カレントアウェアネス-E
No.307 2016.07.14
E1818
認知症と図書館について考えるシンポジウム<報告>
2016年3月7日,筑波大学東京キャンパスにおいて,シンポジウム「認知症と図書館」を開催した。昨年の「インタージェネレーション:高齢社会における図書館」(E1669参照)に続く,同大学知的コミュニティ基盤研究センター主催の「高齢社会の図書館」を考えるシンポジウムの第二弾である。当日は,全国各地の公共図書館や大学図書館,福祉関係団体等から131名の参加を得た。
◯シンポジウムの概要
下記の5つの講演と,筑波大学の溝上智恵子氏をコーディネータとする講演者5名によるパネルディスカッションで構成した。
- 「認知症と図書館」呑海沙織(筑波大学)
- 「認知症の理解と図書館サービス」小川敬之氏(九州保健福祉大学)
- 「コミュニティセンター図書館における認知症の人にやさしい図書館」 成合進也氏(社会福祉法人日向市社会福祉協議会)
- 「地域包括ケアシステムと川崎市立宮前図書館における“認知症の人にやさしいサービス”の現状とこれから」舟田彰(川崎市立宮前図書館)
- 「セクターを越えた取り組み 『認知症にやさしい図書館プロジェクト』」田中克明氏(一般社団法人認知症フレンドリージャパンイニシアティブ/コクヨ株式会社)
講演者らは,「認知症にやさしい図書館プロジェクト」を軸として連携している。同プロジェクトは,「図書館と認知症」について考え,実働し,支援する,セクターを超えた取組であり,図書館員のみならず,作業療法学や図書館情報学の専門家,自治体の福祉担当者,議員,企業が参加している。
紙幅の制限があるため本稿では当日の講演の中から,先進的な取組を行っている川崎市立宮前図書館の事例を報告する。
◯川崎市宮前図書館における「認知症の人にやさしいサービス」
団塊の世代が後期高齢者となる「2025年問題」が間近に迫りつつある中、川崎市では健康福祉局を中心とし,「川崎市地域包括ケアシステム推進ビジョン」の理念に基づき,すべての市民を対象として,誰もが健康的に安心して暮らせるまちづくりの施策を推進している。宮前図書館の立地する宮前区内には,認知症専門病院が数年前に開業した。また,認知症の方など高齢者が,交流の場として集うことのできる「認知症カフェ」も,数か所で開設されている。
また宮前図書館には,認知症と思われる方の利用も少なくない。2008年5月に川崎市立図書館協議会答申「川崎市立図書館の運営理念と活動目標について」が出された。本答申の「市民の仕事や生活に役立つ図書館」という項目ではコミュニティ形成に貢献すべき情報提供機関として図書館が明記されている。このことから,宮前図書館は,認知症を含む病気の予防や治療後の生活など,市民の生活に結びつく「情報」の提供をこの答申の理念に基づいた業務と位置づけてきた。
近年の取組では,2015年8月から9月まで試行的に行った認知症に関する図書などのミニ展示がある。認知症関連資料のミニ展示は反響を呼び,関連資料も多く貸し出された。そこで,この取組について,市の健康福祉局地域包括ケア推進室に伝えたところ,宮前区役所の福祉セクションの職員等と図書館員の情報交換の機会を設けることとなった。その結果,市の進める地域包括ケアシステムを推進する上で宮前図書館の役割は,「情報提供」によって市民生活の充実を図ることであると改めて確認された。
2015年12月に宮前図書館は,認知症に焦点をあてた情報コーナーを常設する運びとなった。認知症の方を介護する家族や医療・福祉系の専門家を主たる対象とする福祉関係の資料,認知症を知るための医療関係の資料,成年後見など法律関係の資料,認知症に関する体験記などをひとつの小さな書架に集約し,「認知症の人にやさしい本棚」として設置した。また,各種セミナーや「地域包括支援センターだより」などのチラシやパンフレット類もコーナー近くに集めて図書館資料とともに提供できるようにした。
宮前図書館では,健康福祉局地域包括ケア推進室などと連携し、「土日祝日,さらに閉庁時間も開館している」「乳児からシニアまで誰もが来館でき,敷居が低い」という図書館の強みを活かしたサービスを充実させたいと考えている。また,地域の利用者ニーズを踏まえ,館の中で利用者を待つのではなく,市民も巻き込みながら高齢者デイケア施設で絵本の読み聞かせを行うなど、アウトリーチサービスを展開していくことも必要である。現在,宮前区内の地域包括支援センター連絡会に筆者(舟田)が出席し,人的ネットワークをつくることができたといえるが,今後さらに介護に関わる専門職集団,行政,市民,各種団体,企業など様々なセクターが横断的につながり,その中で図書館の立ち位置を考えながら,宮前区らしい取組を進めていきたい。
◯認知症と図書館
厚生労働科学研究費補助金認知症対策総合研究事業の平成23年度~平成24年度総合研究報告書『都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応』(研究代表者は筑波大学の朝田隆氏)によると,日本全国の高齢者の認知症有病率は15%,推定有病者数は2012年時点で462万人と算出されている。2014年には,日本における認知症の社会的コストは14.5兆円であると発表された。2015年1月に厚生労働省より『認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)』が発表され,「認知症の人の意志が尊重され,できる限り住み慣れた地域のよい環境で自分らしく暮らし続けることができる社会の実現」が目指されている。
回想法などを取り入れる図書館が少しずつ増えてきているものの,日本では認知症に関する図書館の取組は緒に就いたばかりであるといえる。他のセクターとの協働が不可欠なこの分野において,コミュニティを支える図書館にできること,しなければならないことは何かについて,今後も継続して考え,取り組んでいきたい。
川崎市宮前図書館・舟田彰
筑波大学図書館情報メディア系・知的コミュニティ基盤研究センター・呑海沙織
Ref:
http://www.kc.tsukuba.ac.jp/lecture/symposium/2016d.html
http://www.tsukuba-psychiatry.com/wp-content/uploads/2013/06/H24Report_Part1.pdf
http://csr.keio.ac.jp/cmswp/wp-content/uploads/2015/11/2014年度認知症社会的コスト総括分担報告書.pdf
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000072246.html
https://www.library.city.kawasaki.jp/pdf/regulations/06katudouhoukoku_h18_19.pdf
http://www.city.kawasaki.jp/350/soshiki/8-13-0-0-0.html
http://www.city.kawasaki.jp/miyamae/cmsfiles/contents/0000067/67288/197.pdf
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