E1834 – 資料保全と活用の長い道のり―熊本地震によせて―<報告>

カレントアウェアネス-E

No.310 2016.09.01

 

 E1834

資料保全と活用の長い道のり―熊本地震によせて―<報告>

 

 2016年7月3日,神戸大学梅田インテリジェントラボラトリ(大阪市)を会場に,歴史資料ネットワーク(以下,史料ネット;CA1743参照)主催のシンポジウム「資料保全と活用の長い道のり―熊本地震によせて―」が開催された。参加者は約60名であった。本稿では,企画者の1人として,このシンポジウムでの議論をまとめることとしたい。

●シンポジウム開催のねらい

 2016年4月14日以来の熊本地震をうけ,現地の歴史文化関係者によって4月21日に「熊本被災史料レスキューネットワーク」(以下,熊本ネット)が設立された。こうした動きをうけ,関西に拠点を置く史料ネットは,熊本ネットと協議のうえ,活動支援募金の受付業務を代行することとなった。 

 以上のような経緯を踏まえ,このシンポジウムでは,災害前から資料保全活動に携わる人々の地域とのかかわりの重要性,災害発生時の被災地周辺地域からの支援のあり方,自治体の初動のあり方など,歴史資料の保全をめぐる様々な課題を振り返りながら,熊本地震の被災地への支援のあり方を考えようとした。その一方で,東日本大震災の被災地において現在も続く資料保全をめぐる諸問題に目をふさぐわけにはいかない。福島県では,「東日本大震災・原子力災害アーカイブ拠点施設」の設置が具体化されるなど,新たな段階に入っている。地道に続けられてきた福島の資料保全活動と,その活動によって明らかとなった地域の多様な歴史文化を,これからいかに大切にし続けられるかが,現在進行形の課題としてある。こうした課題を見つめることは,これから資料保全が本格化する熊本の現場において,地域の豊かな歴史文化を守ることに必ずつながるものと考えた。 

●シンポジウムの概要

 まず史料ネット事務局の永野弘明氏の報告「熊本地震における被害状況と資料保全活動」では,現地視察や熊本ネット事務局からの聞き取りをもとに,熊本県内の被災状況をはじめ,熊本ネットや資料所蔵機関,大学による取り組みについて報告した。そして国立文化財機構,熊本県教育委員会,県内関係機関を中心とし,被災した熊本県内の文化財等を調査し保全する「熊本県被災文化財救援事業」が進められつつあることが報告された。 

 地域史料保全有志の会の白水智氏による報告「結果論からの史料保全―何をしていたことが生きたのか」は,2011年3月12日に発生した長野県北部地震で被災した栄村での資料保全活動について,その成り立ちと展開を振り返った。震災前からの歴史資料調査を通じた地域との関わりをもとにした活動や,被災建物を復元した施設で救出資料を展示活用する際に救出当時の現状記録が役立ったことなど,栄村における白水氏の活動を現在の視点から振り返ることで被災資料保全活動のキイポイントが示された。

 山形文化遺産防災ネットワークの小林貴宏氏の報告「変わったこと,変わらなかったこと」では,2008年の同ネットワーク発足宣言に込められた当初の活動理念や目的を再検証することを通じて,あえて活動の「核」を持たず,ゆるやかに横に広がっていく点に同ネットワークの活動の特質があることが述べられた。

 兵庫県佐用町教育委員会の藤木透氏の報告「文化財レスキューと資料保全―自治体職員の立場から」では,2009年の台風9号による豪雨で被災した兵庫県佐用町での被災資料保全について,自治体職員の視点から,被災資料の応急処置や一時保管などの課題が振り返られ,水害後の日常的な資料保全の展開についても報告された。また,自治体における地域防災計画や職員行動マニュアルの役割など,具体的な災害対策のあり方が述べられた。

 ふくしま歴史資料保存ネットワークの菊地芳朗氏の報告「福島の震災ミュージアム構想の現在」は,福島第一原子力発電所事故の避難区域から救出した資料を保存しつつ,震災と事故の歴史もあわせて継承する施設が必要となっている福島県の現状が紹介された。その上で,地域の多様な歴史文化をどのように伝えるかという内容で,被災資料保全の根源にかかわる報告であった。

 以上,各報告においては,これまでそれぞれが取り組んだ災害対応事例に徹底的に即して,資料保全活動において共通する課題と不可欠な方法が具体的に示され,それをもとに議論が行われた。

 報告者5名による総合討論では,熊本地震被災地の現状や,資料保全を始めるタイミング,地域住民からの理解をどのように得るかといった点が特に議論された。歴史文化を救うことが,地域のこれからの復興を長期的に支えるものであるということについて地道に理解を得る必要があり,救出した資料を地元と連携しながら活用することで理解を深めていくという方法について具体的に議論された。

 なお,熊本ネットへの活動支援募金の受付は現在も継続しているので,詳細は史料ネットのホームページを参照されたい。読者諸賢のご協力をお願いしたい。

歴史資料ネットワーク・吉原大志

Ref:
http://siryo-net.jp/info/2016-kumamoto-eq-emergency/
http://siryo-net.jp/disaster/kumamoto_siryonet/
http://siryo-net.jp/disaster/2016-kumamoto-eq-fund-raising/
http://siryo-net.jp/event/201607-general-meeting/
https://www.youtube.com/watch?v=zQAC84oHpU0
https://drive.google.com/drive/u/0/folders/0B5A46_akybx3Zm1nVVlSOVBnVTQ
https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/11055b/archive2015.html
http://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/2016062003.html
http://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/2016062003_besshi03.pdf
http://yamagatabunkaisan.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/2008125-4ea7.html
CA1743