CA1656 – 小特集 北欧のコミュニティと公共図書館:ノルウェー / マグヌスセン矢部直美

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カレントアウェアネス
No.295 2008年3月20日

 

CA1656

小特集 北欧のコミュニティと公共図書館

 

ノルウェー

 

 ノルウェーは今回紹介されている北欧3国の中では一番人口の少ない国である。統計局(Satatistisk sentralbyrå)(1)によると、人口は2007年1月1日現在で470万人弱。人口は少ないものの、国土は日本の面積に匹敵しており、公共図書館は全国土に住む人々にサービスを提供するという課題がある。広い地理をカバーするためブックモービル、ブックボートが長年存在してきたが、これらも近年予算削減に苦しみ、幾度も廃止政策が打ち出された。しかし、その度に全国的な署名活動等が展開され、現在のところ何とか維持されている。

 その一方で、新たな動きも出てきている。国の機関として2003年にABM開発(ABM-utvikling)(2)が発足し、時代にあった文化サービス提供を指導するとして公共図書館、大学図書館、学校図書館、専門図書館のサポートに当たっている。ABM開発は2006年に図書館改革構想を打ち出した。2014年を目標にノルウェー国内の図書館は、公共、専門、学校各種図書館の垣根を越えた「ノルウェー図書館」と称するネットワークを形成するという構想である(3)。本稿ではノルウェーの公共図書館の現状とともに、現在進められている「ノルウェー図書館」構想について紹介したい。

 

1. 公共図書館の法制と統計

 ABM開発の統計(4)によると、2006年時点でノルウェー全国に公共図書館は431館あるが、分館数は1997年の1,088館から815館と減っており、これらの分館は多くが学校図書館も兼ねる図書館である。図書館員数は2,573人、うち司書資格保持者1,088人である。開館時間は土曜日を含め、以前よりも延長されている。また図書館の83%はインターネットでOPACを公開している。

 図書館資料予算は1998年以来減少傾向にあったが、2006年に若干増加した。電子メディアが全体の約8%を占めており、オーディオブックの貸出が増加傾向にある。一方でインターネットでダウンロードできるためか、DVDやCDの貸出は減少しつつある。

 ノルウェーでは、最初の公共図書館法は1935年に制定され、その後も改正を重ねてきた。現行法は1985年に制定されたものである(5)

 この法律によると、各コミューン(自治体)ごとに公共図書館を1館設置し、図書館長は司書資格保有者でなければならないと定められている。また公共図書館の利用は無料とし、国内の全ての人を対象に、図書や他のメディアの貸出を通じて、情報、教育文化活動に寄与する。図書館サービスは、あらゆる良質の文化を反映し、図書館の活動を人々に知らせるべく積極的に情報を発信する、と規定されている。

 2014年に向けた改革の進展により、今後も公共図書館法は改正される可能性がある。

 

2. 公共図書館の現況

 公共図書館は、兼用図書館(公共図書館兼学校図書館)、小中学校図書館と共に各コミューンが予算を決定している。コミューンごとに差はあるが、ホームページやブログに力を入れ、地元の作家紹介や、利用者、図書館員等による図書紹介のページを設けている館もある。

 例えば、北ノルウェーのノーランド(Nordland fylke)県のファウスケ・コミューン(Fauske kommune)は人口1万人弱の小さな市だが、その公共図書館では、ウェブサイトに子ども用ページ、中高生用サイト、ブログがあり(6)、図書館と利用者が気軽にコミュニケーションできるようにしている。加えて、ノーランド県下の公共図書館の共通ウェブサイト(7)で、近隣の公共図書館、学校図書館との連携を図っている。

 一方、南ノルウェーのテレマルク(Telemark)県のシェーエン・コミューン(Skien kommue)は、劇作家イプセン生誕の地であり、公共図書館でも当然のことながらイプセン関係図書の充実が重要視されている。シェーエン・コミューン公共図書館のホームページの各部門(8)を見ると、成人部門、児童部門とともに、移民部門、イプセン部門、地方史部門、さらに刑務所内図書館も公共図書館の一部門として管理されていることがわかる。

