だということであろう。(2)は当然のことではあるが、図書館職員が講師を務める上で、高いハードルとなることは間違いない。(3)については、こうした企画を図書館の学習支援の継続的な取り組みにしていきたいところではあるが、その場合、図書館単独で実施するには負担が大きくなる懸念がある。

 以上のことから、図書館にとっての課題は、学生の動機を確保しつつ、外部からのサポートも得られるような方法を模索する、ということになる。

 

4. 今後に向けて

 先述の課題をクリアするにはどんな方法があろうか。一つの可能性として、たとえば、教員やティーチング・アシスタント(TA)のサポートがあり、カリキュラムと連動していて、自然な形で身につく方式というのが考えられる。

 そこで思いついたのが、米国の大学の授業形式をヒントにした、図書館を取りこんだ授業構成の提案である。

 米国の大学では(人文系の)大規模講義にあっては、各回の講義にあたり宿題が出されるのが普通のようである。指定された文献を読んで(reading assignmentという)、内容をまとめたものを提出するという具合である。また講義とは別に、TAがチューターとなり、受講生を少人数のグループに分けて討論(discussion section)を実施したりする(12)。要するに、講義を受けるための事前準備も含めて授業の一環として管理・指導しているわけである。

 それに倣い、1単位に定められた学修時間(13)を、(1)教室での講義、(2)図書館でのTA・図書館職員によるライティング指導やディスカッション、(3)学生の自主学習、の3つに等分(各30時間)に割り振って、読み・書き・討論・講義を1サイクルとする授業システムを構築する。

 このシステムなら、学生にとっては強力な自習支援となり、またTAにとっては教育者としてのトレーニングを重ねるよい機会になろう。教員にとっては充実した外部サポートを得ることによって、授業運営にかかる労力を軽減できるかもしれない。そして、大学図書館職員にとっては、教育の最前線で教育者してのトレーニングができる願ってもないチャンスになる。

 こうした思いつきがそのまま実現するとは思っていないが、ただ、いまの大学図書館職員に求められているのは、まずはこのようなアイデアを出し合い、ライティング教育支援に限らず、幅広い視野から学習・教育支援のあり方を教員と共に探っていく積極的な姿勢であると考える。

大阪大学附属図書館:赤井規晃(あかい のりあき)

 

(1) 堀一成. 附属図書館ラーニング・コモンズを利用した教育実践の試み. 大阪大学大学教育実践センター紀要. 2010, (7), p. 81-84.
近田政博. 「レポート書き方講座」を担当してみて感じること. 館燈. 2010, (176), p. 7.
http://www.nul.nagoya-u.ac.jp/koho/kanto/kanto176.pdf, (参照 2011-10-07).

(2) たとえば、国際基督教大学や一橋大学など。
“ライティングサポートデスク”. 国際基督教大学図書館.
http://www-lib.icu.ac.jp/WSD/WritingSupportDesk.htm, (参照 2011-10-07).
“「レポート・論文の書き方」相談”. 一橋大学附属図書館.
https://www.lib.hit-u.ac.jp/retrieval/report/index.html, (参照 2011-10-07).

(3) たとえば、名古屋大学附属図書館研究開発室による「第36回オープンレクチャー『ライティング教育を基点とした大学図書館における学習支援と教育支援の展開』」、長崎大学の「全学教育FD・SDワークショップ『ライティングの指導と支援をどう強化するか』」など。
“第36回オープンレクチャー”. 名古屋大学附属図書館研究開発室.
http://libst.nul.nagoya-u.ac.jp/activity/openlecture/36.html, (参照 2011-10-07).
“長崎大学全学教育FD・SDワークショップ”. 長崎大学附属図書館. 2010-02-12.
http://www.lb.nagasaki-u.ac.jp/ad/event/, (参照 2011-10-07).

(4) たとえば、名古屋大学附属図書館研究開発室編『名古屋大学附属図書館研究年報』(第7号)など。
名古屋大学附属図書館研究開発室編. 名古屋大学附属図書館研究年報, 2008, (7).
http://libst.nul.nagoya-u.ac.jp/pdf/annals_07.pdf, (参照 2011-10-07).
ただし、金沢工業大学のようにラーニング・コモンズが話題となる以前(2004年)からライティング・センターを設置している事例もある。
“学習支援デスク・ライティングセンター”. 金沢工業大学ライブラリーセンター.
http://www.kanazawa-it.ac.jp/kitlc/page3/desk.html, (参照 2011-10-07).

(5) アメリカの社会学者トロウは、大学適齢人口中に占める大学進学者数の比率を基準にして、高等教育システムの変化に3つの段階を設定した。ユニバーサル段階とは、進学率が50%を超え、高等教育が高度に大衆化した段階をいう。
トロウ, マーチン. 高学歴社会の大学 : エリートからマスへ. 天野郁夫ほか訳. 東京大学出版会, 1976. 204p.

(6) 具体的には、文献の探し方、ノートの取り方、プレゼンテーション技法、レポートの書き方、PCの利用法など。

(7) 文部科学省高等教育局大学振興課大学改革推進室. “大学における教育内容等の改革状況について”. 文部科学省. 2011-08-24.
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/daigaku/04052801/__icsFiles/afieldfile/2011/08/25/1310269_1.pdf, (参照 2011-10-07).

(8) 井下千以子ほか. ライティング教育を基点にした学習支援とFD活動の展開(2). 大学教育学会誌. 2010, 32(2), p. 36-38.

(9) 科学技術・学術審議会学術分科会研究環境基盤部会学術情報基盤作業部会. “大学図書館の整備について(審議のまとめ): 変革する大学にあって求められる大学図書館像”. 文部科学省. 2010-12.
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu4/toushin/1301602.htm, (参照 2011-10-07).

(10) 詳細については、第16回図書館利用教育実践セミナー in 京都(日本図書館協会主催、2011年3月12日)において報告した。また下記の文献も参照されたい。
上原恵美ほか. ラーニング・コモンズ:そこで何をするのか、何がやれるのか. 図書館界. 2011, 63(3), p. 254-259.
なお、この企画は2010年度12月に第1回目を実施したものであるが、2011年度も同時期に実施を予定している。

(11) McWhorter, Kathleen T. Academic Reading. 6th ed., New York, Longman, 2007, 512p.
Lewis, Jill. Reading for Academic Success: Reading and Strategies. Boston, Houghton Mifflin, 2002, 585p.

(12) 苅谷剛彦. アメリカの大学・ニッポンの大学 : TA・シラバス・授業評価. 玉川大学出版部, 1992. 222p.
伊藤憲二氏(総合研究大学院大学准教授)のブログ。
“『ハーバード白熱教室』の裏側:ハーバードの一般教養の授業をサンデルの講義を例にして説明してみる”. Cerebral secreta: 某科学史家の冒言録. 2010-07-25.
http://d.hatena.ne.jp/kenjiito/20100725/p1, (参照 2011-10-07).

(13) もともと大学設置基準第21条が定める単位制度では1単位に必要な学修時間は45時間が標準とされており、大抵の大学では、一般的な2単位の講義形式の授業科目であれば、必要な全学修時間90時間のうち講義時間30時間を除く60時間は自主学習を行うよう学生に指導している。単位の実質化の観点からは、この60時間の質の保証が鍵となるが、完全に学生の自由に委ねられているのは、問題であろうと思われる。

 


赤井規晃. 大学図書館とライティング教育支援. カレントアウェアネス. 2011, (310), CA1756, p. 2-4.
http://current.ndl.go.jp/ca1756