E2045 – 北の読書環境シンポジウム<報告>

カレントアウェアネス-E

No.351 2018.07.26

 

 E2045

北の読書環境シンポジウム<報告>

 

 北海道や東日本大震災被災地において,読書環境整備の支援を進めている一般社団法人北海道ブックシェアリングは,今年で設立10年を迎える。社会課題の解決にあたるNPOとしては,10周年を迎える前に「ミッション・コンプリート(目的完了)して,サクっと解散」というのが望ましいが,そう簡単に解決しないのが「北海道の読書環境問題」である。それどころか状況は設立時より悪くなっている。それもすべて受け止め,「次の10年になにを成すべきか」を確認しようと,2018年6月24日に札幌市で「北の読書環境シンポジウム」を実施した。開催の狙いは「課題の明確化」と「解決に向けた人的・組織的ネットワークづくり」である。

 当会は「地域単位での読書環境向上のために,(1)公共図書館・図書室,(2)学校図書館,(3)書店,(4)地域における読書施策(ブックスタートなど)を相互補完的に捉え,地域性に応じたベストマッチングを組み立てることで,読み手である住民の利便性を最大化する」ことを目的に活動を進めている。図書や読書に関わる組織・業界の縦軸のひずみ(慣習・しがらみ・馴れ合い)を軽やかに乗り越え,未来志向で人と人,組織と組織をつなぐという当会の方針を十二分に理解していただいている3人の専門家をお迎えし,第1部は,各分野の現状報告とクロストークを実施した。

 市立小樽図書館館長の鈴木浩一氏からの報告は「道内の公共図書館の現状について」で,冒頭「これまで図書館が重要視していたのは貸出し数だったが,近年は『にぎわい』『居場所』『情報社会』などをキーワードに,暮らしに役立つ図書館が求められている」と新しい図書館像を提示した。そして,道内の置戸町立図書館の「本のある広場」や,滝川市立図書館の「待つ図書館から行動する図書館へ」という先駆的な取り組みを紹介しながら「図書館自らが主体となって『暮らしに役立つ図書館』を目指して行動すべき」と力を込めた。成否の決め手は,施設と本と利用者をつなぐ「専任職員」の配置と言えるが,専任職員の有無が図書館の利用者数を大きく左右しているにもかかわらず,道内では図書館の人員に割ける予算があまりにも足りていないのが現状であると問題提起した。鈴木氏は,佐賀県の伊万里市民図書館を例に挙げ,「住民が主体となって図書館施策を練り上げる手法もある。市民もどんどん声をあげてもらいたい」と,利用者目線での図書館づくりの可能性を提示した。

 北海道学校図書館協会事務局次長の大久保雅人氏の報告は「道内の学校図書館の現状について」であった。大久保氏は,全国学校図書館協議会の学校図書館スーパーバイザーとして全道各地を駆け巡っている。2017年3月に改訂された「学習指導要領」で新たに加えられた「主体的・対話的で深い学び」において,学校図書館が重要視されていることを強調した。しかし道内の学校図書館は国が定めた標準蔵書数の達成率も司書教諭の配置状況も全国ワーストレベルであることから「子どもたちが学びを深めることができない」と危機感を露にした。「子どもには本がある空間・本について教えてくれる人・本を読み語り合う経験が必要であり,その際に重要なのは読書コミュニティ」とし,学校以外での読書環境の大切さを指摘した。「にもかかわらず,道内には図書館も書店もない自治体が約50もある」と課題の深刻さを訴えた。

 道内で本に関わる人を8年以上取材しているライターの佐藤優子氏は,道内の書店の現状について報告した。まず道内の元気な書店に共通するキーワードとして,有限会社いわた書店(砂川市)などに見られる「選書力」,俊カフェ(札幌市)に見られる「積極的なイベント展開」(詩の朗読会や音楽ライブ,ブックトークなど),六畳書房(浦河市)に見られる「チャレンジスピリット」(客の立場から書店経営への挑戦)の3つを挙げた。六畳書房は前経営者が2017年,閉店をアナウンスしたが,常連客のひとりが「無書店自治体にしたくない」との思いで経営を引き継ぎ2018年春に再オープンした。佐藤氏は「読書人を急激に増やすことは難しくても,読者になりそうな人に向けて常に本の面白さを伝え続けることが大切。六畳書房の継続もそこがカギだった」と話す。

 パネルディスカッションでは,筆者がコーディネーターとなり「図書館・学校図書館・書店のいずれにも関わりながら活動しているため,各分野から『どっちつかず』と指摘されることもあるが(笑),本会の立ち位置や活動についてどのようにお考えか」と投げかけた。3人からは「枠に捉われない広い連携を生みだす役割を担っている貴重な存在だ」との評価をいただいた。

 第2部は分科会を設け,世代や学齢に応じた「読書のあり方の再定義・再確認」を軸に,参加者から多くの知見や提言を出してもらった。

 「現代そして未来の読み手のために知恵を出し合う」ことを目的に,さまざまな形で本に関わる70人の参加者を得てシンポジウムを実施するのは,北海道ではあまり例がないように思われる。そのような光景が道内各地でごく自然に見られるよう,当会は引き続き,汗を流し続けたいと考えている。

北海道ブックシェアリング・荒井宏明

Ref:
http://booksharing.wixsite.com/bookshare/portfolio-2