 コミューンによっては、図書館とサービス機関(行政窓口等)が同じ建物内にあり、その場合は図書館員の勤務時間帯外は他の職員が貸出や返却を代行することで、開館時間を延長している。

 ノルウェーでは、インターネット、ブロードバンドの一般普及率が高く、デジタルの情報で代替されると結論づけたがる人も少なくないが、デジタル環境のない家庭もまだまだある。デジタル化された情報が優先される時代、それにアクセスが可能でないと、その情報を手に入れることは全く不可能になる。それらの人々にとって、公共図書館はインターネット環境を提供する場としても大切なのである。その意味では、デジタル化が進んでもヴァーチャル図書館だけでなく、実在の図書館も必要とされつづける。

 また近年では、学生児童の読書力の著しい低下が指摘されている。このため公共図書館、学校図書館の存在を再認識すべきという声も出ている。しかし限られた予算の中で、何を優先するかは、長期計画で考える必要があろう。

 

3. 移民と公共図書館

 近年の移民人口の増加に伴い、移民の背景を持つ公共図書館利用者が増え続けている。これを反映し、図書館予算減少傾向の中で、多言語図書館の予算は増額されている。多言語図書館サービスは、首都オスロ・コミューンのダイクマン図書館の多言語図書館部門が、ノルウェー全土の需要に対応している。図書館は文化政策の一端を担っており、移民がノルウェー社会に溶け込んでいくために、多言語による図書館サービスは重視されている。

 2008年のノルウェーの文化政策は「多彩な文化の年」をテーマに掲げている。この政策は、本来のノルウェー以外の移民文化や少数民族文化、ハンディキャップ等、様々な価値を文化面で積極的に取り入れることを目指している。この目標に合わせ、催しを企画している公共図書館もある。

 

4. 「ノルウェー図書館」構想の紹介

 本章では現在ABM開発が進めている、「ノルウェー図書館」構想について紹介したい。この構想は三本柱からなる。

  1. インターネットを通じたサービスの充実

     国立図書館とABM開発は共同で国レベルの共通図書館ホームページ作りに当たっている。公共図書館にとっての一番大きな影響は、全国共通貸出カード(9)の導入である。一枚の貸出カードで、全国どこの図書館でも資料を借りられるというものであり、すでに地方の各コミューンでもこのカードの配布が始まっている。ノルウェーでは、ほぼ全ての教育機関(小、中、高等、大学)が公立であり、各大学図書館と公共図書館間のILLはごく日常の業務として一般的に行われている。また、インターネットを使った大学講義やグループ作業が広がっており、分野によっては国内外を問わず大学教育を遠隔で受ける学生が増えてきている。例えば、オスロ大学に籍を置きながら、普段はノルウェー北部のトロムソで生活することも可能である。この場合、オスロ大学図書館にしかない自分の専門分野の本を借りるには、地元の公共図書館を通じて本の貸出を依頼することになる。つまり、地元の公共図書館が、その学生にとっては大学図書館の窓口となる。このため都市の大学に籍を置き、地元で勉強する学生の公共図書館利用も増加している。

  2. 図書館セクターの再編成

     第2点目は、小規模な公共図書館、専門図書館、学校図書館と大規模図書館との協力体制の強化である。この点については様々な懸念があり、必ずしも歓迎されているわけではない。小規模な市では、自治体内の地元図書館を失う恐れがある。すなわち大規模図書館の下に一つだけ分館が置かれ、地元の図書館業務がデジタルサービスに置き換えられてしまうという可能性が懸念されている。ヴァーチャル図書館は、必ずしも物理的図書館の役目は果たせないが、一方で、時代の流れと限られた予算内で何を優先していくか、という問題も存在する。

  3. 図書館職員の技能知識向上

     情報社会の発展、ITサービスの進化、新たな図書館の役割など、図書館と密接にかかわる分野は常に変化の波にさらされている。そこで図書館司書の知識を常にアップデートするために、セミナーやワークショップを活発に開催したり支援している。これらの多くは首都のオスロ、あるいはスカンディナヴィアの他国や欧州で行われるため、地方の司書は参加費、旅費の援助をABM開発や、県立図書館(fylkesbibliotek)(10)に頼っている。

  4.  

