E834 – 紀要電子化の周辺には,どんな世界が広がっているか?<報告>

カレントアウェアネス-E

No.135 2008.09.17

 

 E834

紀要電子化の周辺には,どんな世界が広がっているか?<報告>

 

 2008年9月2日・9月3日の両日にわたり,京都大学数理解析研究所(RIMS)の主催,国立情報学研究所 国際学術情報流通基盤整備事業(SPARC Japan)の共催でRIMS研究集会(第4回 SPARC Japan セミナー2008)「紀要の電子化と周辺の話題」が開催された。

 9月2日は3名の報告がおこなわれた。名古屋大学附属図書館研究開発室の三根慎二氏はオープンアクセス(OA)の効果について,「オープンアクセス仮説」「早期アクセス仮説」「自己選別仮説」の3つの仮説を挙げ,これら3つの非排他的な要因が重なって,OA論文の被引用数が増加しているように見えることを指摘した。だが現時点でOA化とOA論文の被引用数増加との因果関係は不明であり,これを解明するためには調査項目や集計方法の標準化が望まれること,学術情報の電子化・オープンアクセス化の評価は,今後も必要であり,厳密な調査設計と信頼性のあるデータが重要であることを指摘した。東北大学大学院理学研究科教授の服部哲弥氏は,数学的モデルをamazon.co.jpのビジネスモデルに適用し,経済学的分析を試みた結果,いわゆる「ロングテール」の経済的効果は経済学者による先行研究ほどの効果はないのではないか,との仮説を発表した。東北大学名誉教授の小田忠雄氏は引用統計について,引用を用いて論文を評価する試みの有用性について,国際数学連合などが2008年6月に発表した“Citation Statistics”も引用しつつ,そもそも引用元文献に記載されている被引用文献に関する情報は,かならずしも万全ではなく,インパクト・ファクターはそのような不確かな情報を利用して作成されていること,またインパクト・ファクターそのものが,学術雑誌のランク付けの方法の1つに過ぎず,論文や著者の評価比較にはそもそも適さないこと,また研究分野ごとに引用に対する考え方が異なること,引用の意味・解釈が極めて主観的であることなど述べ,引用統計の利用には注意を要することを指摘した。

 翌9月3日は午前中2名,午後3名の計5名の報告が行われた。国立情報学研究所の尾城孝一氏は,SPARC Japanのこれまでの活動の総括と,2009年から始まる第3期事業に向けた今後の方向性について報告した。北海道大学大学院理学研究院の行木孝夫氏は,学術機関リポジトリやJ-STAGE,コーネル大学が運営する“Project Euclid”など,ウェブ上に散在している論文を,OAI-PMHを利用して収集し「数学ポータル」を構築するプロジェクト“DML-JP”が進められていることを報告した。慶應義塾大学経済学部の戸瀬信之氏は,日本数学会が取り組む文献の電子化作業と著作権処理について報告した。数式検索研究所の橋本英樹氏は,Webで数式を標記する言語“MathML”を利用した,数式検索システムの基本アルゴリズムと論文,技術情報,特許,教材,数学事典などのコンテンツ検索システムへの応用の可能性について報告した。日本化学会の林和弘氏は,日本化学会による電子ジャーナルへの取り組みや,化学系ジャーナル編集者の立場から見た数学系紀要の電子化に関する報告を行った。

 本研究集会は,「これまでに蓄積した成果および問題意識を諸分野の各ジャーナルと共有し,同時に諸分野の成果と問題点との関わりを議論する場」にするという主催者の問題意識を反映して,大変活発な議論が,互いに異なるバックグラウンドを持つ報告者と参加者との間で交わされ,数学や紀要の電子化の世界に留まらない,その周縁に広がる幅広い話題を取り上げた,貴重な討論の場となった。なお,当日のスライド資料が,SPARC Japanウェブサイト上で公開されている。

(国立国会図書館:上山卓也)

Ref:
http://www.nii.ac.jp/sparc/event/2008/20080902.html
http://www.sci.hokudai.ac.jp/~nami/blog/log/eid14.html
http://www.mathunion.org/fileadmin/IMU/Report/CitationStatistics.pdf