CA1533 – 緊急時に求められる図書館サービスについて / 清水扶美子

 

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カレントアウェアネス
No.281 2004.09.20

 

 

CA1533

緊急時に求められる図書館サービスについて

 

 身近に緊急事態が発生したときに人々がまず欲するものの1つに「情報」がある。メディアによって伝えられる緊急事態そのものについての情報とともに,自分たちはどう対応すればよいのか,事態に巻き込まれた知人の行方は,といったもっと個人に密着した情報についても必要とされる。ところが,それらの一次情報は各専門機関で照会可能であるものの,どの情報をどこに照会すればよいのかといった,いわゆる二次情報を一括して入手できる公的機関はなかなかみられない。ここに情報を収集・提供する機関としてのサービスの可能性を見出した図書館がある。

 以下では,こうした図書館の事例として,中国国家図書館,ニューヨーク公共図書館(New York Public Library)及び台湾国家図書館の活動を紹介する。

 2003年4月,アジアの各地でSARSが蔓延した際に,中国では中国国家図書館および首都図書館,上海図書館など7つの省立,市立図書館が,それぞれのウェブサイトの中に予防法等SARSに関する情報を集めたページを次々に立ち上げた。中でも中国国家図書館が全国文化信息資源共享工程(全国文化情報資源共同利用プロジェクト)と共同で立ち上げたウェブサイト「抗撃“非典”,珍愛健康。(SARSに抵抗し,健康を大事にしよう。)」(“非典”とは非典型肺炎の略で,SARSのことである。)では,SARSに関する病理や治療法などの研究から家庭での予防法にいたるまで,幅広い分野の最新動向が載せられ,随時更新されている。それだけではなく,SARS対応の拠点となる病院・機関や専門家,使われる薬についても紹介されており,また,いくつかのSARS予防法に関する図書が電子化され,その全文が今でも無料で閲覧可能となっている。SARSに関する情報を求めてこのウェブサイトを訪れた人々が,ただ単にSARSという病気について知るだけではなく,どのようにして予防すればよいか,万一感染してしまった場合はどこに連絡をし,どの病院に診察を依頼すればよいかなど,SARSに関する一次,二次を合わせた広範囲の情報を効率よく得ることができるようになっている。
米国では,2001年9月11日の同時多発テロ発生を受けて,ニューヨーク公共図書館が緊急情報のページを同館のウェブサイト内に立ち上げた。その中の緊急電話番号のページでは,犠牲者家族支援センターやDNAサンプル収集の場所・時間・連絡先のような犠牲者の家族のための情報から,市の災害センターや警察などの公的機関へのホットライン,寄付・基金や献血についての連絡先,病院やカウンセリング,郵便の仮配達所まで豊富な情報が掲載された。また,これらのような二次情報の提供だけではなく,関連図書の推薦や電子メールによる司書への問い合わせの対応など,情報を保有する機関として,一次情報の提供も行っていた。

 この2例に共通して言えることは,既存の資料を利用者の求めに応じて提供するこれまでのサービスにとどまらず,図書館側から,必要とされるであろう情報を能動的に収集し,いわば情報の中継地点として活躍したということである。

 さらに,情報の提供のみにとどまらず,患者やその家族を精神面で支えるサービスを行った事例もある。

 2003年にSARSの脅威に見舞われた台湾では,台湾国家図書館が様々な抗SARS対策を展開した。まず3月末にSARS予防についてのポスターを掲示,4月末には利用者にマスクの着用を呼びかけたほか,5月には同館のウェブサイト上に「SARS心霊補給站(SARS元気補給ステーション)」を立ち上げた。

 このページは,世界保健機関(WHO)が管理するSARSについての専門ページや台北市の衛生局の専門ページなど,12のSARS関連サイトへのリンクを張るほか,11冊の電子図書および100編を超える小品の全文を無料で閲覧できるようにした。そのジャンルは,小説,笑い話からレシピ集など料理に関する図書まで多岐にわたる。

 このページの目的は,その名の示す通り,SARSにかかって隔離され,図書館を訪れることができない人々にも本を読む機会を提供することで,そうした人々の孤独を少しでも和らげ,暗く落ち込んだ気持ちを回復に向かわせようというものである。図書館職員自身はカウンセラーではないので,患者一人一人と向かい合ったカウンセリングを行うことはできない。だが,このように来館したくてもできない潜在的利用者をも視野に入れたサービスを展開することにより,「何かあっても図書館に行けば(あるいは,図書館のウェブサイトを見れば),自分にとって助けになる何かが得られる」という,図書館の存在価値についての再認識を導き出せるのではないだろうか。

 以上に述べた3館のサービスが住民に大いに歓迎されたことは,緊急事態に図書館がどう対応していくべきかを考える上で,注目に値する。

関西館資料部収集整理課:清水 扶美子(しみず ふみこ)

 

Ref.

孫継林. 国内図書館抗SARS網頁述評. 国家図書館学刊. (46), 2003, 63-65.

中国国家図書館. 抗撃“非典”,珍愛健康。(online), available from < http://202.96.31.16/kjfd/ >,(accessed 2004-06-20).

The New York Public Library. Emergency information. (online), available from < http://www.nypl.org/branch/services/emerginfo.html >, (accessed 2004-03-19).

菅谷明子. “第3章 市民と地域の活力源”. 未来をつくる図書館−ニューヨークからの報告−. 東京, 岩波書店, 2003, 92-102.

台湾国家図書館. SARS心霊補給站. (online), available from < http://book.ncl.edu.tw/ncl/sarsweb/index.asp >, (accessed 2004-06-20).

兪小明. 国家図書館SARS防疫相関措施. 国家図書館館訊. (97), 2003, 26-28.

 


清水扶美子. 緊急時に求められる図書館サービスについて. カレントアウェアネス. 2004, (281), p.8-9.
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