    謝辞

     本稿執筆にあたり公共図書館について、ファウスケ公共図書館長のバーント・ブレイボル(Bernt Breivoll)氏、シェ-エン公共図書館司書のアグネテ・ハフスショルド(Agnete Hafskiold)氏に多くの情報を提供いただいた。ここに記して感謝の意を表する次第である。

    オスロ大学図書館:マグヌスセン矢部直美(まぐぬすせん やべ なおみ)

     

    (1) “Statistic Norway”. http://www.ssb.no/english/subjects/02/befolkning_en/, (accessed 2008-01-08).

    (2) ABM-utvikling (Arkiv, Bibliotek, Museum)とは、公文書、図書館、博物館各セクター間の協力を強め、新しい時代にあった文化サービスを提供するため、国がこれらの機関を指導する組織である。

    (3) “ABM skrift#30: Bibliotekreform 2014 del I stragtegi og tiltak”. http://www.abm-utvikling.no/publisert/abm-skrift/abm-skrift-30.html/, (accessed 2008-01-08).
    “ABM skrift#31 del II Norgesbibliotek - nettverk for kunnskap og kultur”. http://www.abm-utvikling.no/publisert/abm-skrift/abm-skrift-31/, (accessed 2008-01-08).

    (4) Statistikk for bibliotek og museum 2006. ABM skrift. 2006, (41). http://www.abm-utvikling.no/publisert/abm-skrift/abm-skrift-41.html/, (accessed 2008-01-08).

    (5) “The Act of 20 December 1985 No. 108 on Public Libraries”. http://www.abm-utvikling.no/bibliotek/lov-og-rett/bibliotekloven/bibliotekloven-engelsk-versjon, (accessed 2008-01-08).
    なお、フィルケ(fylke)とは、コミューンの上の行政単位である。

    (6) “Fauske bibliotek”. http://fylkesbibl.monet.no/0/404, (accessed 2008-01-08).

    (7) “Biblioteknett Norland” http://fylkesbibl.monet.no/

    (8) “Skien bibliotek”. http://www.skien.folkebibl.no/hoved/avdelinger.html, (accessed 2008-01-08).

    (9) 大学図書館等は総合目録Bibsysを使って、各大学の学生が他大学の図書館でも貸し借りをできる状態になっている。学生証=貸出カードである。

    (10) 県立図書館は、その下にある各コミューンの学校図書館、公共図書館等を指導する立場にある。

    Ref:Bibliotekreform 2014: del I: strategier og tiltak. ABM skrift. 2006, (30). http://www.abm-utvikling.no/publisert/abm-skrift/abm-skrift-fulltekst/abm-skrift-30-bibliotekreform-2014.html, (accessed 2008-01-08).

    Bibliotekreform 2014: del II: Norgesbiblioteket: nettverk for kunnskap og kultur. ABM skrift. 2006, (31). http://www.abm-utvikling.no/publisert/abm-skrift/abm-skrift-31/, (accessed 2008-01-08).

    Statistikk for bibliotek of museum 2006. ABM skrift. 2007, (41), http://www.abm-utvikling.no/publisert/abm-skrift/abm-skrift-41-statistikk-for-bibliotek-og-museum-2006, (accessed 2008-01-08).

    “Statistic Norway”. http://www.ssb.no/english/, (accessed 2008-01-08).

    “ABM-utvikling”. http://www.abm-utvikling.no/?set_language=en, (accessed 2008-01-08).

    “Lovdata”. http://www.lovdata.no/info/lawdata.html, (accessed 2008-01-08).

     


    マグヌスセン矢部直美. 小特集, 北欧のコミュニティと公共図書館:ノルウェー. カレントアウェアネス. (295), 2008, p.18-21.
    http://current.ndl.go.jp/ca1656