E2077 – ChefBNEに見る食・料理を通じたデジタル化資料の活用

カレントアウェアネス-E

No.358 2018.11.22

 

 E2077

ChefBNEに見る食・料理を通じたデジタル化資料の活用

 

 スペイン国立図書館(BNE)では2017年11月から2018年2月にかけて,同国に関係の深い食材・料理を解説した12の動画を公開する事業,ChefBNEを実施した。デザインコンサルタント会社との協力による映像作品としての価値だけでなく,一線で活躍する料理人や研究者によって監修された内容という点でも注目を集め,SNSを介して話題となった。本稿では,図書館と食というテーマの可能性,外部資源を用いたデジタル化資料の活用という2つの観点から本事業を紹介する。

 BNEでは2015年に中期活動計画であるPlan Estratégico 2015-2020を策定し,これに基づいて各種事業を展開している。この計画では同館の保有する資源へのアクセス保証や資源の活用のための対外連携などが戦略として掲げられ,2017年5月にはデジタル経済の発展と公的サービスの改善を促進する国営企業Red.es社との連携のもとで同館のデジタル資料の活用を推進する協働の枠組み「BNEラボ」が創設された。ChefBNEはこのBNEラボの事業の一つとして実施されたものである。

 デジタル化資料の活用という文脈の中で,なぜ食というテーマが採用されたのか。同館は,研究者だけではなく一般の人々にも届くより適切な情報発信の方法を必要としていたこと,既存の知識に新しい価値を見出すためには学際的な視点が必要であったことをあげている。その点,料理やそれにまつわる事柄は単に技術的な話にとどまらず,スペインの社会史を構成する重要な要素である。社会の慣習はもとより,数世紀にわたる食,健康,娯楽や社会的な交流を理解するための格好の証跡であるという点から,本事業のテーマとなった。

 そうした背景を踏まえ,動画の作成は料理人や料理研究家だけでなく,それぞれのテーマにあわせた歴史学や考古学,文献学などの研究者が加わっている。対象となるレシピも,古代ローマの料理を伝える料理書から「ガルム(魚醤)」,セルバンテスの研究者によるレシピからは『ドン・キホーテ』でもおなじみの「腐った煮込み」,カスティージャ語初の料理書からは当時アラブとユダヤの象徴とされた茄子を用いた「茄子のムーア風」,そして新旧両大陸の要素をかけあわせた「スペイン風トマトソース」「チョコレートマカロン」など,いずれもスペインと深いかかわりを持つ品や資料が選ばれており,資料の紹介というよりは資料を用いた研究の成果物というべき内容となっている。

 作成された動画は毎週1本ずつYouTubeの事業公式チャンネルで公開され,同館では初となるInstagramの他Twitterの事業用アカウントが情報の拡散に努めた。現在見られるChefBNEの公式サイトは事業終了時に当初の予定を変更して作成されたものであり,動画を公開していた期間はもっぱらこの3つのアカウントから情報発信がなされている。実際の投稿を見てみると,本事業のアカウントと館の汎用アカウントでは運用方法がやや異なっていることがわかる。InstagramだけでなくTwitterでも大多数の投稿に動画,GIFアニメ,絵文字を利用して視覚的に訴求し,さらに12の動画を起点としてスレッドでつなげることで単発の宣伝ではなく読み物としても楽しめる。また,随所に協力者・関係者のアカウントとのつながりや関連情報へのリンクを挟むことでSNSらしい広がりを作り出すことにも成功しており,多くのアカウントが関心を持って二次的に情報を拡散していることがわかる。広く社会に受け入れられているメディアであるSNSを実験的に使用し,新たな情報発信の手段を確立するという点も本事業の特徴である。

 以上,簡単にChefBNEについて紹介したが,日本では図書館等が専門家達を巻き込んで食というテーマを深く掘り下げた事例はあまり見られない。しかし,地域の食材や料理をテーマにした展示会や講演会などのイベント,利用者が図書館資料から情報を掘り起こし商品化した例など図書館と食の関わりを示す例は身近に存在する。また電子情報という観点からも人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)が提供する「江戸料理レシピデータセット」や,料理レシピのウェブサイトにおける「クックパッド江戸ご飯」などの取り組みがあり,この事業の考え方が同国だけにあてはまるわけではないことを示してくれる。

 本稿ではBNEが研究者やデザイン会社など外部の専門家と連携することで魅力的なコンテンツをつくりだし,さらにSNSという外部のメディアを利用することで効果的にコンテンツを社会に提示できたことを説明した。この点,デジタルアーカイブの設置が進む中でその利用という新しい命題を背負いつつある国内の機関にとっても一つのヒントとなるだろう。ChefBNE自体はすでに事業を終了しているが,他館への波及やその成果を踏まえての今後のBNEラボの展開に注目したい。

電子情報部システム基盤課・水野翔彦

Ref:
http://www.youtube.com/channel/UCTTxHtAxfMglU4380GHDPYQ/featured
http://www.bne.es/es/LaBNE/PlanEstrategico/
http://chefbne.bne.es/
http://chefbne.bne.es/index-en.html
http://blog.bne.es/blog/chefbne-recrear-el-pasado-mirando-al-futuro/
http://www.bne.es/bnelab/
http://blog.bne.es/blog/bnelab/
https://twitter.com/chefbne
https://twitter.com/bne_biblioteca
https://www.instagram.com/chefbne/
http://www.bne.es/es/AreaPrensa/noticias2018/0612-La-directora-de-BNE-interviene-en-dos-actos-relacionados-con-la-Gastronomia-y-el-vino.html
https://www.madridactual.es/768330-doce-libros-gastronomicos-de-la-biblioteca-nacional-para-contar-dos-mil-anos
http://www.library.toyohashi.aichi.jp/index.php?key=jody0yhj9-376#_376
http://www.ndl.go.jp/jp/event/exhibitions/kansai_201501.html
https://www.library.city.nagoya.jp/oshirase/topics_gyouji/entries/20180707_01.html
http://www.j-ken.jp/washoku/2017/12/26/shokai_maebashishiritutoshokan/
http://www.yamato1.com/product/meijihatouka/
https://backnumber.dailyportalz.jp/2009/07/06/c/
https://www.nijl.ac.jp/pages/cijproject/images/20170914_release.pdf
http://www.nijl.ac.jp/pages/cijproject/images/20161124_news.pdf
http://codh.rois.ac.jp/edo-cooking/
https://cookpad.com/kitchen/14604664